第8話 ナレーターも何も聞かされてなかったらしい
今日は待ちに待っ・・・てはいない始業式の日だ。
「今日も例によって例のごとく午後9時からだ」
「本当になんで夜中に式事をしているの」
「さらに入学式も兼ねているらしいぞ」
もちろん普通科の生徒は午前中の常識的な時間に行われる。
「私たちの入学式って何をしたっけ?」
そんな会話をしていると香川が入ってきた。
「僕たちの時は『四季の表現』とか言って、雪が降っている中、花火をしながらブドウやナシを食べながら満開の桜の花見をした気がするぞ。・・・体育館で」
「すごい四季の表現だね・・・えっ?体育館?」
「いやー、体育館で花火できるんだ、って思ったねアレは。あの時点でこの学校に来てよかったと思ったからね」
「絶対そこじゃないと思うけど。いや花火もすごいけど」
「今年は何か準備しているのか」
「なにも準備してないよ。なにも準備しなくていいって言われたし」
「なにも準備せずに『四季の表現』したんだ・・・」
そして始業式兼入学式が始まった。
「つぎは校長先生のお話のはずだったのですが、いつものごとく今日は有休をとっているみたいなので、理事長のお話です」
「校長のはなしがカットされることとかあるんだ」
音無が小さな声で突っ込んでいる。そんなに不思議なことなのだろうか。
「私が理事長の矢車菊だ。特にいうことはない。以上だ」
「なんで出てきたの?」
全く持ってその通りだと思う。
「では天才クラス、3年を代表して井上くん、挨拶をお願いします」
「あー、まぁ楽しくやってください。以上です」
「適当すぎるでしょ」
挨拶と呼べるか怪しいラインだな。しかしなぜだろう、とても嫌な予感がする。
「次に天才クラス、2年を代表して遠藤くん、挨拶をお願いします」
嫌な予感が当たってしまった。もちろんのことだが僕は何も聞いていない。恐らくだが3年も何も知らされていなかったのだろう。
「えー、命は大事にしましょう。以上です」
何を言っているか分からないかもしれないが、この学校で生活する以上命の危機は常に存在する。もちろん天災やテロリストなどの外部的な要因も存在するが、一番危ないのは身内である。その証拠に僕たちが使うグラウンドには香川が仕掛けた不発地雷がいくつか埋まっている。
「入学を記念して、在校生からのレクリエーション企画です。今回のテーマは・・・『脱出ゲーム』らしいです」
体育館が暗転する。ナレーションが曖昧だ。恐らくナレーターをしている人も何も聞いていなかったのだろう。
「遠藤君、私たちどうするの?」
「とりあえず体育館から出よう」
「わかった」
「香川、赤坂、これを適当にばらまいてくれ」
「おっけー」
「任しとけ」
僕たちは体育館の外に出た。何も聞いていなかったので、もちろんなにも準備をしていない。さらに3年生から、指示の全権をゆだねられた。身勝手だな。
「本当に何も聞かされていなかったんだ」
「よくあることだ」
「よくあったらダメでしょ」
「蓮、クリア条件は決めた?」
「決めた。モチーフは『3匹の子豚』、ヒントはオオカミ、条件は強風をあてること」
「もうそこまで決めてたの?」
思いついたことを適当に言えば実現してくれる。そういうところだ、ここは。真剣に考える方が馬鹿らしい。
数分後、体育館の内側の出口に『たくさんの家が描かれた壁』が運ばれた。木の家と藁の家に対して、一定以上の風を当てることで壁が壊れるようにできている。
「よし、完成した」
「すごい・・・けど、脱出ゲームとして本当に成り立っている?」
「音無、心配はいらない。こういう時の団結力はスティックのりよりもつよい」
「それってそんなに強くないよね」
「とにかく心配は無用だ」
きっとうまくいっているだろう。たぶん。
さて、僕たちは遠隔から結果を見るとしよう。暗点が明けた後、紙が大量に落ちている。
「暗点中にあんなのばらまいていたんだ。遠藤君、紙にはなんて書かれているの?」
「昔話とかイソップ物語とかの名作と呼ばれる童話のタイトルの大まかな内容説明だな」
「例えば?」
「そうだな、『赤ずきん オオカミがお婆さんに化けて、少女をだます話』みたいに書かれているぞ」
「おおざっぱすぎない?オチも抜けているし」
それは仕方がないことである。なんせテーマが決まってから大急ぎで作り、印刷をしたものなのだから。ばらまかれている作品は、オオカミ少年、赤ずきん、三匹の子豚などすべてオオカミが登場する作品となっている。
「ねぇ、中央にある石板にはなんて書かれているの」
石板には『汝らは捕食者 3匹の家畜のうち 立てこもる2匹を 引きずり出せ さすれば道が開かれん』と書かれている。
「なるほど・・・それっぽいね」
「だろう」
「出口以外の壁にはレンガの家と、豚が出口の壁に向かっていく絵が飾られているけどなにこれ?」
壁には、レンガの家が書かれた絵と豚が逃げている絵が2枚飾られている。
「これで赤ずきんということをより強く示唆しているんだ」
「なるほど」
「あたり一面にガラクタが置いてあるけど、これで強風をつくるの?」
「そうだ」
音無がガラクタといった通り、様々なものがあり、風船、ガムテープ、空気入れ、糸通し、形がきれいな石、果てには『羊』と書かれた紙まで落ちている。
「想定回答を教えて」
「基本的には強風を当てることが脱出の条件だ。だから強風を当ててもらう」
「なるほど」
「強風というくらいだから、それなりの風圧はなければならない。そこで風船を使うんだ」
「確かに風船だったら、そこそこ強い風にはなると思うけど、これってモチーフは3匹の子豚なんでしょ?風船程度では家が飛ぶとは思えないんだけど」
「それは違うぞ。別に風船が大きければかなり強い風になる。家が飛ぶほどではないが」
大きい風船を膨らましてもらうことが前提なので、さすがに人力ではかわいそうということで、自転車用の空気入れが複数本、落ちている。
「最大まで膨らませたらどれくらいの大きさになるの?」
「半径1mくらいじゃないか?」
「大きすぎない!?よく作れたね、そんなもの」
超巨大サイズなのは間違いないだろう。しかし、どんなに変なものでも作れる奴がいるのがこの学校の生徒だ。
この脱出ゲームの要点は先ほど説明した通りだが、もちろんフェイクも大量においている。新入生たちは1時間ほど悩んだ挙句、やっと脱出した。
「蓮、やっと脱出したみたいだよ」
「思ったより時間がかかったみたいだな」
「即席の脱出ゲームで1時間も足止めできたと考えると、上出来じゃない?」
「分からない。脱出ゲームをしたことがないからな」
「そういわれれば私もそうかも」
「二人とも脱出ゲームをしたことなくてあんなに仕切ってたんだ。ただただすごいと思う」
なぜか音無に褒められてしまった。しかし褒められて悪い気はしないな。
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