第38話 宝珠を抱きしめる蒼さん

「キャーッ! あんたたちどうしちゃったのよ!」


この声は、美琴さんかな。


「蒼さん、蒼さん、ちょっと来て!」


美琴さんが蒼さんを呼びに行ったみたいだが、何か大変なことでも起きたのか。


「紫音! おい、紫音!」


蒼さんに揺り動かされて俺は目が覚めた。


「あぁ、父さん」


「お前、・・・・寝起きの時だけな、父さんって呼んでくれるの」


「え? 何」


「何でもない。お前寝ながら泣いているのか?」


蒼さんに言われて頬を触ってみると、涙で濡れている。

そうだ、俺は母さんと離れるのが嫌で号泣していたのだ。


「一体何があったんだ? 

狩野君と二人で死んだように寝てるもんだから、美琴さんが驚いているぞ」


「あぁ、そうか。また寝落ちしちゃった」


「寝落ちするのはいいが、わたしの宝珠をどうするつもりだったんだ」


あ、いけね。

黙って持ち出したのを見つかってしまった。


「狩野が見たいっていうから・・・」


狩野は美琴さんに蹴られて起こされている。


「痛てっ! あ、姉ちゃん。何やってるの?」


「それはこっちのセリフよ。あんたたち死んでるのかと思ったわよ」


「生きてるよ。あの水晶玉が逃げるからさ、追いかけてるうちに寝ちゃったみたいだ」


「何寝ぼけたことを言ってるの。

なんだか知らないけど、この水晶玉はどなたかの大事なモノなんじゃないの?

あんた、また勝手に人様の物で遊んでたんでしょ!」


美琴さんの剣幕に圧倒されて、俺も蒼さんも何も言えない。


「とにかく、謝んなさい」


「ご、ごめんなさい」


「声が小さい!」


「申し訳ございませんでした!」


狩野が正座して謝るものだから、蒼さんからは強く言えない。


「まあいいじゃないか。なんでもなかったんだから」


「でも、本当にこの水晶玉は俺から逃げたんですよ」


蒼さんは、宝珠を拾い上げて俺の顔を見る。


「狩野の言っていることは本当だよ」


「いや、わたしが知りたいのはそんなことじゃない。

紫音が寝ているということは、何か神秘的なことが起きたんじゃないのか」


「うん実は・・・・母さんと一緒に雲の上にいた。

雲の上から父さんや婆ちゃんがいた異世界を見せてもらっていたんだ。

母さんはその宝珠のことを本物だと言ってたよ」


「やはりそうか。そうだったのか」


蒼さんは宝珠を抱きしめて涙ぐむ。


「なら、宝珠を持って式神を使えばハンナに会えるかもしれないな。

さっそく・・・」


「そのことについて、式神は一時的なものだと言ってた」


「そんなことまで話したのかお前は」


「だから、宝珠は蒼さんに持っていて欲しいんだって。

いつでも母さんの温もりを蒼さんなら感じてくれるはずだと」


「そうか。そうなんだな・・・・ハンナ」


涙がボロボロ流れているのにぬぐいもせず、宝珠を抱きしめたまま動かない蒼さん。

そんな姿を美琴さんと狩野はあっけにとられて見ている。


「どうやら蒼さんの大切なモノみたいね。うちの弟が、本当にごめんなさい」


「美琴さん、いいんだ。

狩野のお陰で俺はとても神秘的な体験ができた。狩野をそんなに怒らないでください」


「紫音くんったら、成長したわね。あ、そうそう、お願いがあるんだけど。

ちょっとビオラちゃんを家に連れて行きたいの。いいかしら」


別に俺に許可もらわなくても勝手に連れて行っていいのに。


「じゃ、姉ちゃんと一緒に俺も家に帰るか」


「あんたは会場の片づけしなさい。岩佐さんのところに行って手伝うのよ」


「はーい」


どうやら寝落ちしている間に直会(なおらい)は終わったようだ。

蒼さんもこれで一休みできるのだから、今はそっとしておいてあげよう。

母さんの宝珠を抱きしめながらこんなに泣いているんだし。



*  



直会はお開きになって、クロードや集落の人たちで片づけをしていた。

陣太鼓は素晴らしかったと、皆に褒められてクロードは照れながらも喜んでいる。

俺は見ることが出来なかったけど。

陣太鼓メンバーにクロードも仲間として認められたようで嬉しそうだ。

一方、ルイはというと、岩佐さんの隣で横になっている。


「おい、斉木、岩佐さんとルイも寝落ちしてるんじゃないか」


「そうじゃない。あれは酔いつぶれているんだ」


直会(なおらい)でよほどお神酒を飲まされたのか。

岩佐さんもルイも、花火大会のために河川敷の復旧作業を深夜までしてくれていたのだ。

勧められるままお神酒を飲んで、いつもより早く酔いが回ったのだろう。

すぐ隣で座布団を片付けたり、テーブルをたたんでいても起きる全く気配がない。


「だいたい片付いたわね。もう大丈夫よ。紫音くんたち、花火大会に行ってきなさい」


狩野のお母さんがタオルで汗をふきながら、そう言ってくれた。


「やった。行こうぜ斉木」


「ちょっと着替えてから行くから、一の鳥居で待っててくれ」


神主の衣装で河原をうろうろしたら目立ってしょうがない。

狩野は了解と言って手を振りながら石段を下りて行った。



真夏の太陽は西に沈んだばかりで、空はマジックアワーという黄昏色に変化していた。

狩野より10分遅れで一の鳥居に着くと、狩野は浴衣姿の女性二人とにこやかに談笑している。

あいつ、誰と話しているんだか、もうナンパしてるんじゃねぇよ。


「あ、来た来た、紫音くん。河川敷までエスコートしてあげてね、ビオラちゃんのこと」


浴衣姿の女性は、美琴さんとビオラだった。

ビオラは朝顔の柄の浴衣を着て、美琴さんの後ろで恥ずかしがっている。


「姉ちゃん、ビオラちゃんと一緒に歩くのは俺だから」


「あんたはこの美しい姉をエスコートしなさい」


「なんでだよ。姉ちゃんは彼氏とかいないのか」


「いるわよ、たくさん。その中でも弟のあんたが選ばれたんだから、ありがたいと思え」


「ちぇ、何だよそれ。あーホントにありがたい、ありがたい」


ビオラの方をちらっと見ると、ちょっと可愛い。

巫女姿のビオラもいいが、浴衣姿のビオラはなんだか艶っぽい?かも。


「じゃ、ビオラ行こうか」


「着替えたの」


「ああ、浴衣ね。まあまあ似合ってるんじゃない?」


「違う。紫音のこと。袴姿の方がよかった」


「あ? 俺? 神主の袴姿で町まで行ったら目立つからな」


「わたくし、浴衣を着たのは初めてよ。紫音も和服の方がよかったのに」


「ビオラは浴衣でいいけど、銀髪で神主姿の俺は異様だろ」


「わたくし、紫音の神主姿・・・・好きかも」


え、何そのドキッとするワード。


「勘違いされたら困るからいいますけど、衣装が好きなのよ。衣装が」


「わざわざ念押ししなくてもいい」


一瞬でもドキッとした俺がバカみたいだろ。


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