第6話 ヒロイン視点(後編)


 その出会いは偶然だった。

 お古の配信ドローンを起動させようとリュックを漁っていたところ、突然、背中から声を掛けられたのだ。


「ねぇ、もしかしてあなたここのダンジョン初めて?」


 慌てて後ろを振り返れば、そこには見覚えのある黒髪の女子生徒が立っていた。

 牧島ひみこ。

 うちの中学の生徒会長で、同学年の中で最も巧みに魔法スキルを扱える魔導士だ。


 学校活動での評判も優秀で、ダンジョン成績でもかなり優秀な成績を収めていたはずだけど――、


「ええっと、ひみこさんがどうしてこのダンジョンに?」

「あれ? 私のことなんで知って――って辰見さんじゃない⁉ 貴女こそどうしてここに――⁉」


 お互い思わぬ出会いに面を食らい、事情を話しあうと、どうやらひみこさんも、探索者学校の入学試験のためにこのダンジョンに来たらしい。

 装備は立派なのに、動きが挙動不審で心配になってわたしに声をかけたみたいだけど


「え、でもたしか第一志望の天王寺巫女学園を受験したはずじゃあ――」

「いやー、それが落ちちゃってね。それよりそれ天宝寺巫女学園のパンフだよね。ということは辰見さんも受験者なんだ?」

「貴女も、ということは貴女も?」

「――ええ。補欠入学枠で最後の望みをかけてボス戦に挑戦するつもりなの」


 そういって人当たりのいい笑みを浮かべて頬を掻くひみこさんに、わたしは驚きを隠せなかった。

 受験倍率が高いとはいえ、あの、学校で一番の才女のひみこさんですら落ちるなんて――


「それよりもさ。辰見さんこのダンジョン初めてってことらしいけど、ならなおさら勝手がわからないでしょ? どう? 私と一緒に潜らない?」


 え、いいんの⁉


「ええ、困ったときはお互い様よ。私も試験課題にちょうどいい穴場を見つけたんだけど一人じゃ心細くて。どう? ひよりさんがよければ一時にパーティーを組まない?」

「はい!」


 そんなわけで。ひみこさんの提案に即座に返事を返し、わたしはひみこさんと一緒にダンジョンに潜ることとなった。


 よかったぁ。わたし初めてダンジョンに潜るから勝手がわからなくて不安だったんだよぉ。


「でもわたしと一緒に行動してその、大丈夫なの? 学園の試験ってたしか一人の実力を測る者だったはずだけど――」

「ええ、普通はパーティー受験は禁止なんだけど、中にはパーティーがいて初めて

力を発揮できる子もいるから天宝寺では特別に認められているらしいわ」


 そういって、ずんずんと迷いなく先導するひみこさんの後を追いかけ、わたしは感心した声を上げていた。

 

 どうやら『補欠試験』は従来の試験とは異なり、一次試験では判別しきれなかった才能を計るための目的があるらしい。

 道理で、課題項目が『自由』に設定されていたわけだよ。


「それにしても。ひみこさんって物知りなんだね」


 ダンジョンについてすごく詳しいし、これまで一度もモンスターと遭遇してない。もしかしたら彼女は斥候の才能もあるのかもしれない。


「やめてよこんなの常識よ。それに辰見さんこそすごく高いもの持ってるね。これなんか転移結晶じゃない。学生なのによくこんな希少アイテム持ってたわね」

「そうなの?」


 とりあえず次郎叔父さんの部屋に保管されていたお母さんのアイテムを手あたり次第持ってきたんだけど、どうやらこの虹色の宝石は、深部から地上へ戻ってくるときに必要なアイテムらしい。


 これ一個で5000万円はすると聞いて驚いた。

 まぁそんなことより――


「あの、ひみこさん。本当にこっちに来てよかったの? こっちのルートはCランク以上の探索者にしか入れないはずなんじゃ――」

「大丈夫大丈夫、このくらい平気だって」

「でも――」


 スマホで見る。

 いまとても勢いのあるダンジョン攻略配信者『クリス』ちゃんの動画曰く。

 C級エリアは6人編成のベテラン探索者でも厄介なモンスターがあふれているとと言っていたと思うだけど――


「ついちゃった」

「ついちゃったわね」


 明らかにヤバい気配を放つ荘厳な扉を見上げ、わたしはキョロキョロとあたりを見渡していた。

 結局、これまで一度もモンスターに会わずに来てしまった。


「ここが低層ボスの部屋ね」

「ねぇひみこさん。ダンジョンってここまでモンスターがいないものなの? なんだか簡単すぎない?」

「おっかしいな。普通はもっとモンスターが出るはずなんだけどな。まぁ楽だったからいいじゃない。それより辰見さんってどのくらい戦闘経験はあるか聞いていい?」

「え? ええっと、学校では落ちこぼれだったから、その――」

「ああ、そういえばそうだったっけ。大変だね、魔法スキルが使えないなんて」


 そう、わたしは魔力を持たずに生まれてきた。

 魔力とは女性だけが持つ特別なチカラだ。

 ふつうは経験を積めば積むだけ魔力総量が増え、自然と実力も上がっていくのだが、わたしは魔力が使えない『魔力欠乏症』らしい。

 そのせいでダンジョンに潜るために最低限必要なレベルも上がらず、いつもダンジョン必修教科はいつも赤点ばかりとってきた。


「まぁ大丈夫だって。いざとなれば私が何とかしてあげるからさ。それより扉を開けちゃいなよ。私はちょっと準備があるからさ」

「う、うん。それじゃあ開けるね」


 ポンポンと肩を叩いて励まされ、わたしは意を決して扉に手を触れる。

 すると石造りの扉が自動で開き、部屋の奥に全長2メートルほどのオークが立っていた。 


「アレがこのエリアのボスのオークジェネラル」


 資料で見たゴブリンとは比べ物にならないくらい筋肉質な身体に、震えが止まらない。


「それじゃあ打ち合わせ通り頼むよ」

「う、うん!」


 震えそうになる悲鳴を飲み込んで、わたしは長剣を握りしめた。

 大丈夫。

 見よう見まねだけど、猫女さんたちに隠れて何度か戦う練習をしてきたんだ。

 

(わたしだってやればできるんだ!)


 ひみこさんが立てた作戦通り。

 彼女の魔法スキルが発動完了するまでの間、オークジェネラルの気を引こうと飛び出し、

 

「え――」


 突如、背後から伝わる衝撃に、私は声も出せずに吹き飛ばされた。

 魔法で撃たれた。

 身体がしびれて動けないのは麻痺魔法を使われたからだろうか。

 息が苦しい。でも――


「ひみこ、さん。どう、して」

「ふっ、本当に信じちゃって馬鹿じゃないの。誰が貴女みたいな落ちこぼれと協力するかっての」

「え――」

「まだわからない? 演技よ演技。無謀にも危険なモンスターに受験生が襲われているところを私が助けに入る――この演出を配信に残すために貴女を誘ったのよ」


 「どう? 完璧なシナリオでしょ」そういって嘲笑の笑みを浮かべ、こちらに杖を向けているひみこさん。

 まじめで優しい雰囲気はどこへ行ったのか。勝ち誇ったような笑みを浮かべている。

 でもどうしてそんなこと――


「才能がありきたりだって言った学園の連中に、私の才能を認めさせてやるために決まってるでしょ! そのために貴女に私の踏み台になってもらう必要があったの」


 そうして改めて自分の配信ドローンを起動して、オークジェネラルに向けて杖を構える。

 文字通り。天才的と呼べるほど多種多様な魔法の数々がさく裂する。

 おそらく戦闘デバイスに、高難易度の魔法スキルをセットしているのだろう。


 とても学生が出せるような出力じゃない。

 だけど――


「うそ、なんでただのオークジェネラルのくせになんでこんなに強いの!」


 まるで何事もなかったように雄たけびを上げ、特大の殺気が私たちに突き刺さる。


「ここら一帯の低層のボスは弱点属性さえあれば、簡単に攻略できるはずなのに――魔力ブースターで能力を底上げした私のチカラが通用しないですって⁉」


 撃ち続ける声に焦燥感がにじみ出る。

 そして雄たけびを上げて、こちらに走り寄ってくるオークジェネラル。


「ひみこさん。このままじゃ勝てない。一時撤退しなきゃ」

「うっさい! ボスを倒せなきゃ帰れないのよ! アンタ本当に何を勉強してきたの⁉」


 どうやらボス部屋は一度は言ったら、攻略するまで開くことはないそうだ。


「それにアイツを倒さなきゃ条約違反してまでここまで来た意味がないでしょうが! わたしは天宝寺巫女学園に入って、私の才能を世界に知らしめなきゃいけないのよ! こんなところで探索者の資格をはく奪されてたまるもんですか!」

「で、でも肝心の攻撃が効かないんじゃ――」

「……そう。それじゃあ私の代わりに死んでもらうわ」


 え、なんでわたしの転移結晶が。


「万が一と思ってこっそり盗んでおいてよかったわ。貴女に生きてもらったらいろいろと都合が悪いの。この転移結晶は私が使ってあげるわ。悪く思わないでね」


 そういって転移結晶を砕いたひみこさんの姿が瞬く間に消え失せた。

 置いて行かれたという事実に、思考が真っ白になる。

 いや。今はそんなことより早くこの場をどうにかしなきゃ。

 でもどうやって?

 逃げようと体に力を入れるけど、マヒして思うように動かない。


 すると大声を上げて、ボロボロの大剣を振り被るオークジェネラルがみえた。


「GUMOOOOOOOOOOOOOOOOッッ!」


 なんとかマヒする身体を動かして、転がるように攻撃を避けるけど、地面をえぐる衝撃でわたしの身体が壁まで吹き飛んだ。


 衝撃が体を突き抜け、意識が遠のく。


 かすむ視界のなか、ズキズキと痛む傷が恐怖となって体を蝕んでいく。

 わたしこんなところで死んじゃうの? 

 いやだよ。怖い。怖いよお母さん。


 うわごとのように助けを求めるけど答えてくれる人は誰もいない。


 すると霞む視界の中。カランと転がる叔父さんのメガネが見え、


 『大丈夫だひより! メガネさえかければどんな時でも主人公になれる!』


 そんな温かい思い出に縋り付くようにわたしは無意識にメガネに向かって手を伸ばしていた。

 そして祈るようにして、握りしめると――


「叔父さん。助けてよ」

『おう、助けてやる』


 突如、聞こえた懐かしい光と共に、メガネからまばゆい光が立ち上がり、一条の光が迫りくるオークジェネラルを焼き尽くした。

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