第10話 いつもと違う日常の始まり

美琴さんに介抱してもらったビオラは、すぐに元気になった。

俺は新しいタオルを渡しに、ビオラと美琴さんのいる部屋に来ていた。

ビオラの髪を櫛でとき、上手にポニーテールを作っている美琴さんは嬉しそうだ。


「わたしね、妹がほしかったの。この服はわたしのお古だけど、ビオラちゃん似合っているわよ」


美琴さんからもらったフード付きのスウェットに赤いタータンチェックのスカートを履いているビオラは、ちょっとだけ可愛く見えた。


「紫音くん、ビオラちゃんって可愛いと思わない?」


美琴さんも、俺の心を読めちゃう人なのかと驚いた。


「そうかな。・・・普通じゃね?」


平然としたふりをするのは得意じゃないからやめて欲しい。


「うちの弟は、昨日からビオラちゃんのファンになったみたいよ。家に帰ってもずっとビオラちゃんの話しかしなくてうるさいのよ」


だろうな。


「あーあ、ビオラちゃんが妹だったらよかったのに」


狩野がかわいそうだよ。


「美琴さんが、ずっとわたくしの側にいてください。教えていただきたいことがたくさんありますの」


「ごめんね。明日は大学に戻らないといけないけど、しばらくしたら夏休みだからまた帰ってくるから」


その時だった、天井の照明についてある紐がわずかに揺れだした。

社務所がちょっと揺れている。地震だ。

けれども、地震はすぐにおさまった。おそらく震度2か3程度だろう。

地震に驚いたビオラは美琴さんにしがみついている。

まるで初めて地震を体験したかのようだ。

続いて階段をあわてて駆け登ってくる音とともに男たちの声がした。


「お嬢様、大丈夫ですか? 大地が揺れましたけど、お怪我はないですか?」


クロードとルイだ。

確か、下でモブ爺ちゃんと一緒に洗濯をしていたはずなんだが・・・・。

地震に驚いて真っ先にビオラを守りに来た、頼りになる勇者仲間である。


「大丈夫よ」


「驚くのも当然よね。でも、この国ではこんな小さな地震はめずらしくないの。別に怖がることはないわ」


ビオラの部屋に入ってきてクロードは言った。


「そうなんですか。俺はてっきり敵の攻撃かと・・・・」


「無事でなによりです。あ、お嬢様、服がかわいい」


「服が? ですか? ルイ」


「あ、いえ、中身もです」


今度は階段の下からモブ爺さんが何か叫んでいる。


「おーい、クロード、ルイ、洗濯物を地面に放り出してダメじゃないか。全部土まみれだ。最初からやり直し!」


「すみませーん。ただ今参りますぅ」


「お嬢さん、この国の洗濯は機械がやってくれるので楽なんですよ」


「あら、そうなの。なら、とっととやり直してらっしゃい、あなたたち」


「かしこまりました!」


クロードとルイが素直に階段を下りて行ったところを見て、美琴さんは笑いながら言った。


「紫音君の家がこんなに賑やかなのを見たのって、わたし久しぶりかも。だって、最近は宮司さんと紫音君二人で暮らしていたから」


ビオラがきょとんと不思議そうな顔をしている。


「ぐうじってどなたですか?」


「あの爺ちゃんのことよ。宮司とは、神職で神社の代表をしている役職名みたいなものよ。

神社のことも、そのうち教えてあげるね。紫音君、あなたもちゃんと教えるのよ」


「俺は週末しか手伝えないからな。それとさっきの話だけど、うち二人暮らしじゃないから。うちには婆ちゃんがいるよ。今は旅行中で留守だけど」


「ごめん、ごめん、だって紫音君のお婆ちゃんってめっちゃ明るい人だからさ、留守にしただけで太陽が消えたようにこの家は寂しいんだもの。

そういえば、ビオラちゃんって、紫音君のお婆ちゃんに似てない?」


「え? そうかな」


「実はお婆ちゃんの隠し子ならぬ、隠し孫だったりして」


「そんなわけないだろ。婆ちゃんは異世界に行っていない」


「ははは、冗談よ、冗談。隠し孫だったら、あなた達兄妹になっちゃうわね。ははは・・・・」


婆ちゃんは異世界に行っていない。異世界から来たのだ。

来てからあっちに帰ったという話は聞いていないから、隠し孫などあるはずない。

もし隠し孫だったら、俺とビオラは兄妹ということになるだって? 

どっちが年上なのかわからないけど・・・・それは無い、無い、無い。

冗談にもほどがある。

たぶん、他人の空似ってやつだろう。



そして、いつもの平日が始まった。

いや、いつもと違う平日が始まった。

いつもは俺がひとりで行っていた仕事を、蒼という人と手分けしてやることが多くなった。

境内の掃除も、社殿の掃除も、そして朝ごはんのしたくも。

それから、もうひとつ大きな変化があった。

異世界から来た人は、こっちの世界に慣れるために奉仕活動をすることになっているとモブ爺ちゃんが言っていた。

地区の老人介護施設で人手が足りないから手伝ってほしいという声があがっているとのこと。

そこで、岩佐総代を通してクロードとルイが派遣されることになった。

介護は意外と体力勝負だから、彼らはきっとうまくやれるだろう。

ビオラはモブ爺ちゃんのたっての願いでここで巫女をすることになった。

クロードたちが言っていた聖なる力が、モブ爺ちゃんのお目にかなったのかもしれない。


「じゃ、行ってきます」


「あら、紫音さん、どちらへ?」


「学校だよ」


「まあ、ここにも魔法学校ってありますの?」


「違うよ。魔法じゃなくて、数学とか国語とか学問を習いに行くんだよ」


「凄い! 紫音さん、将来は学者になりますの? 

わたくしなど学問は家庭教師から習って、学校なんか行かせてもらえませんでしたわ」


「それ、バカにしてんの?」


ビオラは本当にこっちの世間とズレがあって、なんだかこっちの調子が狂う。

悪気がないのはわかっているから憎めないんだけど。

これ以上つっこまれると面倒だから、俺はさっさと家を出た。

鳥居の前では、狩野がすでに自転車に乗って待っていた。


「ビオラちゃーん、おはよう!」


陽気に手を振って挨拶をする狩野。


「おはようございますー! いってらっしゃいませー!」


これまた陽気に挨拶を返すビオラ。

俺はさっさと石段を下りて自転車に乗り、下り坂をノーブレーキで降りて行った。


「おーい、斉木。待てよー。ビオラちゃんがお見送りしてくれているのに、いいのかよー」


「いいんだ」


川の前の中学校までノーブレーキで下ってくると、かなりスピードがあがっていていたが、俺は難なく右にカーブし橋まで渡り切った。

橋の向こうの交差点からは信号があるので、一旦そこで狩野が来るまで待ってやることにした。


「なんだよー。置いていくなよー。お前、最近変だぞ」


「そうかあ?」


「そうかあって、お前、蒼さんかあって聞こえんでもないな」


「さぶっ! 言うわけがないだろ。お前の寒いジョークで涼しくなったわ」


「ああ、そうですか。感謝しろよ。俺が横にいてお前ほんとによかったな。俺は斉木のクーラーかよ」


狩野との会話で気持ちが軽くなってきた。

俺は父親が魔王だった話をしようかなという気分になった。

しかし、そのタイミングで信号が青になってしまい、俺たちは道路を渡った。

ここから先は、人通りが多くなるので神社の話はしない約束になっている。

町に入れば、俺は普通の高校生になるのだから。

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