第18話 封印されし龍族の力

モブ爺ちゃんは石の祠を見つめながら、何か思案しているようだった。


「何度直しても台座からズレてしまう」


「最近の地震のせいじゃないかな」


モブ爺ちゃんが台座からズレてしまうと言っている祠は、龍神様の祠だ。

異世界召喚の儀のときに、蒼さんが倒れていた場所にその祠はある。


「俺が直そうか。触っていい?」


祠を直そうとして近づくと、どこからかいきなりブワーっと風が吹いてきて俺は一瞬よろけた。


「紫音、お前はいい。爺ちゃんが直すから」


モブ爺ちゃんは祠を直す前に二拝した。

祠は小さくても神様がいらっしゃる社に変わりはない。

触る前にきちんと拝礼すべきだったのに、俺はそれを怠ったのだ。


「ごめんなさい、爺ちゃん」


「いや、いいんだ。いずれ、この祠は紫音のために開けなければならないと思っていたのだが、予想していたよりも早くその日がくるかもしれないな」


「どういう意味?」


「この祠には、お前の龍族としての力が封印されている」


今日龍族の話を聞くのはこれで二回目だ。

一回目は病院で蒼さんから聞いた母さんは龍族だったという話。

そして今、俺の龍族としての力が封印されているというのが二回目だ。

以前にもモブ爺ちゃんは俺の力を封印していると言っていたが、どこにという説明は聞いていなかった。

今日初めてこの祠に封印していると、モブ爺ちゃんは今はっきりと断言した。


「・・・・・近いな。紫音、お前の母さんのことなんだが・・・」


「母さんの話なら蒼さんから聞いたよ。龍族だったって。

人間の姿のまま俺を産んだから、産後の肥立ちが悪かったのだと。

そして、異世界で人間が汚染させた川の水を飲んで亡くなったと。

だから蒼さんは魔王のように怒り狂い、魔王と呼ばれるようになったことも。

蒼さんが全部話してくれた」


「そうか、蒼が話したか」


カナカナカナカナ・・・・

ヒグラシが鳴いた。

額から汗が流れて俺はタオルで目の周りをぬぐった。


「俺は、蒼さんが魔王と呼ばれていたことにとても違和感を感じる。

母さんを愛していたから異世界に行ったんでしょう。

そんな優しい人が、戦場で建物を破壊したり、攻撃したりしていたとはとても思えない」


「愛は深ければ深いほど、憎悪も深くなるものだよ」


俺にはよく理解できないが、そういうものなのだろうか。

蒼さんが心まで魔王だったら、俺を崩れる石灯篭から助けて自分が犠牲になることなんてできるだろうか。

俺はちゃんとお礼を言うべきだった。

まだそれを言えない俺は、器の小さい人間だなと思った。


「俺ってさ、弱いんだよね。

両親がどんな人で、何故僕を置いていなくなってしまったのか、

それを知るのがこわかったし、知ってもまだ信じられないし。

どうしたら強くなれるんだろう」


「その答えは、自分の中にあることを知りなさい。

自分の弱さを認めるのが強さの第一歩だ。

ハンナさんはきっとお前のことを見守っている」


「そうだったら嬉しいな。封印が解かれるときっていつかな?」


「お前が目覚めたときに封印が解かれるだろう。

そのときは、爺ちゃんでも止めることはできないから、決して間違った選択はするな。

争いを選択してはいけない。

争いを選択したらこの世界が滅ぶと古文書に書いてある」


そんな恐ろしいことが書いてあるのか、古文書には。


「念の為に聞くけど、俺が間違った選択をしたら、世界が滅んじゃうの?」


「そういうことになるな」


この世界の未来を左右するのが俺っていう解釈でいいのだろうか。

あまりに恐ろしい宿命じゃないか。

しかしその反面、正しい選択をすれば世界は滅ぶことはない。

それなら、正しい選択ができるように神様に祈るしかない。


「俺は龍族の子として生まれたことを母さんに感謝したい。

母さんが愚かな兵士を恨まなかったように、俺も運命を恨まない」


「そうだな」


「俺は強くなる。強くなって封印された力を解いても制御できるようなる、絶対に。」


俺は二拝してから、そっと祠に手を触れた。

そして、ズレた台座と祠を直して言った。


「だから、もう少し待っていてください。俺が必ずその力を受け継ぎますから」


「なんだい紫音、急に頼もしくなったな」


「あれ、爺ちゃん泣いてる?」


「ばかやろう、泣くわけがないだろ。汗だよ、汗。

さあ、もういいだろう。ちょっと水分補給しよう」


俺と爺ちゃんは笑いながら祠の周りをかたづけて家に向かって歩き出した。

ビオラとクロードはすでに家に入っていたらしく、箒は全てかたづけられている。

風がふたたびフワーっと吹き抜けて、汗を乾かしていった。

モブ爺ちゃんがにやにやしながら歩いている。


「今度は笑ってる?」


「紫音が赤ん坊のころを思い出していた。お前は夜泣きがひどくてなあ」


「なんだよ、それ。赤ん坊だから泣くのは普通だろ」


「夜泣きがひどいなんてものじゃなかった。泣き声で障子を全部破ったんだぞ」


「嘘でしょ」


「本当だ。自分で哺乳瓶を動かして口に持ってきたこともあったぞ」


「手を使ってでしょ」


「念力でだ。念力で物を空中に浮かせて移動させていた」


「・・・・・エスパーかよ」


「まだあるぞ。飛んできた虫を目で追ってやっつけたり、目でカエルを追い払ったりもしていたぞ」


「殺虫剤いらずじゃん、俺」


「花火が怖くて大泣きしたら、大雨になったこともあったなあ」


「もういいよ。やめてよ爺ちゃん」


俺が赤ん坊のころにそんな力があったなんて初めて聞いた。

もちろん、記憶に無い。

俺の過去は写真に写ったものしかない。

写真に写る母さんは俺をだっこして嬉しそうに笑っていて、その隣にいる若い蒼さんに寄り添っていた。

どこから見ても幸せそうな若夫婦だ。

その写真が貼ってあるアルバムは、確か爺ちゃんの書斎のどこかにしまってあるはず。

俺が中学生の時に、反抗期になってアルバムを捨てようとしたことがある。

それ以来、アルバムは俺の手の届かないように厳重に管理されるようになった。

久々に母さんの写真が見たくなったな。

今度きれいな写真立てでも買って、それに入れて飾っておこう。




家につくとビオラが誰かから電話が来たのか受話器を持ってちゃんと応対していた。


「あ、ただいま戻りました。今、代わりますので、少々お待ちいただいてよろしいでしょうか。

お爺様、総代の岩佐さんからお電話です」


「おう、ありがとう」


ビオラのピンクのエプロン姿が、意外と可愛い。


「ビオラちゃん、電話の応対がうまくなったな」


モブ爺ちゃんに褒められて嬉しいのか、ビオラはにこっと笑ってお辞儀をした。

調子に乗ってまた鍋を焦がすなよな。

クロードは麦茶をつくってガラスのポットに移し替えながらつぶやいている。


「もうすぐルイが帰ってくるから冷やしておこうっと。

それにしても血よりも麦茶がいいという元バンパイヤなんて、ルイ以外いないだろうな・・・」


洗面所で顔と手を洗っていると、モブ爺ちゃんのしゃべっている声が聞こえてきた。


「夏祭りの打ち合わせですか。わかりました、市の公民館に十時ですね。はい。」


そうか、もう夏祭りの準備をする季節か。

今年は、おもしろいメンバーがそろっているから盛り上がりそうだ。

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