第4話

『父さんたちが借金を残して消えたわ』


 月明かりの出ないの誰もが寝静まった夜。

 姉さんに叩き起こされ、ダンジョンの前に連れてこられた俺の思考は宇宙ネコになっていた。

 

 姉さん曰く。ロクデナシの父と再婚相手の母は、幼い弟を連れて蒸発したらしい。

 手元に残ったのは1億を超えた借金が。

 当然、中学生の俺たちにそんな大金を返せるあてもなく、


『どうすんだよ姉さん! 1億なんて返せるわけない――って、まさか!』

『ふっ、ええそうよ。このダンジョン開拓時代のご時世、金がないなら作ればいいのよ!』


 いやそれ違法バイト!

 道理でコソ泥よろしく、ほっかむり装備で連れてこられたわけだよッッ!


 だが俺の正論も、現実の前ではむなしく。

 どこから集めてきたのか。ガチムチの黒づくめさん達と共に、俺と姉さんはガムシャラにダンジョンに潜りまくった。

 それはもう毎日、青春を捧げる勢いに頑張ったね。


 幸いなことに当時はダンジョンからアイテムを運搬するバイトだけで自給5千円という破格のお値段の時代だ。

 裏の仕事とはいえ、政府が管理するダンジョンからこっそりアイテムを回収したとなれば、それなりのお値段になる。


 結果、危険なことも多かったぶん、借金1億ある割には少しだけ余裕のある生活を送れる程度になっていた。


 今、思えば化け物じみた姉に、常識を解く自分の方が間違っていたのだろう。


 元々、めちゃくちゃ破天荒な人だが、どうやって調達してきたのか。

 いつもダンジョンに潜るたびに、周りがドン引きするレベルで大量の素材を回収してくるのだ。

 だが姉さんの規格外さはとどまることを知らず――1年後。

 ようやくダンジョンバイト生活に慣れてきたころ。


『あ、幸太郎。わたしのお腹の中に赤ちゃんいるみたいだから。しばらくしたらこの子のお世話頼むわ』

『はああああああああああああ⁉』


 俺が19歳の誕生日。

 唐突に告げられた衝撃的な一言に、俺は若くして、叔父さんになる運命を背負うのだった。

 そしてその波乱の妊娠宣言を機に、俺たちのボロアパートにもう一人家族が増え、俺と姪っ子のひよりは異世界転生するまでの11年間、一緒に暮らしていたが――

 

「よかった。見つかって本当に良かった」


 五年ぶりとは言え、姉さんに似て美人になったなー。

 大事そうに俺を胸に抱く姪っ子を見上げ、俺も感慨深い思いが込み上げてくる。


 ひよりが生まれてから11年。

 ダンジョンで出稼ぎする姉さんの代わりに子守りを任されては、

『いつかメガネの似合う子に育ててみせる!』と張り切って英才教育を施してきたが、本当にメガネの似合いそうな子に育って何よりだ。


 一応、ひよりに向かって声を掛けるが、俺の声が届いている気配がない。

 

 と思っていたら突如、キンキンと刺々しい声がひなたの後ろ聞こえてきた。


「ちょっと、アンタこんな廊下で何してるわけ? 邪魔なんですけど」

「エリカ、さん」


 慌てて振り返れば、そこには同じくひなたと同じ制服を着た女子生徒が立っていた。

 鬱陶しそうにひなたを見ては、彼女と対照的に、明らかにギャルっぽい雰囲気を醸し出す少女だ。 

 だけど、ううん? こっちの女の子。

 どことなく見覚えがあるような気がするが――誰だったかな?


「アンタねぇ。居候の分際で生意気なのよ。もう少しつつましくできないわけ」

「……はい。ごめんなさい」


 彼女たちの会話を聞く限り、どうやらあまり仲がいいという雰囲気ではないようだ。

 しかし居候というのはどういうことだ?

 まだどこぞのダンジョンに出稼ぎでもしているのかと思ったら、エリカと呼ばれた少女が『俺』を見て、声を荒げた。


「あああ! それアタシのメガネ。なんであんたが持ってんのよ――もしかしてあたしの部屋に入ったの⁉」

「ち、違います! これはずっと前に失くしたおじさんの形見で。エリカさんの部屋の前に堕ちてたんです」

「はぁなにそれ。アタシがあんたから取ったっていうの? 言い訳しないでくれる? それはごみ箱に捨ててあったから私が拾ったのよ。いいからとにかく返しなさいよ!」


 そういってひなたの言い分も聞かず、ひなたから俺を奪い取ろうと手を伸ばし、もみあいになる。

 するとその騒ぎを聞きつけたのか。階段を駆け上がるような音が聞こえてきた。


「どうしたんだいエリカ。そんなに大きな声を出して」


 いかにもサラリーマンと言いたげな七三分けの男が現れた。

 このどこか人を小ばかにしたような目つき。身に覚えがあるぞ!


『もしかして、お前は生き別れの弟、次郎か⁉』


 え? ということはこの生意気な娘は、弟の子供ってことか⁉

 いつの間に結婚してたんだよ!


「ねぇパパ、コイツがあたしのものを盗んだの!」

「違います! これはわたしがもらったもので、ここに落ちてたんです」

「ふん。そんなこと言ってどうせアタシに嫌がらせしようとしてたんでしょ。誰が父親かもわからない尻軽女の娘だもん。盗むのは得意でしょ」


 そういってあからさまにひよりに悪感情を向けてくるエリカに、俺の中でムクムクといら立ちが募っていく。

 すると諭すような声で、弟が二人の間に割って入った。


「そういうなエリカ。例え本当のことだとしても、言ってもいいことと悪いことがあるだろう」

「だってー」

「だってじゃありません。それにお前にあんなガラクタは必要ないだろ? お前は由緒正しい猫女の家の一人娘。メガネが欲しいのなら、お前にはもっと家柄に相応しいものを買ってあげようじゃないか」

「やったー! それじゃあ配信用の探索デバイス買って! 最新の奴ね!」

「ああ、可愛い娘の頼みだ。いくらでも買ってやるとも」


 明らかに差別的と分かる物言いに、飛びつくようにして父親に抱き着くエリカ。

 すると、猫なで声で喜びを表現する彼女は、明らかに挑発するような厭味ったらしいな笑みを浮かべ、鼻を鳴らしてみせた。


 なんだあのクソガキ。

 一発殴りてぇ。


 すると俺に気づいたのか、弟が娘に向ける視線とは対照的な冷たい視線がわずかに俺の方に落ちた。


「ああ、何か懐かしいものを握ってると思えば、それは兄さんのか。そういえば形見分けでお前のものになったんだっけな。まだ持ってたのかそんなオンボロ」

「……はい」

「ふん。いつまでも返ってこないバカに縋り付いて何になるんだか理解に苦しむよ。兄さんも馬鹿だよな。姪っ子の誕生日プレゼントを買う帰り道にトラックにはねられて死ぬんだから」


「ああ、それは絶賛、娘を放り出して病院送りになっている無責任な母親も同罪か」と肩をすくめる次郎の言葉に俺は内心首をかしげる。


 どういうことだ? 

 姉さんが病院送り?


 それからまるで嫌がらせのように、朗々と語られる事実曰く。

 どうやら俺が女神のうっかりで異世界に行っている間、姉さんは新しく出現したダンジョンで強力なモンスターと戦い、意識不明の重体を負ってしまったらしい。


 肝心の頼れる保護者は二人とも不在。

 それから身寄りがなく血縁上、親戚である弟の家に白羽の矢が立ち、姉さんが目を覚ますまで引き取られることとなったらしい。


「まったく血がつながっているというだけで本当に迷惑な話だと当時はうんざりしたけど、それも今年まで。君が義務教育を終えになったら出て行ってもらうことになっているからね」


 はぁ⁉ いったいどういことだよそれ!


「ああ、そうそう。姉さんの財産はこれまで君を世話した慰謝料としてボクらが有効活用するから心配はいらないよ。君は最後の温かい年をかみしめて過ごすといいさ」


 そういって実の娘に腕を回し、嘲笑の笑みを浮かべる弟。


 そのおぞましいほど変わり果てた男の背中を見送り、俺は何も言えずに成り行きを見守っていると、ポツリと冷たい雫が俺のレンズの上に落ちるのであった。

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