第5話 黒蛇

「さっきの光、絶対にそうだ。間違いない。主様のお戻りだ」

「主様がお戻りだって? そんなことあるかいね。主様は現世に行かれて久しい。もうお戻りにはなるまいよ」

「とにかく言ってみればいいだけのことよ。……あら? あれは何かしら。人の子みたいなのがあそこにいるわ」

「人の子だって? ここは天地の狭間だぞ。こんなところに人の子なんているわけがなかろうに。……むむ、ほんとだ! だがしかし、なぁんて貧相な着物だね。まるで供物のようじゃないか」

「供物だと? どれどれ……。ははあ、あれは人なんかじゃない。人形だ。あんなに美しい人の子なんているわけがないからな」

 居祈はちらりと声のする方を見た。

「「「ひぇぇぇええ! う、動いたぁああ!」」」

「当たり前だよ。おれは生きてるんだから」

「「「しゃ、しゃべったぁああああ!」」」

 驚愕する声の主たちを余所に、居祈は少し今言ったことを考えた。明らかに現世とは分け隔てられたこの地にいて、本当に生きていると言えるのか、自分でもよく分からなかった。

「とりあえず、隠れていないで出てきなよ」

 居祈が言うと枯野はしんと静まり返った。

 一間置いてこそこそ話が交わされる。

 女の声が、あの瞳がどうのこうのといい、くり抜くだの、体の方はいただくなどと不穏当な言葉の端々が聞える。

 居祈はやれやれと肩を竦める。この厄介な瞳を持つせいで、こんなところに来ても狙われるとは。

 こそこそ話は止み、再び静寂が訪れる。どうやら話はついたようだ。急にガサッと枯野が揺れたかと思うと、三方向に散った何かが目にもとまらぬ速さで居祈目掛けて向かってくる。居祈は体の向きを変え構えた。同時に三方向からザッという音。枯野から飛び出した三本の黒い縄のような生き物が、居祈に襲い掛かる。大きく裂けた真っ赤な口が、居祈に向かって牙を剥く。あと一寸で牙が刺さろうかというとき、打撃音が三発鳴り響いた。黒い蛇が地面を打ちピクピクと痙攣している。

 居祈がため息をつき、傍にしゃがんで蛇に言った。

「お前たち、悪いことは言わないから、襲う前に勝てそうな相手かどうかちゃんと見てからにしなよ」

 居祈が言い終わると、痙攣していた尻尾がピタリと止まり地面を打った。蛇の頭の方を見ると泡を噴いて気絶していた。


 その時、空からひとつ星が落ちた。乳白色の光の粒だ。流れ星よりもうんとゆっくり落ちて来る。落ちるというより舞い降りるかのようだ。それが地上に至った時、シャンと鈴の音が鳴った気がした。直後にぶわりと一陣のおおかぜが吹き寄せた。居祈は咄嗟に両腕をかざし、その風を真っ向から受けた。風が吹き去り、薄目を開けると周りの景色が一変していた。


 空は五月の空のように天を抜ける青。枯野は瑞々しい葦草に変わり、清々しい風がそよいで居祈の髪を揺らした。

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