第12話 老人福祉施設へ行こうぜ

ヒグラシが鳴く境内で、地震に怯えるビオラを抱きしめる形になってしまった。

はっと恥ずかしさに気が付いて、何か別の行動をとろうと考え、俺は突然立ち上がった。


「そうだ、ビオラ。自転車で老人福祉施設まで行って、あいつらの仕事ぶりを見てみないか?」


「え? わたくし、自転車なんて乗れませんわ」


「俺の自転車の後ろに乗れよ。行こうぜ」


「わたくし重たいかもしれませんわ」


「重さは俺の背中に乗られたときに、わかっているから大丈夫」


「何ですって? 紫音さんたら、つぶされながら体重測定までしてらしたの? 失礼ね」


「おぅおぅ、その意気その意気! さ、来いよ」


俺は自転車の後ろにビオラを乗せて走り出した。


「危ないから、しっかりつかまってろよ」


ビオラの細い両腕が俺を抱える。

ちょっとドキドキしたけど、坂道を下りながら風を受けて自転車で走っていると恥ずかしさも飛んで行った。


「ひゃっほー!」


「すごーい! 風が気持ちいいねー、紫音さん」


「呼び捨てでいいから」


「え? 何? 聞こえなーい」


「紫音でいいって」


俺とビオラが自転車で川の風を受けながら橋をわたっていく頃、空は茜色に染まっていた。


町に入って少し行ったところに老人保健施設はある。

敷地の裏側に回ると、施設内が見える窓があったので、俺とビオラはそーっと中を覗いてみた。

十人ほどのお年寄りがテーブルについて夕食を待っていて、数名の介護職員が忙しく動き回っている。

そこにあきらかに不慣れなクロードとルイの姿を見つけた。


「クロードさん、タカさんをお願いします!」


女性職員から指示を受けたクロードだったが、入ったばかりで老人施設の利用者の名前など覚えられるわけがない。

クロードはとりあえず、すぐ近くに座っていたお爺さんの前に夕食がのったトレイを置いた。


「あああ、その人じゃなくてタカさんはこっちのお婆ちゃん。席を立って行きそうだから止めて」


「すいません。最初からそのように明確に指示してくれないと。おいら頭が良くないんで」


「もういいです。わたしがやります」


利用者には優しく接している分、仕事が忙しいと新人にイライラしている女性職員だった。

クロードが怒られている様子を見ていたビオラは、想像と違う実態に嘆いた。


「クロードったら、余計な言い訳しないで素直に従ったらいいのに」


「いや一理ある。どこにいる誰に何をお願いしているんですかって話だよ。俺はクロードに同情する」


「あんなクロード見たことないわ。戦いとは勝手が違うから困惑しているのかしら」


「新人なんてみんなあんなもんだよ。あの職員だって昔は新人だったのに、構っている余裕が無いのだろ」


一方、ルイはあるお婆ちゃんにとても気に入られて、ずっとお婆ちゃんから離れられないでいた。


「ルイさん、わたしお肉がいいわ。お魚なんていらない」


「そんなこと言わないで。わたしはひろ子さんがお魚たべるところをみてみたいなぁ。きっとかわいいですよね」


「ルイさんが、食べさせてくれるなら食べてもいいわ。あーーーん」


「ひろ子さんのあーんは、やっぱりかわいいです」


ルイは上手にお婆ちゃんの口に魚を一口大にして運んでやった。


「あいかわらずルイは女性の扱いがうまいわね。お婆ちゃんをうまく誘導していますわ」


「ルイって、ただ臆病なやつかと思っていたけど、あんな才能があったとは」


「そりゃ二百年も生きていれば、女性の扱い方もうまくなるわよ」


「さすが、元バンパイヤの本領発揮ってところだな」


「ここの老人福祉施設ではルイが一番年上になるわね」


「そうか、ルイにしてみればあのお婆ちゃんは、可愛い年下の女の子ってところか」


そんな話で俺とビオラが盛り上がっている頃、仕事を奪われてその場で浮いた存在になったクロードは、手持無沙汰でやることがなくなっていた。

ぶらぶらと暇そうに壁の絵を眺めたり、飾られた折り紙を見たりしていた。

そして、窓の外に視線を動かした。

しまった、俺と目が合った。

クロードはつかつかとこっちに向かって歩いてくる。

あわてて俺とビオラは頭を下に押して隠れた、今さら遅いが。

クロードは窓をガラッと開けて


「ここで何やってんですか。こそこそと怪しいじゃないですか」


「あ、いや、これは間違いだ」


そのとき、女性職員がクロードの行動に気が付いて注意した。


「クロードさん、どうしたんですか? こっちを手伝ってくれないと困ります」


「ああ、猫です。野良猫がいたので追い払おうと思って。しっしっ!」


俺は一応その要望に応えた。


「ニャー、ニャー」


ぷっと噴き出そうになり、ビオラは両手で口をおさえ必死で笑いをこらえている。

窓を閉める直前、クロードが俺を見て小声で放った言葉は、「うせろ」



ビオラを自転車の後ろに乗せて、俺は自転車をこぎながら信号のある交差点までやって来た。


「あーおかしかった。猫の鳴き真似、ナイスだわ。くっくっくっ、笑い死にしそう」


ビオラは涙を流しながら笑っている。

そこまで喜んでもらえると、連れて行った甲斐があったというものだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る