第13話 空の人魚姫

さて、ゆっくりと昼ごはんを食べて、ちょっとすると演劇の準備をする時間になった。舞台セットなどはもう近くに運び出しているから特に問題ない。学生の演劇なのに金を取るが、僕たちはプロと同等くらいに上手いのでお客が来てしまう。噂ではプロも見に来ているらしい。


「舞台セットから脚本までマジで本格的なモノばっかりだね」


「通称『天才クラス』の名は伊達ではないということだな」



2時になり演劇が始まった。演劇のタイトルは『空の人魚姫』。タイトルにもあるように人魚姫を題材とした、作品だ。



 舞台は主人公の女の子が飛び降り自殺をしようとビルの屋上にいるところから始まる。


「あー、つまんない人生だったな。来世は幸せになれたらいいな」


 女の子はそう言って飛び降りようとする。しかし、その時後ろに気配を感じて振り返ると黒ずくめのいかにも怪しい太った男が立っている。


「あなた、誰?」


「私は商人です。たまたま自殺をしようとしている女の子を見つけましたので、これは商売のチャンスかと」


 商人を名乗る男はいかにも怪しい声でそう答えた。


「あなた、自殺をしようとしていますね」


「何?止めるつもり?」


 女の子は少し不機嫌になりながら男に話す。


「止めるつもりは毛頭ございません。ですが、もしよろしければ私の商品を買っていただけませんか?」


「・・・」


「いえいえ、代金は結構です。ただし、宣伝役となっていただけませんか」


「話くらいは聞いてあげる」


 女の子はどうせもうすぐ終わる人生だと思って、怪しい男の言葉に乗る。


「この薬です。童話の人魚姫をご存知ですか」


「確か、助けた王子と結ばれようと足を手に入れたけど、結局結ばれずに泡となって消えた童話だよね」


「そうです、そうです。この薬は人魚姫のモチーフとなったデンマーク近くの海で発見された薬なのです」


「へぇ、あれってフィクションじゃなかったんだ」


「調べたところ、薬にもいろいろございまして、この薬は羽が手に入る薬のようなのです」


「でも、失うものもあるんでしょう。童話の人魚姫は声を失ったわ」


「鋭いですな。もちろん失うものがあります。それは味覚です。それも味覚すべてを失うわけではありません。とても感じにくくなるだけですな」


「・・・本当にそれだけ?」


「後はもう一つ。人魚姫の薬にはもう一つ代償がありましたでしょう」


「確か、王子と結ばれなければ泡となって消えてしまうっていう悲しい運命だった気がするけど」


「そうです。この薬は幸せを感じると人魚姫の様に消えてしまうのです」


「そんなのすぐに消えちゃうじゃない」


「いえいえ、多少の幸せでは消えませんとも。美味しいものを食べたとか、遊園地で全力で遊んで楽しかった程度では消えることはありません」


「へぇ、じゃあどんな時に消えるの」


「あなたが『このまま時間が止まってほしい。この時がずっと続けばいいのに』と心から願えば恐らくは消えるでしょう」


「・・・分かったわ。あなたの商品をもらうわ」


「まいどあり」


 商人は怪しく笑いながら薬を取り出し、女の子に渡す。薬は瓶の半分ほど入っている。


「では、良い空中ライフを!」


 そういうと商人はいつの間にか消えていた。幻想ユメかと女の子は思ったが確かに自分の手には薬が握られていた。女の子は瓶を開け薬を飲みほした。すると女の子の背中に天使の様にきれいな羽が生えた。


「とりあえず、飛んでみましょう」


 女の子が飛びたいと願うと街はみるみる小さくなり、夕方だというのにとても明るい街が女の子には新鮮に感じられた。


「こんなにきれいな街だったのね」



そんな感じで1章が終了する。

その後、同じく羽を持つ色が分からない少年と出会ったり、この薬の秘密を知ったりして、いろいろな展開があり、少年と良い雰囲気になって最終章へ突入する。


ところで言い忘れていたが女の子役は音無だ。可憐な女の子役が結構あっている。僕の役?重要なポジションの少年役というわけではなく、主人公の父親としてちょこっと登場した以外は裏方として仕事をしている。



 女の子は少年と手をつなぎ、成層圏のギリギリまで飛んで行った。


「やっぱりちょっと寒いね」


 女の子と少年は秋にして厳重すぎるほどの厚着をしていた。


「見て太陽が昇るよ」


「・・・ねぇ、どれくらい輝いている?」


 薬の副作用で色が分からない少年は女の子にそう尋ねる。


「輝きすぎて私には直視できないくらい輝いているよ」


「そっかー、初めて薬の副作用に後悔したよ。そんなにきれいな景色が見れないなんて」


「私もいつか後悔するのかな?味が分かればよかったって」


 不意に少年が聞く。


「ねぇ、キスしてもいい?」


「いいよ」


 女の子は目をつぶり、口を差し出す。少年は誘導に乗るようにやさしく、キスをする。初めてのキスの味なのに、何も味がしなかった。

 少年は覚悟を決めたように女の子に言う。


「君が幸せと感じられなくても、絶対に後悔させないから、僕と結婚してくれませんか」


 女の子は涙を流す。


「・・・ごめんなさい。私もそうしたかった。でも、それはできないみたい」


「どうして!?」


「・・・だって、私、幸せだって思っちゃったから」


 女の子の羽は少しずつ透明になって消えていく。


「だから、私が消えるまでの少しの間でもいいなら結婚しよう」


「・・・もちろん」

 

 たとえ、法や民衆が彼女らを夫婦と認めなくても、彼女らにとってこの瞬間、夫婦となった。


 羽を失った女の子は落ちていく。それと同時に少年も羽を閉じて落ちる。


「もし、来世で会えたらちゃんと夫婦になろう」


「僕が死んでも、君とのキスの味は忘れないよ」


「私も。あなたは見えなかったこのきれいな景色を絶対に忘れない」


「来世で会えたら今度は共有しよう」


 そういって女の子は泡となって消えた。少年は羽を開くことはせず、そのまま落ちた。


 そして暗転し幕は閉じる。そして一瞬の静寂の後に幕は開く。そこには空高く飛ぶ一組の男女の姿がある。


「こんな景色だったんだね」


「こんな味だったのね」


「「一緒にいろいろな思い出をつくろう」」


 そういって幕は閉じる。


これが劇の全貌だ。特にトラベルもなく終了した。客席を見ると、泣いている人がチラホラ見受けられる。



「とっても悲しい話だね」


「なんで、香川さんが泣いているの」


香川は奇想天外、予測不能の行動を起こすが、別に非常識、非情ではない。どちらかというと、人より恋愛話は好きな方だし、情に厚い方だ。


「香川は梶井と付き合っているからな。色々と心に響くことがあったんだろう」


「そんなものなんだ」


音無は特に感動とか心に響くとかはなかったみたいだ。


「ま、あるあるだな。百合を見てみろ。自分の書いたエロ小説には3回は興奮しているのに、こういう恋愛作品はスンとしている」


赤坂に言われて白石を見てみると無の表情で客席を見ている。


「クリエイター側は自分の作品にはあまり感動はしないのか」


「いや、そういうわけじゃないと思うぞ。俺は自分の作ったロボットに浪漫を感じるし、百合だってエロ小説なら飽きるまで見返す」


「それもそうか」


そう考えると音無と白石が恋愛に関心がないだけかもしれない。

とりあえず、演劇は順調に終了した。

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