第3章

第23話 推しの神主の息子ですが何か

今年もくっそ猛暑だ。

うちの学校にも去年やっとクーラーが設置されたとはいえ、窓際の俺の席は白いカーテンを引いていても外の暑さが伝わってくる。

できれば遮光カーテンか暗幕にして欲しいくらいだ。


「はい、ここは試験に出るからよく覚えるように」


数学の先生がそう言うと、みんなは一斉に教科書にマーカーで線を引き始めた。

俺もなんとなく同じ行動をとる。マーカーは引いても授業の内容はさっぱりわからない。


「次のページの演習問題は宿題にします。では、先日の小テストを返すぞ。名前を呼ばれたら取りに来るように」


教室が急に騒がしくなった。みんなはわーとかキャーとか言って、自分の採点結果を見て騒いでいる。


「斉木紫音」


小テストの結果なんか見なくてもわかっている。


「斉木、お前はやれば出来るんだから、もうちょっとがんばれ」


 結果、45点、わかっていたけどこれはヤバい。

やれば出来ると言われても、やらないから出来ないわけで。

やらないのは出来ないからやりたくないわけで、これは鶏が先か卵が先かの負のループなわけで。

赤いペンでレ点ばかり付けられた答案用紙を誰にも見られないように、さっさと机の中にしまい込んだ。

そのとき、机の横にぶら下がって弁当袋が目に入って、ビオラのことを思い出した。

今頃、神楽の練習しているのかな。

今週から美琴さんが大学から帰って来ていて、ビオラに巫女としての所作をいろいろ教えてくれるからありがたい。

異世界から来たブロンドの女勇者ビオラは。今は巫女姿になり忙しく動き回っている。


「聞いているか、斉木」


しまった、考え事をしていたのがばれたか。


「期末試験の日程が決まったから、ちゃんと計画的に勉強すること。はい、今日はここまで」


よかった、突っ込まれなかった。

終礼のチャイムが鳴ったら、ダッシュで帰るぞ。



 一の鳥居で一礼してから、石段を二段飛びして登っていく。

神社の境内には数人の参拝客がいて、蒼さんに御朱印を書いてもらうために並んでいた。

蒼さんが入院する前に御朱印を書いてもらった女性たちが、先日写真をSNSにあげてそれがバズったらしい。

蒼さんが入院中でも女性の参拝客が、蒼さん目当てに神社に来ていたが、推しの神主が不在だとわかると残念そうに帰っていた。

ところが最近、推しの神主さんが復帰したと誰かがつぶやいたのをきっかけに、この神社は行列ができるほどに参拝客が増えた。

田舎の神社なのにここまで人気が出るなんて、初めての出来事にモブ爺ちゃんも戸惑いを隠せない。


俺はカバンを自宅の玄関に投げ入れて、制服のまま社務所に向かった。


「あら、こんにちは! 先日もいた子ね。神社でアルバイトしているのかしら」


「こ、こんにちは・・・」


アルバイトだと思われていたのか。まあ、まだ見習いだからアルバイトみたいな者だけどね、無給の。


「あ、あれは息子です」


蒼さんが笑顔で説明した。俺のことを「息子」と紹介したのが、なんだかこそばゆい。

息子で正解ではあるが、その解答に赤丸を付けることに未だためらいがある。


「へぇぇ! あんなに大きい息子さんがいたんですか」


(やめてくれ)

俺は恥ずかしくなって、社務所の中に逃げた。


 神楽の練習をしている大広間が気になって、そっと覗いてみる。

そこには、神楽を教える先生と美琴さんとビオラが見えた。


「神楽は禊と同様に、神様に関わるとても重要な神事です。呼吸のしかた、足の運び方、全てが伝統的行動様式になっています。

美しい舞は、正しい呼吸法と正しい体幹からできるのです」


 この先生は俺がまだ小さかったころ、巫女をやっていたおばさんだ。

言葉は厳しいが、伝統文化を伝えることに一生懸命になってくれるので神社としてはとても助かっている。

ビオラはついていけるのだろうか。

隣で美琴さんがビオラの姿勢を直してやったり、拍子の取り方をアドバイスしたりしている。

あ、また間違った。大丈夫だよ、きっと君ならやれる。がんばれビオラ。

襖の隙間から覗いている俺の背中を誰かがトントンと叩いた。

邪魔しないでくれ。今、ビオラがここの振りを覚えるのにあともう少しなんだから。


「紫音、何やっているんだ」


振り向くとモブ爺ちゃんが仁王像のように立っていた。


「あ、はい。この大広間を掃除しようかと・・・・」


「今、ここは掃除しなくていい」


「あ、そ、そうですか。じゃ、俺はここで失礼します」


何食わぬ顔して俺は家に帰ろうとする。


「待て。ちょっとお前に教えたいことがある。隣の部屋に来なさい」


 あぁぁ、捕まってしまった。モブ爺ちゃんの話とは講義を意味する。

これから長い講義が始まるのか。

真っすぐに社務所に来るんじゃなかったと、俺は激しく後悔した。


 大広間の隣の和室は、講義室として使われている。

俺がまだ小さい頃から、研修生と一緒に神学の講義を聞かされていた部屋で、俺にとって講義は子守歌なのだ。


「紫音、お前が祠を直してから地震が起きてないが、何かしたのかな」


「特に何もしてないけど・・・俺が龍族の力を受け入れるまで待っていてくださいと祈った記憶があります」


「龍神様に祈ったのだな。では、龍神様とは何だ」


「えぇっと、水の神様。自然神です」


「そうだ。風や雲や川など、流れる自然エネルギーが龍神様だ。風脈や水脈もそう、地中を走るエネルギーも龍神様の力だ」


流れる自然エネルギー。

雲の流れもそれなのかと思って、俺は窓の外を見た。

夏の空に白い雲がゆっくりと流れている。

その雲の下、境内の楡の木の上に白い雲が降りてきているように見えた。

あれ、雲ってこんなに低いところまで降りてくるっけ。

よく見ると、白い雲に見えていたのは、楡の木の上に絡みついて休んでいる龍の姿だった。

龍が楡の木で休んでいる。

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