第27話 ビオラのストライキ
俺は神職の家系に生まれたから人の役に立ちたかった。
モブ爺ちゃんは集落からの信頼が厚く、神社に参拝する人の対応や御祈祷のほか呪術についても鍛錬し、人々の悩みを解決したり助言したりして、この集落に無くてはならない存在だ。
そんなモブ爺ちゃんの背中を見て育った俺だ。
将来はあのような神主になりたいと思っていたんだ。
ところが、蒼さんが来てから、モブ爺ちゃんの跡継ぎは蒼さんに変わった。
俺からすれば中途入社の蒼さんでも、集落から見れば昔馴染みの神主という役割を見事にこなしている。
俺は、俺にしか出来ない事を身に着けたい。
そう思っていたところに、俺は龍族の力が覚醒して天気を操れるようになった。
最初は、力を使うと物凄く体力が消耗したり、意識していないと力が暴走したりしていたが、それもだんだんコントロールできるようになってきた。
試しに部屋の窓から見える空に向かってマジシャンみたいにパチンと指を鳴らしてみる。
晴れ渡っていた空に急に雨を降らす。
想念で天候を変化させることができるようだ。
10分ほど雨を降らせたら、またパチンと指を鳴らす。
すると再び空は晴れ上がり、太陽と反対側に虹が現れる。
こんなふうに天気を操る練習をしていると、ドタドタと誰かが階段を駆け上がってくる音がした。
「ちょっと、いいかげんにして!
さっきから洗濯物を干したり取り込んだり忙しいじゃないの!」
ビオラだ。
めっちゃ起こりながら俺の部屋に入って来た。
「紫音、あなた力を使いすぎ! そんなことしていたらいつか倒れるわよ」
「部屋に入る時はノックぐらいしろよ」
「あら、これは失礼しました。何か見られると困るものでもありますの?」
「別にそんなものはない。
でもさ、練習していたら使いこなせるようになったんだよ。
最近慣れてきたからさ」
「洗濯物を干す身にもなってくださらない?
晴れたり降ったり、晴れたり降ったり、何回洗濯物を干し直しているか、あなたわかる?
ここだけじゃないわ。周辺の主婦は皆、紫音の天気操作に振り回されているはずよ」
ビオラに言われてみると、なるほどそうかと納得できた。
確かに、こんなにコロコロ天気が変わったら困る人もいるだろうな。
「わかった。俺が悪かったよ」
「じゃ、次、布団干しお願いね。重いのよ、あれ」
布団干しを手伝う羽目になったが、しょうがないか。
庭で布団を干していると、携帯が鳴った。
狩野からだった。
「もしもし、斉木?」
「どうした狩野」
「お願いがあるんだけど、いいかな」
「なんだよ。野球ならこの間負けたからもう試合はないだろう」
「試合のことじゃないんだ。プライベートな悩みでさ。」
「なにかあったのか」
「明日、雨を降らせてほしいんだけど、いい?」
「えぇっと、あまり力を使うなと今怒られたばっかりで、
それはちょっとできないかな」
「誰に怒られたの? モブさん?」
「いや、あの・・・ビオラに」
「何だよ、お前。ビオラちゃんに怒られるほど仲がいいのかよ」
「そうじゃないよ。マジギレだよ。
と、ところで雨を降らせてほしいってどうしたんだよ」
「ふぅぅん、お前がさビオラちゃんと最近仲がいいからさ、
出会い系サイトで彼女を作ろうとしたわけよ、俺」
いきなり、狩野の口から出会い系サイトなんて言葉を聞くとは思わなかった。
別にビオラに振られたわけでもないのに、他の女の子と浮気しようとしてたのかこいつは。
「それがさ、会ってみたらその子は結構重くてさ」
「何、もうお姫様だっこでもしたのかお前。
もう体重が分かるって早くね?」
「違うよ。体重が重いんじゃなくて、重いのは気持ち」
「あ、あああ、そうか、だよな。
体重で決める狩野じゃないしな」
「その子とデートの約束が雨で流れないかなぁと思って、
お前に頼んでみたわけよ」
「そんな理由で、か」
「そんな理由でも、俺は物凄ぉーく後悔している。
やっぱりビオラちゃん一筋で行くべきだった。
お願いだ斉木、雨を降らせてくれ」
「・・・・わかった。明日雨にするけど、ビオラには言うなよ」
「もちろん内緒にする。
それと、斉木の好きなSFコミック全巻貸してやる」
結局、俺はSFコミック全巻になびいた。
*
翌日、天気予報では晴れだったが、狩野の願い通りに朝から雨にしてやった。
「最近、天気予報がよく外れますね」
ルイが俺の顔を覗き込むように言った。
「困るんですよね。
明日はおじいちゃんおばあちゃんたちと、
近くの公園にピクニックに連れて行かなくてはならないのです。
まさかとは思いますが、紫音が天気を操作しているなんてことありませんよね」
ルイは感が鋭い。遠回しに痛いところを突いてくる。
「さあ、天気については俺もよくわからないんで・・・・・」
「とぼけないでくださいよ。
わかっているんですよ。お嬢様に言いつけてもいいんですけどね」
「待った、それは困る」
「ならば、明日は晴れということでお願い聞いてくれますね」
これは脅迫ではないか。
俺を脅して天気を操作させたら、ルイも同罪だぞ。
*
最近、地域ごとの天気予報でここだけ外れるという珍現象に、ビオラが疑念を持たないわけがない。
ある朝、ついにビオラは機嫌を損ねてストライキに打って出た。
「紫音の能力乱用に、わたくしはもう疲れました。
わたくしはこの家の家政婦ではございません。
本日から家事の一切をやめます」
台所の椅子に座って腕を組み、朝食の準備はしないで男性陣を睨みつけている。
モブ爺ちゃんがうろたえている。
「ビオラちゃんを家政婦代わりにした覚えはないが、
確かにビオラちゃんの行為に我々は甘えていたようだ。
どうか許してくれ」
「お爺様には悪いですが、
紫音の力についてご存じだったのはお爺様ですよね。
責任を感じていらっしゃらないのですか」
モブ爺ちゃんに向かって厳しい発言をするビオラ。マジで恐い。
「家事はビオラちゃんひとりでやらなくていい。
わたしもやるからみんなで当番制にしよう」
蒼さんがナイス提案。
しかし、ビオラは折れない。
「蒼さんだって、紫音の父親としての自覚が足りません。
紫音に遠慮しないで息子に厳しい態度で接して欲しいものですわ」
そこまではっきり言わなくてもいいんじゃないか。
「俺が悪いんだから、俺だけ飯抜きにすればいいじゃないか。
モブ爺ちゃんや蒼さんに罪はないだろ」
「はぁ? あなたは何を開き直ってるの?
全然悪いと思っていないでしょ。反省の色がない、反省の!」
それはそうだが、朝からご飯を作りません宣言は急すぎないか。
クロードなんか、今にもひもじくて死にそうな顔をしているじゃないか。
「お嬢様、せめてみそ汁かスープだけでも・・・・」
「ルイ! わたくしが何も知らないとでも思っているの。
あなたも同罪よ。紫音に頼んだでしょう」
「申し訳ございません、お嬢様」
クロードは冷蔵庫から何か食べるものを探し始めていた。
「俺が一番関係ないのに、なんでこんなことになるんだ」
「みなさま、よろしくって?
紫音の能力が覚醒したことについて、本人は調子に乗っているようですが、
このままではいつか紫音の体に負荷がかかりすぎて倒れてしまいます。
わたくしはそれが心配なのです。
わたくしだけ心配して他の家族や仲間が無関心とはどういうことですか!」
モブ爺ちゃんも蒼さんも頷いている。
クロードは冷蔵庫から梅干しを見つけて食べ始めた。
「・・・・すっぱ!」
酸っぱさに顔をしかめるクロードの姿、あまりにおかしくて吹き出しそうになったが、ここで笑ったらいけないとぐっと堪えた。
堪えていると次第に肩がプルプル震えてくる。
プルプル震えながら、ついに俺は土下座してビオラに謝った。
「ご、ごめんなさい・・・・・ギブ・ミー・ごはん・・・・」
思わずビオラもぷっと吹き出し、笑って椅子から立ち上がった。
「しょうがない、ひじきでも煮るか」
助かったぁ。
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