第2話 奇妙な洞窟
一羽の烏が竹林から飛び立ち、この国を鳥瞰する高さへと舞い上がる。黒い瞳には遠方に満ちる荒潮の海と街の明かりが映りこんだ。烏は忌々し気に街に一瞥をくれると、そちらから離れる方向すなわち北西へと飛び去った。
奥地に見えてきた一段と高い崖の上空に至り、烏は二、三度旋回する。それからすいと急降下してぽっかりと口を開いた洞窟の中に入った。
岩肌に緋色の水晶が乱立する鍾乳洞。内部は複雑な分岐の連続だが、烏は迷うことなく飛び続け、やがて広い空間に出た。その半分は赤く染まる湖で、天上から滴る雫が雨粒のように、ぽつん、ぽつん、と水面を打つ。
烏は水際にひとり立つ女から、畏敬の距離を取って舞い降り、黒装束の人形に変化した。平伏したまま口を開く。
「主様、報告がございます」
「聴こう」
緋色の着物に羽織。漆黒の鬼面。どれも最上級の鬼しか身につけることのない衣装と装具である。女は鬼面の奥から鋭い視線で烏を射抜いた。思わず縮み上がった烏が、上ずった声で先刻見た光景を述べる。
「先程、
「やったのは?」
「それが、見たことのない奴で。白装束を纏い、腰に妖刀を挿した
女は沈黙した。時間をかけてあれだけの供物を用意したというのに、計画が水泡に帰した。それもたった一人の少年が原因で。
卑奴は弱い。だが、群れで襲い掛かられたら、一人で太刀打ちするのは困難なはず。それをいとも簡単に倒し、その上、あの仙岳の大蛇まで打ち取ってしまうとは。
「そやつは、あれの手下か?」
「分かりません」
「顔は見たのであろう?」
「はい」
「まだ遠くへは行っていないはず。探しに参るぞ」
「はっ!」
烏は応じたあとで、耳を疑い顔を上げた。
「主様も、来られるのですか?」
「行ってはならぬのか?」
瞬発的な殺気を感じて烏は首をぶるぶると振る。
「と、とんでもございません。お供いたします」
卑奴の群れと大蛇を容易くねじ伏せた少年。この界隈にそんな手練れがいるとは聞いていない。あれの新たな刺客とも考えられるが、だとすれば目立つような行動は出来る限り避けるはず。もしまだ相手に知られていないのならば、先にこちらの味方につけておくべきだろう。従わないというのであれば、向こうの手に落ちる前に殺してしまえばいい。
女は紅い鳳凰に姿を変え、結界でその身を隠して言い放つ。
「先に行け」
「はっ!」
二羽の鳥は鬼界の空に舞い上がり、地上に居祈の姿を血眼になって探した。
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