第5話 ヒロイン視点


「それじゃあ僕たちはエリカの入学祝いのディナーがあるから。勝手に外に出るんじゃないぞ」

「ばいばーい。一人でお留守番よろしく~」


 そうして明らかにブランド物と分かる服装に身を包んだ猫女さんたち三人を見送り、わたしは一人ポツンと狭い物置部屋でコンビニ弁当を食べていた。


 もそもそと冷めきったご飯を食べ終え「ごちそうさまでした」と手を合わせる。

 返事を返してくれる人は誰もいない。

 それでも長年、大切な家族と一緒に過ごしたかけがえのない思い出を捨て去ることはできなかった。


「もうこんな時間か。部屋の掃除しなきゃ」


 冷たいバケツに手を突っ込んで、日課の掃除を始める。


 今年で中学校を卒業するわたし――辰見ひよりは、いわゆる『私生児』というやつだった。

 父親がわからない子供のことを指す言葉らしく、世間的にあまりよく思われない存在らしい。

 それでもわたしとお母さん、そしてお母さんの弟である叔父さんとの生活は、慎ましくも幸せだった。


 だけど五年前。叔父さんがトラックにはねられてから、わたしたちの生活は激変した。

 唐突に知らされる叔父さんの事故死以来、お母さんが長期の探索者の仕事で家を空けることが多くなったのだ。


 それから、わたしが叔父さんの代わりに家事を切り盛りすることが多くなった。

 幸いなことにお金はたくさんある。

 だけど、いつもメガネについて熱く冗談を語っていた叔父さんがいなくなっただけで、今までの生活がこんなに寂しいものになるとは思わなかった。


 そして叔父さんの死から二年後。叔父さんに続いて、お母さんまで目覚めないなんて――


「それもこれもわたしが落ちこぼれで頼りないばっかりに……」


 いまも病院で意識不明の状態でベットに横たわるお母さんの姿を思い出し、唇を噛む。

 せめてわたしが、一人で生きていけるくらい強く荒れたら


「ううん。わたしがしっかりしないと、お母さんも安心できないよね」


 涙をぬぐって、パンフレットを手に取る。


『天宝寺巫女学園の入学手続きの案内』


 そしてわたしはこの日のために猫女さんたちにも隠しておいた『荷物』を背負い、家を飛び出すのだった。


◆◆◆


『コイツさえ見せれば、どんなダンジョンでも顔パスでいけるのよ』


 そう晴れやかな笑みを浮かべるお母さんの姿を思い出しながら向かった先は、トウキョウ第一ダンジョンと呼ばれる遺跡だった。

 ここは『探索者』と呼ばれる、国に認められた女性たちしか立ち入れない危険な場所だ。

 本来なら成人。もしくは『一時探索資格』を手にした学生しか入れない場所なのだが、


「まだ使えてよかった」


 お母さんが高校生の頃に裏ルートで発行した探索者IDを掲げ、わたしは検問所を突破していた。

 両親が蒸発し、借金を抱えたおり。

 堂やらお母さんは『お友達』に協力してもらって、偽装IDを作って、借金を返すためこっそりとダンジョンに潜っていた時期があるそうだ。


 探索者組合の職員さんが一瞬不思議そうに首をかしげていたが、バレなくてよかった。


「ここがダンジョン」


 初めて見る本物のダンジョンに、わたしは内心興奮が抑えられずにいた。

 遺跡というよりかは地下へと続く洞窟のような形だが、周りには様々な装備を着込んだ多くの探索者が話し込んでいた。


 さすがみんなは歴戦の探索者と言いたげな装備で、わたしのように私服で挑む人はいなかった。

 ううっ、正直場違い感がすごいよ。

 変装のため、一応叔父さんのメガネを掛けているけど、周りを見渡せば、おそらく受験生なのだろう。

 わたしと同じくらいの女子中学生が配信ドローンに向けて話しかけている姿がチラホラ見えた。


「よし、わたしも頑張らないと」


 改めて気合を入れなおし、リュックを下ろして、家からこっそり持ってきたアイテムの数々を確認する。

 アイテム管理は生死に直結すると言ってたから、次郎叔父さんが管理していたお母さんのアイテムを手あたり次第持ってきたが、これで大丈夫だろう。


「とにかく高校に入れるように頑張らなきゃ」


 名門――天宝寺巫女学園には補欠受験というのがある。

 他の学校で見込みなしと判断された子供たちの磨かれていない才能を見つけ出す受け皿のようなもので。

 ほとんどの学校が入学試験を締め切っているなか、この学園だけは入学ギリギリまで試験を受けれるようになっているのだ。


『義務教育を終えてもダンジョン探索を推進する高校に進学しなければ、探索者としての資格がないことになり、ダンジョンで獲得した財産は相続されませんよ』


 ダンジョンを管理する探索者組合の職員の言葉を思い出し、自分の力のなさを呪う。

 わたしも職員さんがうちに尋ねてくるまでは詳しく知らなかったが、お母さんは世間でも指折りに数えられるくらいすごい探索者だったらしい。

 わたしが成人するまで何があってもいいようにと、様々な高価なアイテムを残してくれていたそうだ。


 だけど長い間任務漬けの毎日だったせいか。お母さんはわたしがダンジョンに入るための『探索者資格』を持っていないと知らなかったらしい。


 そのせいで成人までの保護者預かりとして、お母さんの財産は血縁者である大人に管理されることとなり、『猫女家』に嫁いだ次郎叔父さんが身寄りのないわたしを引き取ったのだ。


「だけどはやくレベルを上げないと、お母さんが遺してくれたものが奪われちゃう」


 そんなことは絶対にさせない。

 討伐は難しいかもしれないけど、採取とか頑張って、合格を勝ち取って見せる。

 だからこそ――


「ええっとボスの部屋はこっちであってるんだよね?」

「ええ、間違いないわ。同じ受験生同士、協力して天宝寺学園合格目指して、最高の動画を撮影しましょう!」


 わたしはたまたま出会った同じ中学校の天才同級生――牧島ひみこさんと一緒に、ダンジョンボスがいるとされる部屋を目指し、ダンジョン探索に挑んでいた。


 そしてわたしはこの時の自分の世間知らずな判断を後悔することになる。

 そう。まさか『あんなこと』になるなんて――

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