第22話 回想録・異世界にいた最後の日―③

「やれやれ、攻撃してくるのを今か今かと待っていたのに、長々とつまらんコントを繰り広げやがって、退屈でしょうがない」


ビオラがその声が聞こえる方に目を向けると、黒に銀の刺繍を施したマントを羽織り、長く伸ばした黒髪をかきあげている魔王の姿があった。

どこから見ても威厳がある魔王の姿がそこに立っていた。


「あら、どちら様かしら。」


「どちら様もこちら様もない、この宮殿の主はわたしだ。お前ら入って来た時からずっと見ていたぞ。

階段パズルをみごとにクリアした点は褒めて遣わそう。だが、コントはつまらん。聞いていて寒くなった。

お前らには緊張感ってものがないのか」


「緊張感? ああ、そうでしたわ。忘れていました。 

はじめまして、わたくしビオラと申します。こんなところで魔王にお会いできるなんて光栄でございます。」


「だから、こんなところと言うな、こんなところと。曲がりなりにも魔王の宮殿だぞ」


戦いの前にあれほどおびえていたのに、いざ魔王を目の前にすると、クロードにもルイにも全く緊張感はない。

どこか吹っ切れてしまった勇者たちだった。


「嫌ですねぇ、魔王さんったら、俺たちの話をお聞きになっていたんですか?」


「わたしたちはまじめに会話していただけなのに、コントだと言われて悔しいです!」


「そうかぁ? 俺はコントでも構わないな。むしろ笑いがとれたほうが嬉しくないか?」


「クロードったら、あなたは人の話を聞いてませんの? 笑いがとれてないからつまらないと言われたのよ」


「いや、そもそも魔王は人じゃないだろ。人の話じゃないからクロードには聞こえてなかったのでしょ。当然では」


「あ、そうですわね。人じゃないわ。でもルイ、あなただって人じゃありませんわ。元バンパイヤじゃないの」


「そうだった。これはお嬢様に一本取られました。これが本当の人でなしってことで。わっはっはっはっは」


自分たちが置かれている状況が理解できていないのか、それともすでに疲れがピークを過ぎて壊れてしまったのか、

ハイになって笑いあうハズレ勇者たち。

この様子を見ていた魔王は、そんなビオラたちに薄気味らしさを感じた。


「こいつら、ハイになってやがる・・・ったく、いいかげんにしないか。コントはもう終わりだ。

お前らはこの宮殿に何をしにきたのだ。すでに時間が押してるんだよ。

そろそろ次の勇者が来る時間だから、戦いは巻きでお願いする」


ビオラは、ふと我に返って自分たちが魔王を倒す大事な局面だということを思い出した。今さら。


「これは失礼いたしました。大事な局面に入ったことを教えてくださり感謝いたします。

よくお聞きになって。わたくしたちはお前を倒すためにいくつもの難関を乗り越えてここに立ってますの」


「ハズレ勇者パーティーとは言われますが、そんじょそこらのハズレとはわけが違う。徹底的なハズレなんです」


「ああ、徹底的なハズレに怖い物は無いのだ。何故ならば、俺たち強運だから」


「さきほど、次の勇者が来る時間とかおっしゃいましたよね。残念ながらあなたに次はありません。その理由を教えてさしあげます。

なぜなら、わたくしたちが今あなたを倒すからです!」


魔王は玉座に腰を下ろしてゆっくりと足を組んだ。


「そのさ、あなたとかお前とか呼ぶのはよせ。わたしを誰だと心得る」


「魔王さん・・・ですよね。違った?」


「違わない。しかし、わたしに話しかけるときは、もっと敬意を払うように。」


ビオラは剣を抜いて魔王に詰め寄った。


「ふん、笑わせてくれるわ。なぜあなたなんかに王様のように敬意を払わなければなりませんの?」


「理解できてないようだな。わたしの支配はすでにこの世界の隅々まで及んでいる。何故そこまで大きくなったと思うかね。それは人間の王よりわたしが賢く、そして何よりも平和を愛する者だからだ」


「意味不明。おかしな話ですわ。そんな証拠がどこにあるのかしら。ハッタリかもしれませんわ」


「証拠だと? これだから人間は嫌いだ。なんでも証拠がなければお前たちは信じることができない。

哀れな人間ども、戦うことでしか物事を解決できない」


クロードが魔王にダメ出しをする。


「あのう、人間、人間と言いますが、ここに居るのは半鬼と元バンパイヤなので、あたしら人間じゃございません。哀れな人間ならお嬢様ひとりだけでして」


「人間じゃないならなおさらだ。わたしが人間の王よりも平和主義者であることを説明しても、お前たちにはどうせ理解さえできない」


ビオラはクロードに近づき耳打ちをした。


「魔王の話術にはまらないで。わたくし達が冷静さを失うように、わざと仕掛けてきているのかもしれませんわ」


クロードはビオラの横で戦闘の構えをとり、お互いに頷きあった。一方、ルイはというと、こともあろうに魔王の姿に羨望のまなざしを向けているではないか。


「かっこいい! いかにもそうですよね魔王様。あ、魔王様という呼び方でも敬意が足らないというのなら、閣下はどうでしょう。

閣下といえばデーモン閣下と呼び方がかぶりますが、よろしいでしょうか」


ビオラはルイの発言を聞いて力が抜けていくのがわかった。


「やだ、ルイに耳打ちするのを忘れてたわ」


「お嬢様、ルイにはルイの考えがあるのかもしれませんよ」


魔王は閣下と呼んだルイを気に入ったようだ。


「ほう、お前は理解が早いな。お前、愚かな人間じゃないな?」


「さすが見る目がありますね。お褒め頂いて光栄です、閣下。

わたしは元バンパイヤなので、閣下のお顔を拝見した時から、なんと申しましょうか、先祖の血が騒ぐといいますか、遠い親戚に出会えたような感動さえ覚えました」


「ふん、笑わせるな。親戚なわけがないだろ。だが、お前は見たところ人間化しつつある化け物?」


「さすがです閣下。いやぁ、参りました。100年ほど前、俺は人間と共存するために和議を結んだバンパイヤの末裔なんです。ですから吸血鬼ではないのですよ。でもバンパイヤの遺伝子は残っておりまして、困ったことに日光に弱くてすぐ死んじゃうんです」


ビオラは剣を握ったまま、飛び掛かるタイミングを待っていた。

クロードの言う通り、これはルイの話術かもしれない。

なおもルイは続ける。


「すぐ死んでしまうとは、なんと弱いやつだと閣下は思いましたでしょう。その通り、弱いのです。

しかし、弱い者には弱い者なりの戦い方ってあるんですね。わたしは死んでもすぐ生き返ってしまうんですよ。

そう、不老不死です。聞いたことございませんか?」


「噂には聞いたことあるが、本当に存在するのか不老不死が」


「ございますとも。わたしはこれで200年生きてきました。もうわたしより年上にはなかなか巡り合えません。

閣下がわたしを消してくださるのなら、もう寂しい思いはしなくて済むんです。どうか死なせて下さい。

けれども、本当にわたしを消せます? もし、失敗したら何べんでも生き返って閣下の元でくだらないコントをしなきゃいけない。本当に消せるんですよね」


ルイは魔王を煽った。

魔王は声を上げて大笑いした。


「面白い、こういうやつを消してみたかった。

どこからでもかかってこい。ただし、わたしも忙しいのだ。5分で頼むぞ」


「5分ですって?パスタが伸びてしまいますわ。わたくしたちなら3分で結構よ」


「はいはい、大変長らくお待たせしました! 俺たちの活劇をとくとご覧あれ!」


ビオラが声を張り上げると、三人は魔王に立ち向かった。

剣を振りかざすビオラ


「聖剣、疾風のごとく!」


クロードはジャンプして一旦壁を蹴り、魔王めがけて飛び掛かった。


「渦巻き!」


ルイは渾身の力を込めて


「グーパン!」


颯爽と魔王は立ち上がりマントをひるがえした。

まるでうるさいハエを追い払うかのように。


「えええい、ちゃらくさいわ!とっとと失せろ!」


ブワッ!

ひるがえったマントの勢いで勇者たちは天井に向かって勢いよく飛ばされた。

宮殿の天井は豪華なシャンデリアがあった。シャンデリアの装飾にはいくつもの髑髏が使われていた。

その髑髏のシャンデリアに向かって飛ばされた三人は思いっきりガラスと髑髏にぶつかって

割れたその破片は細かく飛び散り、キラキラと妖しく輝き悪魔的な世界のようだった。

ビオラの目には、飛び散っていく破片がスローモーションのようにゆっくりと映った。


(ああ、妖しい光だわ。わたしはこれで死ぬのかしら)


突然、雷のような閃光が走った。

青白い閃光の後に彩雲が現れ、そこから大きな白い龍がのうろこを光らせながらビオラたちを見下ろしていた。

白い龍はその場にいる者たちをぐるぐると取り巻き光の渦を作った。

そして、彼らはその渦に飲み込まれて、いるべき世界から見知らぬ世界へと時空間を越えたのだった。


**********************************


と、勇者たちは証言している。

こうして彼らは、俺の家、すなわち白滝神社の磐座(いわくら)に召喚されてきた。

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