第36話 リリ婆ちゃんのお土産

 異世界に行っていたというリリ婆ちゃん。

でも、なんでまた突然異世界に行こうと思ったのか、理由が不明だ。


「三日かけてドラゴンの棲む霊峰を登って、ハンナの亡骸を探したわ」


「何のためにハンナの亡骸を探したんだ」


「蒼、あなたを見つけて連れて帰るためよ。蒼はきっとハンナの側にいるに違いないと思って」


待って、普通に蒼さんを探した方が早かったんじゃない?

亡くなって16年も経っているドラゴンを探すよりも、魔王の蒼さんを探した方がすぐ見つかるだろ。


「四日目に洞窟でハンナを見つけた時には、ハンナはもう骨になっていたわ」


普通そうだと思う。


「でも、肝心の蒼がいないじゃないの。

蒼はもう山を下りて町まで来ているのかもしれないと思って、今度は町をずっと探し続けていたのよ」


蒼さんは召喚されてこっちにいたんだから、そりゃ見つからないわな。


「それで、これを蒼に渡そうと思ってね」


持っていたバッグの中からリンゴくらいの大きさの箱を差し出した。


「何これ」


「開けてご覧なさい。びっくりするわよ」


蒼さんは箱の蓋を開けて、中に入っている物を見て驚いた。


「ハンナの宝珠よ。お守りにしなさい」


宝珠といえば、龍の絵や置物でしか見たことがない代物じゃないか。

そんなバカな。

宝珠と言われたその物体は透明な水晶体で、占いとかで使う水晶の玉よりやや小さい。


「暗い洞窟の中でこの宝珠がキラリと輝いて、わたしに存在をアピールしたのよ。ハンナの宝珠に間違いないわ。

これをお守りにして持っていなさい。これでハンナはいつもあなたの側にいて守ってくれるわ」


洞窟の中で輝いていただけで、ハンナの宝珠と決めてかかって持ち帰って来たのか。

その自信は、一体どこから湧いてくるのか。

一度、リリ婆ちゃんの頭の中の仕組みを覗いてみたいものだ。


「それじゃ、わたしはモブさんの着替えとか洗面用具とか病院に持って行かなくちゃいけないから。

あなたたちもここでサボってないで、ちゃんと直会に出なさいよ。

直会が解散したら後でいくらでも休めるんだから、あと少しだけ頑張りなさい」


リリ婆ちゃんはそう言って和室を出て行った。

扉の向こうで、リリ婆ちゃんは氏子のおじさんたちに「リリアンさーん」と呼ばれて捕まっている様子が聞こえる。

おじさんたちはお神酒が入って、いつもより大胆になっているようだ。


さて、リリ婆ちゃんから奇妙なお土産を渡された蒼さんは、じっとそれを見つめているが。


「紫音、お前はどう思う」


「何が?」


「これはハンナの宝珠だと思うか」


「いやぁ俺が思うに、どこかの蚤の市で売られている偽物を買わされたのを、婆ちゃんは話を盛ったんじゃないかな。

百歩譲って話が本当だとしても、どこのドラゴンの宝珠かわからないよ。全然関係の無いドラゴンかもしれないし」


「普通はそう思うよな。だけどわたしは、何故かこれはハンナの宝珠のような気がしてならない。

うーん、これは出来ればでいいんだが・・・お前、龍になった母さんに会えたりできるよな?」


「それは運がよければ会えることもあるけど、会ってどうするの」


「これが本物かどうか聞いて欲しい」


「そんなこと聞けないよ」


「無理か」


そこへ和室のドアをノックして、狩野が顔を出した。


「斉木、寝てる?」


「寝てる」


「寝てるやつが返事をするかよ。あ、蒼さんすみません。

氏子のおじさんたちがね、神主がいないって騒いでるんで、ちょっとだけ顔をだしてもらっていいですか」


「すまないね。今いくから」


「あ、何ですかその水晶玉」


「これは・・・・あの、あれだ。お袋のおみやげだ。

まったく、どこかの蚤の市で売りつけられたんだろう」


蒼さんは宝珠を箱にしまってから、さらに押入れにしまい込み、直会に顔を出すために和室を出ていった。


「悪かったな狩野。なんか俺、気を失っていたようで」


「気になるな」


「それを言うなら、普通は気にするなだろう」


「気にならないか? あの水晶玉」


「あ、ああ、そっちの話か。あんなの偽物に決まってるさ」


「じゃ、俺に見せてくれよ。 プラスチックか本物か確認したくないか?」


蒼さんが丁寧にしまった物を開けるため、しょうがないなと言いながら俺はフラフラしながら押入れまで歩く。

そして、罪悪感も無く中にしまってある箱を持ってきた。

箱から丁寧に水晶玉を取り出して、静かに畳の上に置く。


「どうだろう。バッタものじゃねえか?」


「目で見てるだけじゃわからないね。重さとか手触りとか調べないと」


そう言って狩野が手を伸ばすと、水晶玉はすっと横に避けたように見えた。

あれ? 

もう一度狩野が触ろうとすると、やはり水晶玉は捕えられまいとでもするように避ける。


「なんだあ? もしかして俺、嫌われている? 逃げんなよ」


今度は、水晶玉はまるで意思があるように、はっきりと狩野から逃げて転がりだした。


「おいおい、野球部をなめんなよ。球を捕るのは俺の得意分野だ」


狩野は白球を追いかけるように水晶玉に体を伸ばして捕獲しようとする。

すると水晶玉はびゅんと空中に浮かび、まるで狩野を見下ろしているようにそのまま空中に浮かんでいた。


「よっしゃ、見てろよ、俺のジャンピングキャッーチ!」


狩野の狙いは間違っていなかった。

間違ってはいなかったが、ジャンプした向こう側に壁があることを忘れていた。

そう、ここはグランドではなく、たった八畳の和室であることを。

壁に激突した狩野は、そのまま畳の上に落ちて気を失った。


「おい、大丈夫か」


水晶玉はゆっくりと俺の目の前に移動してきて、空中で浮いている。


「狩野と違って俺は守備が得意じゃない。

どっちかというと代打でバッターボックスに立つ方が性に合っているんだ」


空中で浮いていたって俺は追いかけませんという意味で言ったのだが、水晶玉に聞こえているんだろうか。

突然、水晶玉からまぶしい閃光が放出されて思わず目を閉じた。

最近気がついたことだが、神秘体験をする時って十中八九眠くなるのは何故だろう。

そんなことを考えながら、今日二回目の寝落ちをする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る