第2話

 そんなわけで――。

 女神のうっかりで異世界転生を果たした俺は、女神イシュタルの願いの下。

 聖剣をぶん回し、迫りくる魔物をちぎっては投げしていた。


「うらぁぁぁ死ねぇ、魔王ォォォォォッッ!」


 最終決戦にしては少々不釣り合いな気合のこもった男の叫びが王の間に響き渡る。

 ここは魔王城。

 人類を支配せんと世界征服を企む魔族が集う根城だ。


 爆裂する色とりどりの超魔法の数々が、王の間に次々と破壊をもたらし、二人の死闘の激しさを証明していた。

 魔力の奔流により台地が揺れ、超魔法の余波で空が割れる。

 

 世界の命運が、一人の男の手にかかっている。

 こんな状況に湧きたたない男の子はいないはずなのだが、


「くそ、せっかく憧れの状況だってのに、視界がこれじゃあ台無しじゃねぇよォォォォォォォォッッ!」


 モザイクががかったぼやけた視界なか。ビュンビュン飛んでくる魔法を切り払えば、俺は納得がいかないとばかりに絶叫を上げていた。


 憧れの異世界無双。

 男の子が一度は夢見る、俺ツエーのクライマックスだってのに。

 視界ぜんぶモザイクとか、なんてクソゲーだよこれは!


「ぐうおお、勇者よ。会っていきなり不意打ちとか貴様、女神に選ばれた勇者としての誇りはないのか!」

「ないと思ってるのこんちくしょおおおおおおお!」


 血涙を流しながら聖剣を突き立てれば、大柄な巨体から紫色の血しぶきが上がり、世界征服をもくろんでいた魔王が、うめき声をあげて後ろに倒れ込んだ。


 雑に女神の手違いとかふざけた理由でトラックにひかれ、異世界に転生させられはや五年。

 憧れの地――異世界で勇者として刺激的な使命を果たしていた俺は、歓喜の雄たけびを上げて、拳を天に突き上げていた。


「よっしゃあああああああ! ついに魔王を倒したぞオラ! これで満足か女神様よぉ」


 苦節の五年。

 ここまで来るの、ほんと大変だった。


 なにを隠そう俺は目が悪い。超絶わるい!

 長い間、体に合わないメガネを掛け続けてきた影響だろう。

 こちらの世界に転生するまでに、俺は弱視、乱視、近視、遠視etcと、

 もはやメガネなしでは生きていけない身体になっていた。


 それなのに――


「メガネ男子にとって命の次に大事なメガネがないってどういうことだよ!」


 ガリガリと頭を掻きむしり、地団太を踏む。


 いや、異世界転生当初はそりゃ喜んだよ?

 なんたって憧れの異世界っだ。

 俺が元いた世界では、女しか魔法が使えないから、初めて魔法が使えるようになった時。これで「世界の主役になれる!」と狂喜乱舞したものだ。


 だけど現実はフィクションは違うように。

 この世界にはメガネがなかったのだッッッ!


 レベルアップで肉体を強化しようものなら、輪をかけて視力が落ちるし、魔法で視力自体を強化しようものなら、乱視も一緒に強化されるってどういう仕様だ!


 普通、転生したらチートスキルをもらえるとか、所持品が一緒についてくるとかが基本なんじゃねぇの?

 おかげで転生初日から、全裸の変質者として独房にぶち込まれるわ、亜人系モンスターと人の顔が区別できず、危うく番いにされかけるわでマジで大変だった!


「だけどそんな地獄も今日で終わりだ!」


 さぁ来い女神! 

 約束通り、例の願いを果たしてもらおうじゃないか!。

 そうして吠え立てるように天に叫べば、足元から光の粒子が集まり、見覚えのある女神が慈愛たっぷりな笑みで現れた。


『お疲れさまでした。勇者コウタロウ。見事、人類を支配する魔王を倒し、世界を平和に導いてくれました。それでは約束通り。貴方の願いをなんでも一つ叶えましょう』

「おう、それじゃあ約束通り。俺を元の世界に戻してくれ!」

『ええっと、前にも聞きましたが本当によろしいのですか。私はこちらの世界にいた方が楽しいと思うのですけど?』

「もちろんだ!」


 なにせ向こうの日本と違って、この世界で魔法が使えるのは当たり前なのだ。

 誰もほめてくれないどころか、魔物を倒しても当たり前の顔をしてサクサクと次の仕事(超危険)を斡旋させられるのだ。


 やってられるかってんだこんちくしょう!

 これならメガネのある向こうの世界で、ブラックバイトに明け暮れた方が何倍もマシだ!


 なので俺は女神と交渉したのだ!

 もし俺一人で魔王を倒したら、俺の願いをなんでも一つ聞いてくれと。


『た、確かに約束しましたがまさか自分の元居た世界に帰還したがるなんて」

「やけに渋った顔してるけど、俺が元の世界に戻って何か問題があるのか?」

『い、言え何も問題はありませんよ? ただ厄介な魔王を倒してくれたついでに、死ぬまで腐敗しきった王国の正常化とか、邪心を崇める教団の壊滅とか頼もうかなぁーとか考えてませんから』


 想像以上にブラックなこと考えてやがったこの女神。

 だが約束は約束だ。

 俺を元の世界に戻してもらおうじゃないか!


『わ、わかりました勇者。それではあなたの今後の道行に幸福と喜びが多からんことを』


 どこかで聞いたことのあるゲームのセリフと共に、、俺の身体が光に包まれる。

 長かった異世界生活もこれで最後だと思うと感慨深い。


(ふっふっふー。仮にも世界を救った勇者だ。向こうの世界に帰還できれば今度こそ世界で初めて魔法が使える男としてチヤホヤされること間違いなしだ!)


 待ってろよ俺の華々しい青春!

 今度こそ俺、主人公が送るツエー物語の幕開けだ!


 そうしてぼやけた世界に別れを告げ、次に目を覚ませば、見慣れた日本家屋の部屋が視界いっぱいに広がった。


 ようやく現代の日本に戻れたのか?

 いやそれよりも――


『うおおお、見える。見えるぞー! くっきり見える!』


 五年ぶりの元の世界に感動が止まらない。

 世界はこんなにも美しかったのか。

 いやそれにしても――


『やけに幼女趣味な部屋というか、何もない子供部屋だけど、姉さんの部屋にでも寝ていたのか? 俺は』


 というかあれ?

 なんか体動かなくない?

 もしかして女神の雑な手違いでトラックに吹っ飛ばされて、今まで昏睡状態だったのか?


 そして視界をキョロキョロ動かし、鏡のなか、

 戸棚の上にぽつんと置かれた黒縁の見慣れたメガネと視線が合い――


『な、なんじゃこりゃあああああああああ⁉』


 異世界から帰還した俺は、メガネになっていた!


――

前振りが長くなりましたが、ここまで読んでくださり、ありがとうございます!


ようやく進める!


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