第14話 御朱印と石灯篭

ズズズズー、ズズズズー、

良く晴れた土曜日に、食卓で男が三人。

何も言わずにただひたすら素麺をすする音だけが響いていた。

男とは、モブ爺ちゃんと蒼さんと俺の三人だ。

クロードとルイは、本当なら土日休みだが、急遽人手が足りないということで老人福祉施設に仕事に出ていた。

ビオラは狩野の母さんから料理を習うために、狩野の家に行っている。

こんな時に、部活で家を出なければならない狩野って、本当に運が悪いんだな。

ビオラはちゃんと料理できているんだろうか。

そうだ、あとで見に行ってビオラの写真でも撮って狩野に送ってやるか。


「それは、悔しがるだろな」


また、蒼さんが俺の心を読んだな。ちょっと油断するとこれだから困る。


「蒼さん、やめてください。プライバシーの侵害です」


モブ爺ちゃんが、そんな発言した俺をたしなめる。


「紫音、蒼さんではない。父さんだ」


そう言われても・・・・俺はこれでもかなり進歩しているのがモブ爺ちゃんにはわからないらしい。

やっと名前を呼べるようになったのに。


「親父、いいんだ。わたしは別に気にしていないから」


いや気にしろよ。


「蒼は紫音の父親だぞ。父親らしく紫音を叱ってもいいんだからな。子供に遠慮しているようじゃ紫音はつけあがる」


ずいぶんと手厳しいモブ爺ちゃんだ。

俺はつけあがってなんかいないよ。じゃあ、もっと核心をついたことを言ってみようかな。

心を読むはずの蒼さんを睨んでみたが、動揺している様子はない。


「龍族って誰? 俺は龍族の子だって爺ちゃんは言っていたけど、そもそも龍族って誰なの?」


モブ爺ちゃんと蒼さんの箸が止まった。


「親父、紫音にはどこまで話しているんだ?」


「つい最近、さらっと・・・軽く・・・いや、ほとんど話していないかな」


「はぁ? 親父が話さなかったら紫音が混乱するのは当然だろう」


「蒼から話せばいいではないか。さてと、ご馳走様でした。ああ美味かった、美味かった」


モブ爺ちゃんは自分の食器をかたづけてさっさと社務所へ行ってしまった。

食卓に残った俺と蒼さん。これは絶対に気まずい組み合わせじゃないか。


「相変わらずだな、親父は。昔からああいう人なんだよ」


「爺ちゃんの悪口は言うな。爺ちゃんが俺の父親なんだから」


「・・・すまん、悪かった。お前の気持ちも考えずについ・・・・」


「別に」


俺は自分の食器をかたづけはじめた。


「ご馳走様でした。あ、食器はボウルの水につけておいてください。俺が後で洗いますんで」


「おう」


自宅から社務所に向かおうとしたら参拝しにきた女性たちと会った。


「すみませーん。先ほどお電話したんですけど、魔よけの札をもらいに来ました。宮司さんはおられますか」


「あ、はい。今呼んできますから、日陰でお待ちください」


「それと・・・・・ここで御朱印もいただきたいのですけど、お願いできますか」


「御朱印ですね。わかりました。お待ちください」


最近は御朱印ブームだ。少し前なら、こんな田舎の神社なんか見向きもされなかったのに、御朱印目当てで参拝客が来るので忙しくなった。

俺は社務所に入ってモブ爺ちゃんを探したが、そこにはいなかった。どこへいったのだろう。

社殿の掃除でもしているのかと思い、拝殿の方向へ歩いていたら、モブ爺ちゃんは龍神様の祠の前に立っていた。


「爺ちゃん」


爺ちゃんが祠に軽く手を置こうとしたところを、俺はもう一回呼ぼうとした。


「いかん。最近、地震が多かったからか祠が多少ズレている」


「爺ちゃん」


「ん、何か用か」


「はい、あの先ほど電話してきたという女性がお札を取りに・・・」


「ああ、右の二番の棚においてある」


「それと、御朱印をいただきたいと」


「そうか。それなら蒼に書いてもらうか。お前から蒼に頼んでくれ」


「はい、わかりました」


家族といえども、業務中は敬語を使うようにしている。

俺は自宅に急いで戻り、食卓でお茶を飲みながらくつろいでいる蒼さんに頼んだ。


「蒼さん、御朱印書けます? 参拝客の女性が来て、御朱印が欲しいそうです。蒼さんに頼めって爺ちゃんが言うので」


「ああ」


蒼さんは自宅を出て社務所にむかって歩きだした。

途中、日陰で休んでいる女性たちに声をかけてにこやかに案内している。

参拝客をにこやかに迎えるのも神職の仕事だ。

参拝客からの質問に答えるなども、コミュニケーションを取る大事な仕事。


「宮司さん、イケメンですね」


「わたしは宮司ではありません。禰宜(ねぎ)です。神社では宮司に次ぐ役職で、主に祈祷などを行います」


「ねぎ? 神主とはどう違うんですか」


「神主は職種です。宮司も禰宜(ねぎ)も全部ひっくるめて神主といいます。だから、わたしは神主でいいですよ。禰宜(ねぎ)なんて言いにくいでしょう」


女性たちにウケたのか華やかに笑い声がはじけた。

女性たちは、「かっこいい」だの「素敵な方ね」だのといいながら蒼さんと一緒に写真まで撮っている。

そんなふうに盛り上がっている横を俺は無言で通り過ぎて、社務所の右の二番に置いてあるお札を取った。

蒼さんは、社務所に入ると女性たちから御朱印帳を受け取り、筆ですらすらと白滝神社と書き朱色のスタンプを押した。

筆で書いた文字が上手い。モブ爺ちゃんもそれなりに上手いが、蒼さんが書いた字は迫力が違う。

なるほど、モブ爺ちゃんが蒼さんに御朱印を頼めと言った意味がここでわかった。

蒼さんは、御朱印を書き終わると、俺から受け取ったお札をさも自ら準備していたような顔で女性たちに差し出した。


「神棚があれば神棚に、なければ立ったときに目線より上に来る高い位置に置くと良いですよ」


「ありがとうございます」


女性たちは深々と頭を下げた。

参道から石段を下りていく間も女性たちのかしましい声が聞こえてくる。


「ちょっとお、イケメン神主さんだったね」


「わたしが前に来たときは初老のおじさんだったわよ」


「そのおじさんが宮司でイケメンがねぎ? おもしろ!また来ようよ、ここの神社」


喜んでいただけて何よりだ。あの写真がインスタにアップされたら、バズってもっと忙しくなるかもしれない。覚悟しておこう。


「紫音、書道の練習はしているのか」


「すみません。書道は苦手で・・・あまり、していません」


「書道は練習しておいたほうがいいぞ。御朱印だけでなくいろいろと文字を書く機会は多い」


「はい、わかりました」


書道ははっきり言って苦手だ。現代では筆を使うシーンは少ないし、鉛筆だって絶滅危惧種だ。

スマホやパソコンで入力するほうが早いし読みやすい。

でも、蒼さんを見て俺の考えは改まった。

女性の参拝客にモテて、キャーキャー言われるのも悪くないかも。

そんな穢れた考え事をしながら参道を歩いたせいか、急に大きく地面が揺れた。

まずい。さっきの参拝客は無事に石段を下りただろうか。

心配になって石段に向かって歩こうとしたが、揺れが大きくてまっすぐに進めない。

大きな石灯篭まで揺れている。石灯篭は柱の部分と灯篭の部分、上部の部分の三つがそれぞれ横に大きく揺れて倒れそうになっている。

俺はどうしたらいいのかわからなくて、とりあえず手で押さえようかと腕を伸ばしたその時、石灯篭は大きく崩れた。

はっとした瞬間、俺は何かに思いっきり突き飛ばされ、砂利の上に倒れてそのまま気を失った。




気が付くと俺は病院のベッドにいた。


「紫音、紫音、気が付いたのね。よかったわ」


心配そうに俺の顔を覗き込むのは、ビオラだった。


「ここは?」


「町の大きな病院よ」


「あ! 参拝のお客さんはどうした」


「大丈夫、わたくし石段の下で彼女たちに会いましたもの。無事ですわ」


「そうか、よかった」

俺はおおきくため息をついた。

あれだけ大きな地震だったのに、ビオラも参拝客も無事だったなんて奇跡だ。


「大きな地震で君もびっくりしただろう」


「地震なんかありませんでしたよ」


「は? あんなに揺れたのに君は気が付かなかったのか。どれだけ鈍いんだ」


「不思議ねえ、お爺様も地震だと騒いでいたけどね。

わたくしが地震なんか起きていませんと言うと、テレビやラジオを付けて確認していました。

でも確認したらそれっきり、地震のことは言わなくなりました」


「蒼さんはどうした」


「蒼さんは石灯篭の下敷きになって・・・・・」


「え」


「肩を脱臼して一か月の安静だそうです」


びっくりした。亡くなったのかと思うじゃないか、その間の取り方は。

石灯篭の下敷き・・・、あのとき俺を突き飛ばしたのは蒼さんだった。

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