第15話 魔王と呼ばれたわけ
幸いなことに俺のけがは大したことがなかった。
気絶していたから脳に異常があってはいけないと、念の為に検査入院しただけですぐ退院できることになった。
「一人で帰れるからわざわざ病院に来なくていいのに」
ビオラは洗面道具やタオルを手さげ袋の中に片付けている。
「だって、蒼さんも同じ病院に入院しているのに、紫音ったら一回も会っていないでしょう。一回ぐらいお見舞いに行けばいいと思って。
退院のついでに蒼さんの部屋に行きましょうよ」
「けが人がけが人の部屋に会いにいくのも、お見舞いというのかな」
「屁理屈を言っても行きますわよ。ほら、ほら」
ビオラに尻を叩かれる形で、俺は病室から引っ張り出された。
蒼さんは個室に入院していた。
「え、個室? そんなにひどいのか」
「総代の岩佐さんが根回ししてくれたらしいの。見舞客が多くなると他の患者さんに迷惑をかけるかもしれないからって」
「芸能人かよ」
ドアを開けると、蒼さんは物憂げに窓の外を見つめていた。
端正な横顔はどこか影があり、これまで生きてきた苦悩がにじみ出ているように見えた。
「ごきげんよう、蒼さん。具合はいかがですか」
「お、ビオラちゃん。紫音まで・・・・来てくれたのか」
「そうなんですよ、紫音さんは今日退院なんです。わたくしが首に縄付けて連れてきました」
「おれは罪人かよ」
俺たちのボケとツッコミに蒼さんは笑ってくれた。
「ハハハ・・・そうか、退院おめでとう。よかったな紫音」
「あ、まあ・・・」
蒼さんは俺のことを体張って助けてくれたのに、素直に感謝の言葉が出てこない。
「紫音に怪我がなくてよかった」
「はい・・・・・」
おれは、その次に何を言うべきかわかっているのに、言い出せないでいた。
人間は沈黙を嫌う動物だと聞いたことがあるが、まさに今の俺はそれだ。
沈黙が一番怖い。お願い誰か何か言ってくれ。
俺は沈黙に耐え切れずに、一番先に声をあげた
「あ、俺、のどが渇いたんで売店いってきまーす」
つまり、逃げた。
病院のエレベーターで1階に降りて売店に入ると、今日の新聞が並べられていた。
見出しだけ見ても、三日前の地震の情報は載っていない。
結構大きな地震だったのに、ニュースにならないとはどういうことだ。
まさか神社だけ揺れた?
そんなバカなことが起きる確率は1%以下だ。
誰かがうちの神社だけピンポイントに狙って地震を発生させた。
こんな陰謀論を妄想しながら買い物していたが、自分でもあほらしくなってきてやめた。
エレベーターで病棟に戻るころには、何も考えない状態で病室の前まで戻って来れた。
病室のドアを俺は締め忘れたようで、カーテン越しに会話が聞こえてきた。
「魔王って呼ぶことはもうありませんわ」
え? ビオラと蒼さんは異世界に居た頃の話をしているのか。
ちょっと興味深々・・・・
「よせ、お前たちが勝手に魔王と呼んだのだろう」
「だって、街を破壊し、国まで破滅寸前に追い込み、あの破壊力は魔王そのものでしたわ」
こわっ! 街を破壊しって・・・・そんな恐ろしい力を持っていたのか蒼さんは。
地震の直前まで、参拝客を相手に優しく微笑んでいた神主姿の蒼さんからは想像もできない。
「わたしは大切な人をあの世界で殺されてしまった。
わたしがあの世界に転移したころ、国が他国を憎み、神々が人間に与えた山々を崩し破壊しまくる。
被害を受けたほうは相手を憎み、その憎しみが憎しみを呼んで争いに終わりがなかった。
憎しみの連鎖は誰も幸せにしない。
わたしはその愚かな戦争を止めるべく、大切な人がいた土地を守っていただけだ。
守るためには防御もする。そんなことをしているうちに人は私を魔王と呼ぶようになった」
「だからって、何をしてもいいという理由にはならないわ」
「わたしは人を殺してはいない」
「でも、リゾット王国の倉庫はあなたに破壊されたわ」
「戦争に加担した、または加担しようとした国の武器庫を破壊したことはあるが、
それは、リゾット王国が隣国の街を爆破しようと企んでいたからだ」
蒼さんは『大切な人がいた土地を守っていただけだ』と言っているが、武器庫の破壊と聞いて魔王の恐ろしさに俺は戦慄を覚えた。
「君はまだ若いから、大切な人の命を奪われた絶望と悲しみはわからないだろう。
絶望と悲しみはやがて怒りに変わる。どこかに怒りの矛先を向けていないと自分を保つことができなくなるからだよ」
「わかりませんわ、わたくしには」
「わたしの場合はその怒りのパワーが限界値を越えてしまったようだ。
わたしは幼い頃から元々不思議な力が使えたからな。
あっちの世界で怒りがトリガーとなって、特殊な力が強化されていったんだ」
幼い頃から不思議な力が使えた? 蒼さんはモブ爺ちゃんと婆ちゃんの子なのになぜそんな力があるのか不思議でならない。
そういえば、食事中によく俺の心の声が聞こえてうるさいと言われたことを俺は思い出していた。
「君たちがわたしの宮殿までやってきたときは、驚いたけどな」
「驚いたっていうのは、どういう意味で?」
「あまり強くなさそうに見えた。こんなにヘタレでよく私の宮殿までたどりついたなと・・・」
「失礼ね、それでも勝ち進んだのですからヘタレではございません」
「ハッハッハ、失敬、失敬。これで魔王の話は終わりだ」
魔王の話がおわったのなら、そろそろ病室に入ってもいいかなと俺は判断した。
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