第1話
もし五年前の自分にアドバイスすることができるのなら、
俺は間違いなく『外出するときはメガネだけは絶対に持っていけ』と答えていただろう。
唐突だが、諸君はメガネについてどう思っているだろうか。
俺――
メガネ。
この言葉を聞いて大抵の人間は、2つのレンズが付いただけの視力補強具を連想するだろう。
その認識は間違っていない。たいていの場合、メガネとはそもそも視力が弱くなった人の光を取り戻すための取るに足らない補強道具にすぎないだろう。
だが俺からしてみれば、メガネとは人類が作りたもう叡智の結晶であり。それを身に着けただけで人生の主役になりうる可能性を秘めたチートアイテムに匹敵すると確信していた。
アニメで出てくるメガネヒロイン然り。
漫画に出てくるようなできる参謀役然り。
現実、異世界関係なくメガネを掛けた人物はたいてい輝かしい人生を手にしていると歴史が証明している。
だから今こうして、借金取りたちに袋叩きにされている現状も俺が真に世界の『主役』となるべく覚醒するための前振りでしかなく――
「フン。今日ののところは勘弁してやる」
「これに懲りたらお前の両親がこさえた借金。耳そろえて返すんだな」
悠然と東京のど真ん中にそびえたつダンジョン。
今日も今日とて堂々と存在感を表している非日常を見上げ、俺は壊れたメガネを拾い上げるのだった。
◆◆◆
西暦2100年。
エネルギー資源の枯渇にあえいでいた世界各地に、突如『ダンジョン』と呼ばれる謎の建造物が出現したことにより、人類は大きな転換を余儀なくされていた。
迷宮都市トウキョウ。
それが俺たち姉弟が暮らしていた都市の名前だ。
昔は普通の東京だったそうだが、東京タワーを中心に様々な『ダンジョン』と通称される地下迷宮が生まれては消える都心は、今や人類が最も注目する産業スポットになり呼称を変えたらしい。
なにせ国のお偉いさんが調査と称しては、毎日驚きの発見でダンジョンに関するニュースが途切れることがなかったのだ。
謎の建造物から無限に未知のエネルギーやアイテムが回収できることが分かったときなど、国を挙げた盛大なお祭りが繰り広げられたらしい。
この発見により下降気味だった世界情勢に希望が灯り、世界市場は一気に活性化し、未知のエネルギーを元に次々と新しいものが作られていった。
そして現在。
ダンジョン産のアイテムは次第に一般市場にも普及するようになり、ますます豊かになっていったのだが――
「ふっふっふ。ようやく、ようやく手にしたぞ! このマジックアイテムさえあれば俺もダンジョンで活躍できるはずだ!」
今年、高校生になれた俺も例に漏れず、ダンジョンから出土したとされる骨董品を片手に、高笑いを浮かべていた。
六畳一間のボロアパート。
少しでも笑い声を上げようものなら壁ドンが飛んでくるが仕方が、ない。
なにせ俺が長い間追い求めてきた真理が証明されてしまったのだからな。少しくらいは大目に見てもらおう。
買ったばかりのメガネ型ダンジョンアイテムを掲げて見せれば、姉――辰見美鈴が渋い顔で俺を見上げていた。
「ハァ、アンタが自分の金で何を買おうが勝手だけど、そもそも幸太郎。アンタ視力わるくないくせに大金はたいてまでメガネなんて買う必要あったの?」
「だってダンジョンからメガネが出土したんだぞ。武器やポーションならよく発掘されるのは知ってるけど、生活用品の、それもメガネなんて初めてだろ!」
きっと何か特別なチカラが封印されているに違いない。
メガネ信者として、これが興奮せずにいられるかよ!
「というか。これを装備すればダンジョンで頂上的な能力を発揮できるとか胡散臭くない? 明らかに詐欺の文句じゃない」
「だからこそ試す価値があるんだろうが! とにかくダンジョンに潜れる姉さんは黙ってて!」
「はいはい。わかりましたよっと」
どうやら姉さんはこの世紀の発見に興味がないらしい。
我が姉ながらなんと情けないことか。
「まったく、相変わらずメガネのことになると我を忘れたように無駄遣いして。借金もまだ残ってるのに、どうすんのよ今月の返済。ダンジョン探索のバイトでも間に合わないのよ」
「だからこれを使って効率よくダンジョンのアイテムを回収するんだろうが」
「フーン。そんなうまい話があるのかねぇ」
現在のダンジョンは、いわば宝の山だ。
外敵らしい外敵もいなければ、トラップもない。
潜れば潜るだけ利益になるのだ。
もしこのメガネを売りつけてきた闇商人の謳い文句が本当だとすれば、これは間違いなく、人生一発逆転のチャンスになることだろう。
そうなれば俺たちを馬鹿にしてきた連中も、働きながら俺を高校に行かせようとしてくれる姉の負担も軽くなるはず!
「ふっ、俺が世間から注目されるモテ男になる日も近いな」
あとは、これで活躍できる場所があればいいんだけど。
だけど悲しきかな。姉が言う通りフィクションと違って、現実にそんなうまい話があるわけもなく。
見事、メガネの熱意によって闇商人に騙された俺は、さらに莫大な借金を背負わされることとなった。
――ちくしょう。
そして日々、膨らみ続ける借金を返すため無茶な仕事をこなさざる終えなくなり、高校を中退して姉のバイトを手伝うようになってから1年。
理想と現実という焦点が重なり、メガネのようにはっきりと目の前の事実を直視できるようになった頃。
俺のメガネを通した世界は唐突に極彩色な色に変わり果てていた。
「なんだよ、これ――」
安全なはずのダンジョンから、怒号とサイレンが鳴り響く。
突然現れた謎のモンスターの軍勢に人々はパニックを起こした。
立ち上る真っ赤な火と血なまぐさい鉄の香りが、嫌でも非常事態であることを自覚させる。
『おい! 救急車はまだか!』
『地下から変な化け物が現れたぞ!』
『くそ、なんだあの謎の建造物は! なんだってあんなものが突然現れるんだよ!』
『誰か助けてえええええ!』
世界各地に現れた謎のダンジョンからモンスターが這い出てきたこの日。
人類のもしもは、全て現実となり、俺が待ち望んだ非日常は、想像以上にどんな感じの様相を映し出していて
「……結局、メガネだけじゃ世界の主役になれないのか」
正体不明の怪物が現れたというニューストピックにたまたま運悪く巻き込まれた17歳の夜。
世界滅亡の危機に訪れ人類は絶望し、同時に突如現れた『十二氏族』と名乗る謎の集団によって日本が救われたというニュースが全世界に拡散するのであった。
それから加速度的に事態が進み――4年後。
俺が成人する頃には、女系天皇を頂点に据える新しい社会体制が構築され、その後なんやかんやにより、世界は元の世界のように平和が保たれるようになった。
だが一番大きく変わったのは女性問題についてだろう。
なにせダンジョンに潜り、危険なモンスターと戦いながら、希少な素材を回収する『探索者』になれるのは『女』だけと判明してしまったのだから当然と言えば当然か。
理由や原理はわからない。
だが、どうやらあの『大災害』を境にダンジョンから女性にのみ超常的なチカラが与えられることが判明したのだ。
日々、激化する新たなエネルギーやアイテムの奪い合いが起こる世界情勢。
今や世界の8割がダンジョンから湧き上がる新エネルギーに依存している人類にとってこの事実は衝撃だ。
その結果。男の仕事といえばもっぱら女性探索者の回収してきたアイテムを市場に卸す下請け的な雑用係となり、この日を境に、有史以前から連綿と続いてきた男女関係の価値観は完全に逆転することになった。
まぁ、元々「女はお茶くみでもしてればいい(笑)」とか、平気で言っちゃう男政治家連中だったし?
安全圏からご飯が来るのを待つだけのヒキニートに発言権なんてないことなど、政治に詳しくない俺でもわかる。
それによりダンジョンで活躍できる女性たちは英雄のように崇められ、空気中に漂う魔力により『気候』や『生態系』に大きな変化が生まれ、人類はダンジョンの出現と共に『食料問題』や『資源不足』など様々な問題を抱えることとなったらしいが――まぁいまの俺には関係ないな。
は? なんでそんなに他人事でいられるかって?
ふっ、そんなの決まってるだろだ。
もうとっくに
――
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
今作の第一話ですが、少し前振りが長くなりそうなので分けさせていただきました。
第2話は明日の17時に投稿予定です。
楽しかった! 早くメガネの活躍が気になる! という方は☆☆☆やフォローをしていただけると嬉しいです!
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