第3話 

 状況を整理しよう。

 やっとのことで異世界から元の世界に帰還した俺だが、目を覚ましたらメガネになっていました(笑)


 生前は、『モテない』『金ない』『人殺してそう』の三拍子な悪評がついて回る青少年。もし叶うのならばメガネの似合うイケメン(アイドル)に生まれ変われたらいいなーとは思ったことはたしかにある。

 たしかにあるけど――


『だからって何がどうとち狂ってメガネに転生すんだよッッ!』


 壁に立てかけられたカレンダーを確認すれば、日付は2132年の2月。

 俺が女神のやらかしでトラックに轢かれて、ちょうど五年ほどの月日が経った頃だ。

 窓から見える景色を察するに、ここはおそらく日本だ。

 あの東京タワーを飲み込むように屹立するダンジョンは、何度見たって忘れられるものではない。


 ということはやはりここは現実で、女神は間違いなく俺を元いた世界に帰還させたのだろう。

 となれば残る問題は『俺の本体はいったいどこにあるの?』ということなのだが、


――これはあれか? よくあるメガネが本体(笑) ってやつなのか?


 さっと脳裏をよぎった最悪な可能性に、もしやと思い何か超常めいた手掛かりを探せば、案の定、鏡の表面に映る『ごめん。好奇心に勝てなかった♡』の文字が。


『あんのクソ女神めぇえええええええええええ!』


 異世界でも時折、神託でアニメや漫画のセリフを吐いては『ああこれ言ってみたかったのよねぇ』とか言っちゃうオタな女神のことだ。


 俺をこの世界に帰還させる途中で、

 『あ、これ実際にメガネに転生させたら面白くないwwww(笑)』とか、重い血たのだろう。

 五年間、しょっちゅうしょうもない神託に叩き起こされてきた俺だからこそわかる。

 世界の命運と自分の娯楽を天秤にかけて、自分の楽しみのためにわざとうっかりをやらかす奴だ。

 案の定、やらかしおった!


『ぐおおおおおおお! この展開はさすがに予想外だぞおい! これからどうしろっつーんだよ!』


 たしかに俺とメガネは一心同体な関係だけど、俺はメガネを掛けて周りにチヤホヤされたいのであって、メガネになりたいわけじゃねぇんだよ!


 帰還させる肉体がないならないで普通、事故に合うちょっと前に帰還させるとか、幼少期の自分にタイムスリップするとかあるだろう!


 なに人の人生を何だと思ってんだこの野郎!


『やっぱり一発ぶん殴っておけばよかった』


 女神のにやけ面を思い出し、天に唾吐くように吠えるが、案の定返ってくる言葉はない。

 しかも今気づいたがこの身体。

 声も出せなければ、ピクリとも動かないじゃねぇか!


『やばいやばいやばい。マジでどうすんだよこれ!』


 いや、あのクソ女神のことだ。

 きっと何かろくでもない仕掛けを俺に施しているに違いない、と思ったら視界の中に見慣れたものが現れた。


『装備品――勇者のメガネ

HP:99999+ 

MP:99999+

腕力:99999+

体力:99999+

敏捷:99999+

知力:99999+

魔力:99999+

器用:99999+

≪固有スキル≫――メガネ

 異世界から帰還せし、勇者コウタロウの魂が宿ったメガネ。

 メガネができることなら何でもできる』


 なぁ⁉ こ、これはステータス画面⁉

 なんで俺に。

 いや、この世界にもダンジョンはある。

 

『だけど、こっちの世界にステータスなんてものはないはずじゃ――』


 いいや、もうこの際、細かいことはどうでもいい。

 ざっと視界に現れたステータス画面もとおい『鑑定結果』を見れば、俺が異世界で勇者として培ってきたステータスがそのままに反映されているということらしい。


 おおということはこれで、夢の無双ライフが――


『――って、だから肝心の体が動けなきゃ意味ねぇだろうが!』


 このステータスのまま元の身体で帰還できたら、英雄間違いなしだったのに。

 

 くそぅ、俺はこのまま一生タンスの上で部屋のインテリアとしてホコリを被り続ける存在になってしまうのか?

 意識はあるのに動けないなんて、どんな拷問だよ!

 

 せめて自分で動くか、メガネとして誰かに使ってもらえればまだやりようがあったのに。


『……いや待てよ。一応この肉体? にも魔力あるんだよな?』

 

 ということはだ。

 裏を返せば、この身体でも魔法が使えるってことじゃね?


 なにせメガにできないことはほとんどない。

 勇者の俺にできることならメガネにもできるはずだ!

 現に、固有スキル欄にもそう書いてるし!


 なにより『メガネ』はすべてを解決する、叡智の結晶ではないか!


 なんてことだ! 俺は異世界の常識に染まり続けて、思考が凡人と同じ領域まで堕落していたのか!


 その事実に気づいてから俺は魔法を使う訓練に全力を注ぐことにした。

 まず姿かたちが変わろうとも自分の身体――スペックを正確に認識することから始めた。

 人間、己の体の状態を把握しないことには立つこともできないからな。

 異世界での経験をもとに、慎重に体の奥底から熱を生み出すイメージで魔力を生成していく。

 ふむふむどうやら、俺の身体はあの闇商人から高値で買わされたメガネで構成されているらしい。

 流石は腐ってもダンジョン産というところか。

 全身に魔力が満ちていくのがわかる。


『よし、これで魔法を使う準備ができたな』


 あとは――レンズに魔力を通すようにして空気が動くイメージで、魔力を変換してやれば、


【風魔法を習得しました】


 ポンと頭の中に謎の声が響いた。

 おっし! 案の定、成功した!

 さっそくメガネ本体を持ち上げるように風魔法で念じれば、視界が徐々に動いていくのがわかる。


『うおおっしゃあ! 浮いたぞ!』 


 安定性と出力に問題ありだが、これなら移動に支障はなさそうだ。

 とりあえずこの部屋に居続けても仕方がないし、とりあえず情報収集でもはじめるか。

 万が一、レンズが割れたら大変だからな。

 もちろん安全運転だ。


 宙に浮きながら慎重に部屋の外に出て、ゆっくり廊下を移動する。


 だけどメガネの状態で魔法を使うのに慣れていないからか。

 視界の揺れがヤバい! 

 結局、魔力が早々に尽きて、風魔法は部屋を出るまでが精いっぱいだった。


 くっ、かなりの魔力を使ったはずなんだが、結局5メートル進むのがせいぜいか。昔はこのくらいの魔力があったら、天候など夕に変えるくらいの出力で使ったつもりなのに。


 燃費悪すぎだろ俺!


 だがとりあえずメガネの状態でも動けるとわかっただけでも僥倖だ。

 早くこの身体に慣れて、俺を使ってくれるであろうメガネ愛好家を探さねば!


 ――と思ったら、突如大地が揺れる音がメガネのふち越しに聞こえ、次に俺の視界いっぱいに男の楽園――すなわち水色ストライプの縞々パンツが映った。


 そして――


「……あれ? おじさんの眼鏡。どうしてここに」


 幸薄そうな顔立ち女子中学生が、不思議そうに首を傾げ、俺を拾い上げた。

 もしかしなくても、この家の住人だろうか?

 でも待てよ。この顔。この声。

 どこかで身に覚えがあるけど、おい、もしかして――


『姉さんの一人娘の、ひよりか⁉』



――――

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!


【朗報】――異世界より帰還したメガネ、大地に立つ!

ようやく登場した本作のヒロイン!

メガネは今後の行く末は?


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