第4話 天地の狭間


 高い空に月が出ていた。まるで漆紙から切り出された円のように、くっきりとした輪郭。放たれる光は神々しく、普段見る月より遥かに綺麗だった。けれど何かが妙だった。あれは本当に月なのだろうか。首をかしげる理由は空にあった。こんなに月の美しい夜には燦然さんぜんと星が輝くだろうに、他の星はひとつも見当たらない。ただひたすらの漆黒の空に満月のようなまるだけが浮かんでいる。さらに奇妙なことには、空は夜なのに地は昼なのである。夜空の下に昼間の枯野原が茫洋に広がっている。まるで空と海とが水平線で分かれるように、ここでは夜と昼とが地平線で分かれていた。


 居祈はこの世とは思えない景色に目を奪われ、ほぅ、と息を吐いた。さっきまで本殿にいたのに今は不思議と驚かなかった。腹の痛みはいつの間にか鎮まっていた。あれだけ強烈な痛みだったのに、腹をさすってみるがなんともない。変わったことといえば体が妙に軽く感じることだけだった。


 居祈は儀式と同じ白装束を着ていた。足元は雪駄。手には白い布袋を持っている。雪駄も布袋も神前に捧げられていたものだ。袋はずっしりと重い。これは供物だろうか。里の野菜でも入っているのかもしれない。

 

 目の前に道が一本続いている。足元の土はきめ細かくなめらかで、気を付けなければ踏み外しそうな細道だった。その先には大岩がある。形はかつて九尾を封印していたと伝わる殺生石にも似ているが、それよりか遥かに大きい。黄泉の国を塞いだという千引の岩はこのくらい大きかったのかもしれない。そう思ったとき、初めて背筋に冷たいものが走った。


 ――あれがもし千引の岩なら、ここは黄泉比良坂よもつひらさかか……? おれは、死んだのか?


 そうであってもおかしくないなと思う。神になるというのは、魂を抜いて祀る儀式だったのかもしれない。そうだとしても、そうでなかったとしても、結果はこの通りだ。珠名はどうしてそんな儀式を行ったのだろう。どうしてそんな必要があったのだろう。別に現世に未練があるわけではないが、ただ、うら寂しく思う。


 生まれついたのが神社であり、生まれつき人でない者が見えた居祈にとって、人の世は生きやすい場所ではなかった。一歩境内の外に出れば、螺鈿の瞳を狙う者に命を狙われる日々。人には理解されず、友と呼べるのは見知った妖怪だけで、姉のように慕った巫女にも、母のように思っていた珠名にも、こうして妙な呪術にかけられる始末。


 本当に神になるというのなら、黄泉の国ではなく天界に行きたい。神社の蔵に仕舞われた古い書物を読みつくしても、書き手の想像に過ぎないというのが残念だった。本当かどうか確かめるすべがないのだから仕方ないと諦めていたが、この目で見ることが叶うなら、神々の住む天界を見てみたい。


 居祈がその場に立ち尽くしていると、カサカサと枯野が揺れるのに混じって、何かのささやき声が聞こえてきた。

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