第19話 異世界から日本に来て馴染みすぎ
「紫音、お願いがありますの」
ビオラが上目遣いに俺を見つめてきた。
これは、狩野に仕掛けたのと同じビオラの必殺お願いポーズだ。
狩野と違って俺はこんなものに引っかからないぞ。なんてたって俺は清く正しく逞しく生きる神主見習いなのだから。
「今、忙しい。後にしてもらっていい?」
つれない態度で断りながら、俺は忙しくジャガイモの皮をむいていた。
今朝はジャガイモのみそ汁の制作に忙しいのだ。
これが終わったら、納豆の薬味にするネギを切らなければならない。
「病院に蒼さんの着替えを持って行かなくちゃいけないの。でも、女性が下着を取りに蒼さんの部屋に入るなんて、そんな恥ずかしいことできませんわ」
なんだ、そんなお願いか。
狩野へのお願いと比べるとずいぶんとレベルの低いお願いじゃないか。
もっとドキドキするようなお願いかと思っていたのに、肩透かしを食らった気分だ。
念の為断っておくが、別にヘンなことを想像していたわけではない。
「爺ちゃんに頼めばいいじゃん?」
「だって、お爺様は適当過ぎて不安ですわ。それに、今朝はもう出かけるって言ってましたし・・・・」
「紫音、すまんが朝飯はいい。祭りの打ち合わせに行ってくる」
振り向くと、スーツ姿でモブ爺ちゃんが立っていた。
「お爺様どうしましたの。どこかの宮殿にお呼ばれですか?」
どういう発想しているんだビオラは。
「ああ、ちょっと電車に乗るのでね。たまにはスーツを着るんだよ。じゃ、いってきます」
モブ爺ちゃんは、たまに講演会や役員会、学校の保護者会ではバリっとスーツを着ていく。
「お爺様って実は素敵な紳士だったんですね。ルイと並んだら親子みたいじゃないかしら」
いや、それは違うから。
モブ爺ちゃんは蒼さんとは親子だけど、ルイとは親子にならないだろ。
というか、ビオラは蒼さんがかっこいいとは思わないのだろうか。
なかなかのイケオジだと思うのだが。
「呼びましたかお嬢様」
ルイが台所にやってきて、おもむろに冷蔵庫を開けた。
タキシード姿をやめて大きめのTシャツを着るようになったルイは、冷蔵庫を開けることにも遠慮がなくなった。
「あ、卵がなくなりそうですよ。今日買ってきますか」
麦茶を飲みながら、人んちの冷蔵庫の在庫チェックをする。異世界から日本に来て馴染みすぎだろ。
ルイは最近、職場の女性職員に教えられてスーパーで買い物することを覚えた。
あのヒステリックな職員ですら、ルイは攻略に成功したらしい。勇者として戦うよりも老人福祉施設で働く方がルイにはあっているということか。
それからクロード
「お待たせ。境内の掃除おわりましたぜ。お、ルイ、そこにある梅干しを取ってくれ」
君も異世界から日本に来て馴染みすぎだ。
俺の家の居候たちが日本人になりすぎて、今まで抱いていた異世界への憧れが最近無くなりつつある。
俺は何気ないふりをして台所を出て蒼さんの部屋に向かった。
ビオラのお願いを聞き入れたのではない。しょうがなく蒼さんの部屋に入るのだ。しょうがなく。
蒼さんの部屋は、いつもモブ爺ちゃんが掃除していたから俺はめったに入らない。
ちょっと緊張するけど、本人がいないからいいだろう。ビオラに頼まれた通りに適当に下着を取り出して紙袋に入れた。
部屋から出ようとしたとき、ふと机の上の写真に目が留まった。
母さんと赤ん坊の俺と蒼さんが笑顔で写っているあの写真だ。
モブ爺ちゃんの部屋で厳重に管理されているものと思っていたが、実はこの部屋に飾っていたのか。
確かに、この部屋はおれが入らないから安全だったろうが、それだけではないような気がする。
モブ爺ちゃんは、蒼さんがいつ帰って来てもいいようにこの写真をここに飾り、毎日掃除をしていたのだろう。
親は子供の事をいつも想っているものなんだな。
俺はどうだったのだろう。蒼さんは俺の事思っていてくれたんだろうか。
そんなことを考えながら台所に戻った。
「ほらよ」
蒼さんの下着をビオラに渡したら、大げさなほどに喜んでいた。
「ありがとうございます。本当に助かりましたわ」
なんだよ畜生、笑顔だけは可愛いじゃないか。
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「ビオラちゃんは元気?」
学校の昼休み時間に、狩野が聞いてきた。
「気になるなら会いに行けば?」
「最近は朝練だし、放課後の練習も長くなったし、全然お前んちに行けてねえよ」
狩野は自分がいない間に、実はビオラが狩野の家に行ってるって知らないのかな。
「知ってる? ビオラは狩野のおばさんから料理習っているって」
「知らなかった。まさか俺んちで?」
「そのまさかだよ」
「嘘ぉぉぉぉぉォォォ!! なんで母ちゃんは何も教えてくれないんだ!」
狩野の衝撃波が教室に響き渡る。
「ちなみにこの弁当、狩野のおばさんから習ったって言ってビオラが作った」
「何にい? それ、俺が食うからよこせ」
「じゃ、交換な」
「いいのか。本当にいいのか。悪いな斉木」
いやそんなに感謝されても困る。
ビオラが作ったお弁当よりもおばさんのお弁当の方が安心だし美味しいに決まっている。
悪いなはこっちのセリフだ。
でも、狩野が喜んでいるからいいか。
それを食って部活を頑張ってくれ。
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夕食時はモブ爺ちゃんから夏祭りについての話があった。
「ビオラちゃんたちは初めて聞くことばかりかもしれないが、この集落は市の観光課と一緒に夏祭りを毎年やっているんだよ。
今年は八月四日に『夏の例大祭』を行うことになった。
ここ白滝神社は『夏の例大祭』で、神様に神楽を奉納している」
「カグラ?」
「神社で神様に捧げる舞だ。日本に古くから伝わる音楽と踊りだな」
「すてき!わたくし見てみたいですわ」
「それがな、ビオラちゃんには見る側ではなくて、舞う側をやってほしいのだ」
「え! そんな重要な役目をわたくしなんかに・・・」
「夏の例大祭の神楽は、巫女神楽と決まっている。ビオラちゃんにはそろそろ巫女として働いてもらいたいのだ」
「無理ですわ、無理、無理」
「氏子に以前巫女をやっていたおばさんがいるから、その人から所作や舞を習うと良い」
「そんな・・・・できるかしら」
「狩野さんちの美琴さんが夏休みで帰ってくる。美琴さんも巫女として一緒に舞うから、いろいろ教えてくれるだろう」
狩野のお姉ちゃんだ。あの人だったら、ビオラをサポートしてくれるだろう。
「美琴さんも一緒ですの? なら、やりたいです。やらせてください」
「それから、クロード君。君は陣太鼓に参加してみないか」
「何ですか、それ」
「大きな太鼓を叩くエンターテイメントだよ。明日の午後に岩佐さんが迎えに来るから、陣太鼓の稽古を見に行って見ると良い。
見てみてから参加するかどうか決めればいいよ」
夏祭りにご指名頂かなかったルイは、ちょっと寂しそうだ。
「わたしは夏の例大祭とやらに何をすればいいのでしょう」
モブ爺ちゃんは気の毒そうに言った。
「ルイ君のおかげで老人福祉施設は大変助かっていると聞いている。君には仕事を優先してもらって、仕事が終わったら一緒にお祭りを楽しむ側に回ったらいい。最後に花火も上がって盛り上がるぞ」
それを聞いてルイの目が輝いた。
「花火! いいですね。わたしは楽しむ側に徹します!」
結構、ルイって単純なやつでよかった。
勇者たちは皆それぞれ新しい役目をもらい、夏の例大祭を成功させようという話で盛り上がっている。
「ところでお爺様、その例大祭で紫音は何をしますの?」
「紫音は高校生だから勉強だ。期末試験があるだろう。今回は赤点とるんじゃないぞ」
「はい」
おっしゃる通りです。
俺は毎年その時期は期末試験の勉強に追われるのだ。
そして、試験が終われば夏休みだから、晴れて自由の身になれるはず・・・
だが、たぶんモブ爺ちゃんは修行しろと言ってくるだろうとだいたい察しはついている。
夏は狩野の野球の試合でも応援しに行こうかな。
ただし、それまであいつが勝ち進んでいればな。
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