第26話 龍神祝詞

 期末試験が終わって夏休みに入った。

夏休みになると週末だけ神主見習いではなく、平日も含めて修行に励むことができるようになり結構忙しい。

 ルイは相変わらず老人福祉施設で重宝がられ、老女キラーを遺憾なく発揮している。

 クロードは陣太鼓が気に入ったようで、陣太鼓のメンバーからも信頼を得ていた。

 ビオラはというと、巫女姿で境内を歩くと誰もが振り向くほど可愛いくて注目され、蒼さんと一緒にSNSに写真が投稿されバズっている。

『イケオジの神主とアイドル巫女』なんてタイトルまでついて拡散されている。

言っておくが、この二人は親子でもないし付き合ってもいないからな。

ところで、そんなビオラだが、神楽の舞が驚くほど上達していて、美琴さんとの息もぴったりに舞うことが出来るようになっていた。


「また、神楽をのぞき見してるのか、紫音」


げっ! モブ爺ちゃんにまた見つかった。


「だってさ、ビオラといると龍族の力が安定して安らぐんだよね」


「ふぅぅん、そんなものか」


「そんなものです」


「安定してきたところに、ちょっと頼みごとがあるのだが」


「頼み事?」


「雨雲ぐらい呼べないか」


「できるわけないだろ」


今年も酷暑で雨のない日が続いている。

つまり日照りという状態で、農家が多い田舎では稲や農作物に被害が出始め、神様に雨を降らせてくださいと参拝に来る人たちが増えてきていた。

モブ爺ちゃんに雨ごいは出来ないものかと氏子からも声が上がって困っていたのだ。


「イチかバチか、試しに呼んでみろ」


そんな無茶な。今まで力を制御しようと努力してきたのに、今度は出せというのか。

せめて、やり方のヒントくらい欲しいものだ。


「うちの神社の御祭神はホンダワケノミコトでいわゆる八幡様だが、西にある祠は廃村になったところから還宮し合祀していて、それが龍神様だ。

お前に、龍神祝詞を教えただろう。祠に向かってやってみなさい」


「だけど、龍神様はいつも祠にいないよ。境内にいたり空を飛びまわっていたり、自由な自然エネルギーなんだよ」


「そうなのか。だが、紫音が龍神に向かって祝詞を上げれば必ず願いを聞き入れてくださるのではないかな」


「そうかな・・・・」


「人々が困っているのだ。助けてやらないと」


「わかった」


俺は社務所を出て、拝殿に向かい二礼をして、雑念を取り払い龍神祝詞を唱えてみた。


高天原に坐し坐して(たかまがはらに ましまして)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

六根の内に念じ申す(むねのうちに ねんじもおす)

大願を成就なさしめ給へと(たいがんを じょうじゅなさしめたまへと)

恐み恐み白す(かしこみ かしこみ もおす)


言霊を意識して、一語一語を丁寧に唱えた。

そして、二礼二拍手一例し、なんとなく空に向かって手の指を突き上げてみた。


「雨雲よ来い」


すると、黒い雲が空を覆い始めみるみる暗くなってきたかと思うと、ゴロゴロゴロゴロと雷が鳴る。

ピカッと稲妻が光った瞬間、雨がザーッと降り始めた。


「おお、やりおったな紫音!」


「爺ちゃん濡れるから早く拝殿へ」


拝殿の屋根の下で爺ちゃんは喜んでいるけど、本当にこれでいいのか不安だった。


「これで、集落のみんなも喜んでくれるだろう。恵みの雨だ」


「だといいけど」


突然の雨に、参拝に来ていた人たちは驚いて社務所の軒下で雨宿りしていた。

しかし、あまりにも雨脚が強いため、人々の足元を濡らし始めた。

蒼さんがみんなを社務所の中に入るように案内しているのが見える。


「爺ちゃん、俺、やりすぎたかも」


「何故、そう思う」


「だって・・・・この雨やむのかな」


「なんだって? 止め方を知らないのか」


「知ってるわけないじゃん。初めてやったんだよ。爺ちゃんこそ知らないのかよ」


「知らん」


これって、まずいんじゃないか。

おれの不安は的中し、大雨は止むことがなかった。

一日中、そして二日目、三日目・・・

三日目の夜に狩野から電話があった。


「斉木、お前が何かしたんだろ。異常な降り方だぞ。どうしてくれるんだよ」


「何が」


「何がって、とぼけるな。お前の雨ごいのせいで、試合が延期に次ぐ延期でちっとも、試合できないんだが」


「そう・・・だったのか」


「知ってるか? 川の水が危険水域に達してるって、このままいけば氾濫するぞ」


「え? それはまずいな」


「何とかしろよ。川が氾濫したらこの集落は孤立するぞ」


狩野の言葉に俺は震えた。早く止めないと、大変なことになる。

スマホで天気図を確認すると、うちの地域だけ線状降水帯がずっとかかっていた。

暗い中、雨に濡れながら境内を走って拝殿に向かって精神統一した。

竜神祝詞を唱え、心の中にさっきスマホで見た天気図を思い描き、線状降水帯が太平洋上に早く抜けるように念じた。

天に向かってゆびを指し


「雨雲よ去れ!」


念じると、雨は次第に弱くなり、やがて止んで雲の切れ間から星々が輝いているのが見えた。

なんとか止めた。

俺は力付きて膝をついたままの姿勢で、ずっと境内で茫然自失状態だった。

誰かが近づいてくる足音がして


「お疲れ様」


俺の頭にタオルをふわっとかけてくれたのは蒼さんだった。


「わたしも慣れるまでは難儀したものだよ。開いた能力は閉じることも出来ないとな。そのうち慣れるから大丈夫だ」


「蒼さんも不思議な力があるって言ってたけど、雨ごいもできるの?」


「わたしはそこまで大きな力は持っていない」


「魔王だったときでも?」


「それを聞くのか、・・・・・無いな。魔王でも天候を操ったことは無い」


「そうなんだ」


「ただ、龍族の谷では天候を操っていたみたいだがな、ハンナが」


「母さんが?」


「わたしには見せてくれなかったが、たぶんそうだろう」


先日初めて龍の背中に乗ったときのことを蒼さんに話していいかなと思った。


「龍の背中に乗って、龍の背中に耳を押し当てたら鼓動が聞こえたよ。温かくて安心してとても幸せな気分だった。まるで母さんのおなかの中にいるような安心感だった」


「ハンナだったのか、それは」


「わからない。けど、そんな気がしたんだ。そして言われた。俺の周波数と共振できたと。何が起きてもいいようにいつも目覚めていなさいと」


「そうか。お前には何か使命があるのかもしれないな。使命を全うするのはいいが、命だけは大切にしてくれ。頼む」


蒼さんがあまりにも真剣なまなざしで俺を見つめるから、圧倒されてしまった。


「はい、わかりました」


「わかったら、風呂入ってこい。濡れたままだと風邪をひくぞ」


 今回の雨ごいを経験したことによって、俺の能力がどんなに強く、また、使いかたによっては恐ろしいものになるのかがわかった。

俺がもし小学生だったら絵日記に書くような出来事だった。

ってか、最近は毎日が絵日記のネタに困らないほど、ハチャメチャなんだけどね。



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