第39話 屋台で笑劇


 川沿いは既に大勢の人でにぎわっていて、いろんな屋台に行列を作っていた。


「あぁ、おいしそうな匂いが俺を誘惑してくる。

この匂いは焼きトウモロコシだな。姉ちゃん、なんか腹減らないか」


「あんたはいつだってお腹を空かしてるんだから。

そんなに食べたいならとっとと行列に並んできなさいよ」


「え、俺一人で? しょうがねえなぁ。

じゃあ、みんな何が食べたい? 俺は焼きとうもろこし」


「わたし、牛串焼き」


「おお、姉ちゃん金持ち」


美琴さんは、意外にと言うかやはりと言うか肉食系女子なんだな。


「わたしたちが食べたい物を言ったってだめじゃないの。

今日の主役はビオラちゃんよ。

初めての花火大会なんだから、ビオラちゃん優先にしましょ。

ビオラちゃん、何が食べたい?」


「えっと、さっき見たんですけど、

赤い宝石みたいにキラキラしてて棒がついたもの。あれは食べ物なのかしら」


それを聞いて狩野は残念な発言をする。


「りんご飴か。それじゃお腹がふくれないなぁ。

りんごに到達するまで時間がかかるし」


「あんた基準に考えてんじゃないわよ」


「だって腹減ってるんだもん。なぁ斉木」


「ああそうだな、たこ焼きがいいんじゃない?」


俺は無難なところでまとめようとする。


「たこ・・オクトパス焼きって何ですの? 怖い・・・」


「怖くはないよ。これを機会に食べてみれば? うまいから」


たこ焼きでどんな代物を空想しているんだビオラは。

美琴さんがみんなの意見をまとめようとした。


「じゃあ、紫音とビオラちゃんはたこ焼きに並んで、わたしたちは牛串に並ぶわ」


「あれ、焼きとうもろこしは?」


「却下」


「俺が最初に何か食べようって提案したのに」


「じゃあ、あんただけ焼きとうもろこしに並びなさい。

ただし自費で買ってね。牛串とたこ焼きはわたしのおごりよ」


「・・・くっそ、やられた。

奢りという字には勝てない。わかったよ、姉ちゃん」


「じゃあ、買ってきたら大会本部のテント前に集合ね」


二つの班に分かれることにして、狩野姉弟は、牛串の屋台に並びに行った。

俺はビオラと一緒にたこ焼き屋を探していると、聞き覚えある声が聞こえてくる。


「いらっしゃーい、はらぺこの人間たちー」


クロードが屋台で焼きそばを焼いている声だった。

陣太鼓団のメンバーと一緒に焼きそばを出店していたのか。

屋台の周りに群がる人たちは携帯でクロードのおかしな客引きを撮影している。


「何これ、へんな客引きウケるんだけど」


「人間たちーって、お兄さんは異世界からでも来たの?」


「おうよ、異世界から来てまだふた月さ。

今日は人間のために剣ではなく腕を振るってまーす」


周囲の人たちからどっと笑いが巻き起こる。

手際よく鉄板の上でそばと野菜をかき混ぜながら、クロードお得意の話芸でお客を呼び込んでいた。

ビオラもそれに気が付いた。


「クロード、あなたこんなところで焼きそば売ってるの?」


「ありゃ、お嬢様。俺はちゃんと仕事してます、仕事。

焼きそば売ってるので、油は売ってませんから」


「お兄さん、面白い! 焼きそばふたつちょうだい」


「へい、毎度」


焼きそばを注文したギャルが、屋台の前に立っているビオラを睨みつける。


「ちょっと、わたしたち並んでいるんだけど、

横入りしないでよね。ちゃんと列の最後尾に回ってよ」


順番を飛ばしたと勘違いされたビオラは、ギャルから注意をうける。


「あら失礼いたしました。クロー・・・苦労して並ばないように、

電話予約してましたのよ、わたくし」


「電話予約? そんなの屋台に電話あるの?」


「ネット予約ですわ。異世界からネットで予約してきましたの。」


「異世界?」


マズい。なにを対抗意識燃やしてハチャメチャなこと言っているんだ。

ギャルのツッコミにビオラはつい異世界からと口走ってしまった。


「はぁ? 異世界って、あんた厨二病?」


「まあ、わたくしを病人扱いするなんて、失礼しちゃうわ。

ちゃんと食欲ありますから。

そこにある焼きそば全部買います!」


おいおい、俺そんなお金ないぞ。

しょうがない、こんなとこで目立ちなくないが、ここは俺の出番だな。


「お嬢様、予約の数は4つだったでしょう。

お忘れですか? クロー・・・九郎さん、4つでお願いします」


「あんた何者?」


「異世界からきた令嬢の・・・・令嬢のぉ・・・」


令嬢の何になればいいんだ? 俺は。

クロードが焼きそばをパック詰めしながら言う。


「フィアンセ! フィアンセですよね。

じゃ、お嬢様をちゃんとお守りしてくださいよ」


「ばっ、ばかもの! 違う!」


俺は千円札を二枚叩きつけて、焼きそばをクロードから奪い取り、

さっさとその場を去ろうとした。


「釣りはいらねーよ!」


「釣り? お代はちょうどなんだけど・・・」


周囲の人からまたどっと笑いが取れる。


「ここの焼きそばやのコントがおもしれーや」


「動画撮っておけばよかった」


「なになに、この店どうしてこんなに並んでるの」


「おいしいのかな。人気店じゃん。ここに並ぶか」


「がんばれよ、フィアンセーーーー!!!」」


いつの間にか焼きそば屋の前で繰り広げられた笑劇に、俺は恥ずかしさでいっぱいだ。

恥ずかしさと同時になんだか腹まで立ってくる。

そもそも、ビオラが行列を無視してクロードに話しかけたからいけないんじゃないか。

しかも、売られた喧嘩を下手に買うから。


「言っとくけど、勝手に行動するな。

あんたはこの世界に来て大勢の人がいるところに免疫がないんだから。

頼むからトラブル起こさないでくれ。

だいたい、注意受けただけで逆切れなんておかしいだろ。

わかったかビオラ。ビオラ・・・ビオラ?」


俺は隣を見た。後ろも振り返った。いない。

しまった! ビオラを事件現場においてきてしまったぁぁぁー――。

あの現場に戻るなんて、超恥ずかしくて嫌だ。

嫌だが、そんなことを言っていられない。

踵を返して現場に戻ると、行列はだいぶ進んでギャルの姿はなかったが、

後ろに並んでた客が俺に気が付いた。


「あ、フィアンセが戻って来た」


「フィアンセさん、焼きそばだけ持って行ってお姫様を忘れたでしょ」


「お兄さんダメじゃないか、

お姫様はどこかのヤンキーにナンパされてどっかに行っちゃったよ」


顔からサーっと血の気が引いて行く。


「どっちに行った」


「あっち」


お客さんが指さした方向へ向かって俺は走った。


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