第2章

第20話 回想録・異世界にいた最後の日―①

日本に召喚された魔王(蒼さん)と勇者たちが、召喚される直前、最後に異世界にいたときの話である。

俺が彼らから聞いた話をここに書き留めておく。


**********************************


異世界にいた最後の日、ビオラは冗談まじりに明るく声を張り上げた。


「やっと魔王の宮殿にたどり着きましたわ。ここまで無傷で来るなんて、わたくしたちって本当にツイていると思いません?

さっさと魔王を倒して、おいしい物でも食べに行きましょう! これが終わったらダイエット解禁よ!」


ビオラの後ろには、半鬼のクロードと元バンパイヤのルイが控えていた。

二人とも緊張で顔がこわばっていたから、ビオラは彼らの緊張をほぐすつもりでわざと冗談を飛ばしたのだ。


「お嬢様、そんなお気楽なこと言って大丈夫かなぁ? ラストバトルは魔王ですぜ。そう簡単にいきますかねえ」


「わたしもクロードと同じ意見です。魔王というのは強いから王が付くんですよ。魔の王って怖くないですか。わたしは陰から応援してますから、お先にどうぞ」


魔王の宮殿の前で怖気づいている二人の声には聞こえないふりをして、ビオラは宮殿の扉をそっと開けた。


ギィ


中を見ると、そこにはホールも玉座へ続く廊下もなく、数々の階段が入り乱れていた。


「ふぅん、そう簡単にはいきませんよってことね」


ビオラはそう言いながら、さっそく階段を登り始めた。

 複数の階段が複雑に入り組んでおり、一つの階段を上がると次の階段が現れるという仕掛けだった。

足元には崩れやすい箇所もあり、慎重に進まなければならない。


「こんなに階段があるなんて、魔王はいったい何を考えているのかしら。二階に行くのに不便じゃありませんこと?」


「ほう、こりゃまた! もしトイレが二階にあったら間に合いませんね。こういう面倒くさい仕掛けを作るとは、魔王は俺らを迷わせて諦めさせようというつもりかも。しゃれたことをしやがる」


三人の勇者は息を詰めながら進み続けた。

階段を上り下りし、迷路のような宮殿内を進んでいく。

その中で、ビオラは何かを感じ取ったような表情を浮かべた。


「ちょっと待ってくださる? これは…」


ビオラは立ち止まり、足元に広がる模様を指差した。

その模様はオセロゲームのように黒と白が一瞬にして変化している。

変化したと同時に別の方向から新たな階段が現れた。


「これは何かの暗号かしら?」


「暗号って言いました? するってぇと、こいつは難問ってことか」


暗号と聞いてクロードは当たり前すぎる疑問を返した。


「クロードにはあきれる。普通は、難しくて分からないから暗号というのだ。簡単に解けたら暗号とは言わないのだろ」


ルイはこれでもクロードのフォローに回ったつもりである。

そんなフォローには耳を貸さずビオラは頭をかきながら考え込んでいた。

次の瞬間、彼女の頭にひらめきが走ったようだ。


「暗号を解いてから玉座まで来いということね。これは魔王がわたしたちを試しているのかもしれないわ。この模様を解読して正しい階段を選ぶ必要があるのよ」


「力技だけではダメってことかい? そりゃ参りましたねえ、頭脳が試されているというのなら、俺は一(いち)抜けたぁっと」


「おいおい、一(いち)抜けは無しだ。お嬢様ひとりで魔王と戦わせるつもりか」


「ルイだって後ろの方で応援するって言ってたじゃないか。俺は面倒くせーことは嫌いなんで」


「君が脳まで筋肉なのはわかっている。今さら君に知能は求めていない。

しかしだ、ここで戦いを放棄するということは、放棄するということは・・・・・・・おいしい物を食べに行けないってことだろう。それだけは受け入れられない!」


「まぁ、それはお嬢様が景気づけでおっしゃたんでしょう。飯なんかいつでも食えるじゃねえか」


「何をいう。せっかく美味しいスイーツが食べられる機会が来たと期待していたわたしの気持ちがわかるか」


「さぁ、さっぱりわかりませんね。いいじゃないですか、甘い物の一つや二つ食べられないくらいで死にはしない」


死にはしないと言われたルイは不機嫌な表情から悲しみの表情にみるみる変わる。泣きそうになりながら赤い瞳をうるうるさせた。


「それは、わたしは不死ですが・・・・」


彼は元バンパイヤですでに吸血鬼ではない。今は血を吸うことをしなくなった甘党男子なのだ。

ビオラの『おいしい物』というキーワードで、勝手に脳内ではスイーツを検索結果の上位に表示していた。

それだけに期待値は高く、クロードの戦闘離脱宣言には心底がっかりしていた。

それに「死にはしない」という言葉にも傷ついていた。


「およしなさい、二人とも。やっと魔王討伐まで来ましたのよ。ここで諦めるわけにはいきませんわ。暗号解読はわたしに任せなさい」


「そうこなくっちゃ、お嬢様頑張ってください。お嬢様の頭脳なら万事解決ばんばんざい」


さっきまで一抜けたと誰よりも早く戦闘離脱宣言をしていたクロードだったが、ビオラが任せろと言うのなら話は違うらしい。

全面的にビオラを応援した。


「ちょっと黙ってくださるかしら! 集中したいわ」


「すみませーん」


ビオラの一喝で、クロードもルイも黙り込んだ。


「黒のタイルの場所を記憶しておきましょう。この模様には規則性があるに違いないわ・・・・・・・・・」


タイルの動きをじっと観察し、ビオラは数分後に指をパチンと鳴らした。


「OK!」


「わかったのか?」


クロードとルイが同時に言った。


「たぶんね。右端の黒のタイルのに仮に番号を付けていけば、この変化は5パターンしかありませんわ。

1が真ん中に一本、

2が並行して登りと下りの2本、

3がNの形の3本、

4がIXIの形で4本、

5はI*Iの形で5本よ。

タイミングを見て常に登る階段を選んで飛び移れば問題なくってよ」


クロードはビオラの考察に感心した。


「恐れ入りました。さすが頭脳明晰のお嬢様。おっしゃる通りに解読した暗号に従って動いてみますかね」


「だ、大丈夫ですよね? もしも、途中で崩れて移動に失敗したらどうするんですか?」


ルイはこの中で一番体力がない。心配して弱気な発言をする。


「大丈夫ですわ。その時はその時よ。わたくしの強運でルイを守るか、クロードが力業であなたを引き上げてくれるでしょう」


クロードもルイを勇気づける。


「移動に失敗したら下の床に真っ逆さまに落ちるだけです。ルイなら万が一階段から落ちても死にゃあしないよ。そもそもお前さん、不死身じゃねえか」


「またそれを言う」


三人の勇者は、今までもこのような調子で喧嘩はしてもお互いに信頼しながら、いくつもの困難を切り抜けてきた。

ラストバトルになるであろう魔王の宮殿でも、その友情は変わらない。

そして、戦闘開始の号令は、いつもビオラがかける。


「行きますわよ! どこから登るかわたしが指示するからそれに合わせて飛び移る。さあ、魔王よ首を洗って待ってなさい」


床の模様を注視しながら、ビオラが登るべき階段を指示する。


「右から!」


「合点だ! 右を登るぞ」


三人は一斉に右の階段を駆け登った。

登りながら階段の途中で床の模様が変わったのをビオラは見落とさなかった。


「左へ飛んで!」


ビオラの読み通り、登っていた階段は途中で崩れはじめ、左の階段が登りに変わっていた。


「よっしゃ! お嬢様が全部お見通しだぜ」


「次、斜め前!」


「え? もう? 変わるんですか? 早っ」


斜め前という指示に、右斜めか左斜めかの説明が足りなかったため、とっさの判断で正解を選べたのはビオラとクロードだけだった。

ルイは方向を間違えて、飛び移る階段がない方向へ飛んでしまった。


「しまった!」

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