第9話 滝に打たれて禊祓い

「さあ、禊をするぞ」


禊をする滝は裏山の森の中にある。

ここで己の穢れを祓い、心身ともに清めるのが禊だ。

既に社務所で下帯姿になった男たちは、森の中へ入っていった。

ビオラだけは家で白装束に着替えているけどね。


「いいですねぇ、下帯巻くのは気が引き締まりますな。俺はもしかしたら、前世はこの国にいたのかもしれない。だってこんなに似合っている」


「クロード、君はなぜそんなに嬉しいのだ。わたしはとても恥ずかしい。

バンパイヤ史上、下帯を巻いたバンパイヤなんてわたしが初だろう。恥ずかしくて死にそうです」


「何言ってんだよルイ。死んでもすぐ生き返るくせに」


「不死の体で二百年生きてきた中で、今が一番恥ずかしいです」


モブ爺ちゃんは木の向こうで恥ずかしがっているビオラに声をかけた。

ビオラは白装束だから別に恥ずかしくないはずだが、下帯姿の男たちを見るのが恥ずかしいのだろう。


「お嬢さん、こちらにいらっしゃい。みんなと一緒にハチマキを巻きましょう」


「わたくしは殿方がこんな格好でする儀式とは聞いておりませんわ。

どうしてもみなさんと一緒に参加しなくてはなりませんか? ここで見ているだけではだめですか?」


「滝に打たれればそのような雑念など吹っ飛ぶ。心配はいらん」


そうモブ爺ちゃんに言われても、ビオラは木の後ろで泣きそうなのを必死でこらえているのが見ていてわかる。

やっぱり、あの子は小動物だ。


「ちょっと待った!」


そこへ美琴さんが白装束を着てやってきた。


「よかった、間に合って。わたしも参加するわ。男どもが下帯姿のところにビオラちゃんだけ女なんてかわいそうでしょ。

わたしも一緒だから、ビオラちゃん安心して」


ビオラにとっては天の助けだったろう。

美琴さんは白装束の姿で、滝のある山まで登ってきたのか。

かなり急な坂道もあったはずなのに、息一つ乱れていない。

さすがモブ爺ちゃんに鍛えられた巫女さんだ。そんじょそこらの巫女さんとは格が違う。

俺は美琴さんにお礼を言った。


「さすが美琴さんだな。助かるよ、ありがとう」


「お礼なんかいらないわ。わたしもいろいろと穢れているのよ」


「何それ」


「首は突っ込まないで。大人の事情よ。」


大人の事情って恋愛だろうか・・・とか一瞬頭をかすめたが、どういう事情でもいい。

美琴さんはビオラを優しく説得して、川の近くまで連れてきた。

狩野はこんなに優しい姉さんを持っているから、人に優しくできるのかもしれない。


白いハチマキを額に巻いて準備完了だ。

まずは爺ちゃんが祝詞を唱える。


「さあ、クロードさんもルイさんも、気合を入れていきますよ」


爺ちゃんは気合を出すため大声であげて正拳突きをはじめた。

それに習って、俺たちも大声で正拳突きをした。

爺ちゃんが滝に向かって四拝した。

四拝とは地鎮祭で土地を四角形に囲むのと同じ意味だ。

空間を四角形で囲み、四方にむかって拝礼するのが古来から伝わる習わしだ。

俺たちも同じく四拝。


年に数回しか行わないこの禊は、川の水に足を入れるまでが一番こわい。

初夏とはいえ川の水温はまだ冷たい。

徐々に滝に近づき、しぶきを被るくらいになるとだんだんと感覚が麻痺してくる。


「んんんんわあああ・・・・・・・!!はっ!!」


滝の轟音が外界の音と存在をすべて消し、滝の周りは神域となる。

人間は、ゾーンに入った状態になるのだ。

ルイは悲鳴をあげているかもしれないが、滝の音で聞こえない。

一人ずつ滝に打たれていく。

ここで穢れを洗い、神事に従事するために身を清める。

すでに水が冷たいなどと感じる余裕すらない。

俺も滝に打たれていると、本当に日ごろの穢れが洗い清められる気がするものだ。


最後に神様に向かって参拝して終了。

水からあがってはじめて、俺は体が震えているのに気が付いた。

それぞれが、タオルのところまで歩いていたときだった。

バッシャーン!

緊張の糸が切れたのか、ビオラが気を失って川の中に倒れた。


「お嬢様!」

「ビオラ!」


俺たちが驚いているより早く、蒼という人はビオラを川から救い出し、抱きかかえたまま地面まで歩いた。


「気を失っているだけだ。心配ない。わたしがこの娘を抱えて先に山を下りる。君たちは爺ちゃんと降りてこい」


「蒼さん、わたしも付いていくわ」


美琴さんは自分の体よりも、ビオラの体を先に持ってきたタオルでくるんで言った。


「悪いな、美琴さん。山を下りたら・・・・」


「もちろん、わたしが介抱します。社務所の部屋まで運んでください」


ってか、なんで蒼という人がビオラを抱きかかえるんだよ。

まあ、この中では一番体が大きいし、動きも早かったからしょうがないけど。

まさか、ビオラをどこかにさらっていく気じゃないだろな。何しろ魔王だったんだから、信用できない。

美琴さん、魔王だった男に気を付けてくれ。

ルイが俺にそっと近づいてきた。


「心配ですか? 妬かないでくださいよ」


「違います。妬いてなんかいません。なんで俺が妬くんですか。ってか、ルイさんの唇、紫色ですよ」


「これは標準仕様です」


紛らわしいんだよ!


「紫音、クロードさんとルイさんを境内まで案内してやってくれ。・・・お嬢さんには悪いことしたかな。」


モブ爺ちゃんがビオラにも禊祓いの滝行をさせたことを反省していた。


「爺ちゃんが気にすることないよ。お嬢さんはお嬢さん育ちだからしょうがないじゃん」


俺が適当に言った言葉にクロードは反論してきた。


「お言葉ですが、紫音さんはお嬢様がどういう方が知らないだろう。お嬢様は聖なる力をお持ちの勇者なんだぜ」


「何ですか、それ」


「俺らを見て不思議に思わなかったか? こんなハズレ勇者ばかりでよく魔王との戦までいったなと」


「そう言われてみると・・・」


「俺なんか、あっちの世界で王様から選ばれたときの基準はただの馬鹿力だからな。ルイなんか・・・」


「わたしは王様に『お前は顔だけはいい』といわれました。」


「お嬢様の持っている強運がなければ、魔王にたどり着けるわけがないんだよ。」


魔王と呼ばれていた男がいなくなったところで、クロードたちは異世界での話をしはじめた。

そんな話を聞いて俺は疑問に思った。


「聖なる力と強運とは違う気がするが」


モブ爺ちゃんには通じたらしい。


「なるほどな。思っていたとおりだ。お嬢さんには聖なる力がある。強運だってそのひとつだ」


そんなたいそうな力を持ったお嬢さんが、魔王に抱かれて連れていかれたのに、だれも心配にならないほうが俺には不思議だが。


「もう魔王じゃないとお嬢様が認めたなら、あの人は蒼さんなんだ」


そんな安直なのか、お前らは。


「ビオラお嬢様が感じた通りに行動して、今まで間違ったことはない」


モブ爺ちゃんみたいなこと言うなあ。間違ったことはないとか失敗したことはないとか。

この世の中でおう言い切れる人は、どこからそんな自信が湧いてくるのだろう。


「紫音さん、早く着替えにいきましょう。わたくし、風邪をひいてしまいそうです」


「元バンパイヤでも風邪をひくんですか?」


モブ爺ちゃんが後ろで笑っている。


「クロードさんもルイさんも、こっちの世界でかなり人間化しているようだな。やはり米と味噌が効いているんだな」


「さん付けはもういいですよ。あたしらは呼び捨てで、なあルイ」


そうだったのか。

モブ爺ちゃんにとっては塩むすびとみそ汁の歓迎会は、魔の者を人間化させる意図があったというワケか。

そのための献立だったとは気が付かなかった。

俺もまだまだだな。

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