エピローグ ある刺青師の日常

エピローグ


 2024年、多様性が声高に叫ばれ、社会の形は変容し、人の生き方には随分と寛容な時代になった。それに呼応して、刺青に対して人々が抱いていた偏見などもかなり拭い去られつつあった。

 例えば、今、路上に響いている歌は、人気バンドが手がけた刺青をテーマにした楽曲であったりする。動画サイトでは、刺青を堂々と彫り込んだアーティストが多数の人間からの支持を集めている。ネットニュースのコメント欄では、刺青の有無で差別をしないでほしいという意見に対して議論が行われている。反論も多いが、そもそも議論になること自体が、刺青を取り巻く環境の変化を象徴していた。

 社会は変わっていく。しかし、それで清子の犯した罪が消えるわけではなかった。

 清子の手には暖かな体温。いつものように隣を歩く彼女。その真白なワンピースの肩口から青黒い刺青がチラリと見えた。女郎蜘蛛の影が清子の視界を横切った。

 罪悪感で胸が痛んだ。あの日抱いた後悔は消えることなく胸の中に残り続けていた。その痛みから逃れることはできなかった。それがある限り、彼女から離れることはできなかった。その痛みと、彼女の言葉が、呪いのように、清子の胸に刻み込まれていた。

 一度彫り込んだ刺青は消えない。だから、いつまでもいつまでも、清子は永遠の贖罪の中に生き続けていた。

 真赤な観覧車が突き刺さったビルの前。今日もメガホンが献血を呼びかける。その前を流れていく人波。若者の喧騒。反響する、路上ミュージシャンの歌声。

 清子は、女に連れられて梅田の街を歩く。その姿は母親に手を引かれる少女のようだった。掌に触れる暖かな体温に、後ろめたさの混じった幸福を感じる。そんな日常が続いていた。そんな未来が清子の目の前には広がっていた。

 


 そして、清子の手を引く美しい女は、密かに、心の中でほくそ笑んだ。


あなたが刺青を彫ってくれてよかった。


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刺青 無銘 @caferatetoicigo

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