【悲報】異世界から帰還した元勇者、『メガネ』でした。~姪っ子(♀)と始めるダンジョン学園メガネ無双! 魔力のない生徒は落ちこぼれらしいが、お前もメガネにならないか?~

川乃こはく@【新ジャンル】開拓者

プロローグ 『メガネを掛けた不審者との出会い――』


「以上、これがわたくし猪武者いのむしゃクリスティーナの実力ですわ。有望な探索者を増やしたいなら、せいぜいわたくしにふさわしい地位と待遇を用意することですわね」


 そういって討伐したての大型モンスターを背に、可憐なドレスを翻した少女は自慢の金髪の縦ロールを優雅に払い、配信ドローンをオフにした。


 わたくし――猪武者クリスティーナは、いわゆるダンジョンでの資源を回収する探索者を育成する学園――天宝寺巫女学園の受験生というやつだった。


 年々上がり続ける、ダンジョン探索者の需要。


 本校に入学するのにふさわしいか。

 探索者として活動する資質はあるかを学園側に示すため、わたくしは学園に提出する試験課題の撮影も兼ねて初心者装備で、低層のダンジョンに潜っていた。


「本来であれば、わたくしのような十二支族に連なるの実力者がこんな初心者丸出しの低層で、探索配信をする必要はないのですが――受験倍率10000倍とあっては仕方がありませんわね」


 突如として世界各国にダンジョンが出現し数十年。

 

 非日常な光景に魅せられ、数多の女性たちが『探索者』としてダンジョンに足を踏み入れる今日。

 数多の新素材が市場に流れては発展していく世の中で、世界とダンジョンは切っても切れない需要な場所になっていた。


 それに伴い、神々に選ばれし者だけが就くことを許された新たな職業。

 それこそが『探索配信者』であり――『探索者』だ。


 今ではこの天王寺巫女学園を卒業した者は必ず大成すると言われており。

 探索者をめざす少女の多くが、天宝寺巫女学園へ入学することを目指しているのだが――


『ねえあれって――』

『間違いないわ。十二氏族に連なる猪武者クリスティーナさまよ」

『え、あの未成年にして眷属数10000万人の攻略配信者の?』

『天王寺巫女学園を受験するのかな?』

『ああ、お近づきになりたいわ』


 遠巻きにわたくしの活躍を前に色めき立つ。

 まぁこの程度評価。十二氏族の娘として当然ですわね。

 それにしても――


「最近の受験生の質も落ちてまいりましたわね。日本の未来は大丈夫なのかしら」


 自分と同じように己の実力を学園に見せようと配信ドローンを前に低級モンスターと奮闘する受験者たちを観察し、わたくしは思わず深いため息をこぼしていた。


 いまやダンジョン産の素材が市場に溢れ、『探索業』は世界の経済を回すために探索者の増員が必要不可欠とされている。

 多少の未熟さなど目をつむってしかるべきとわかっているのだが、


「本来ならばダンジョン探索とは、己の自己欲を満たすためのお役目ではないはずなのですが――、あのような浮かれた様子を見るとイライラしますわね」


 それこそ庶民の無用なあがきに自分たち、誇り高い『十二氏族』血族と同じような成果を求めるのは酷だろう。

 多少、探索者の質が落ちても仕方がないことだと納得するしかない。


 配信ドローンの録画映像を確認し、嘲笑の笑みを浮かべて軽く肩をすくめる。

 うん。よく撮れている。

 学園入学のための試験映像のデキとしては、まぁこんなものでだろう。


「しかし提出課題もこれだけというのもアレですし。せっかくダンジョンに来たんですもの。もう少し下の階層にいって庶民との格の違いを分からせて差し上げますか」


 先日も、謎の魔力波動観測で大騒ぎになったばかりだ。

 わたくしは未成年ということで調査に参加できなかったが、これも十二氏族のお勤め。

 

(だから許可されていない中層に行っても仕方ありませんわよね)


 そう自己完結し、未熟な平民出身の受験生たちの探索を尻目に、わたくしは中層へと続く階段を降りていった。

 ダンジョンは階層を降りていくごとに手ごわいモンスターが増えていくのが常識だ。

 特に未成年は、そのダンジョンの性質上。

 立ち入り制限というモノが定められているのだが、


「まったく受験者の実力を平等に図る試験とはいえ、スキルが使えないのは少々面倒ですわね。なんだって高貴な生まれであるわたくしが下々の実力に会わせなければならないんでしょう」


 愛用の戦斧を振り払い、片づけたばかりのモンスターの血のりを払う。


 まっ、わたくしほどの才能であれば、どんな不足な事態でも対処できますけど。


「やっぱり浅層の魔物では動画映えしませんわね」


 すると、すぐ近くで女性の甲高い悲鳴が聞こえてきた。

 反射的に地面を蹴り、悲鳴のする方へ急げば、新人らしき女性探索者が、額に角を生やした亜人系のモンスターに襲われているのが見えた。


「うそ、なんでオーガジェネラルがこんな低階層にいますの⁉」


 いやそんなことよりも、猪武者家の役目を果たさなければ!


 相手はおおよそボス等級に分類されるオーガジェネラル。

 その大型モンスターが振り下ろす大剣に割り込む形で、愛用の戦斧の柄がかち合った。


 間に合った! しかし―― 


「くぅ、さすがは中ボス等級のモンスター! 図体に見合って、めちゃくちゃ思い一撃ですわね」

「あ、あなたは」

「そこの貴女。ボケッとしないで、わたくしがコイツを引き付けている間に早く逃げなさい!」


 オーガジェネラルの攻撃に合わせて、剣戟と火花が鳴り響く。

 さすがはボス等級。

 試験で実力を証明するためとはいえ、あえて初心者装備で倒した低層のボスとは比べ物にならない強さだ。


(くっ、今の装備じゃ決定打になりませんわ! どこかで無茶をしなければ仕留めきれませんわね)


 試験用じゃなく、せめて通常の装備とスキルさえ使えればこんな相手。苦も無くぶっ殺せますのに――

 ギリっと歯を食いしばり、己の怠慢を恥じる。 

 そしてわずかな思考の乱れ。その一瞬のスキを突くように強烈な一撃が戦斧に加わり、握りしめた斧が、オーガジェネラルの大剣によって弾かれた。


「しまった――」


 そして間髪入れずにオーガジェネラルの一撃がわたくしの頭上に迫ろうとしたとき。


「あぶなーい!」

「はぁ?」


 緊迫した空気を切り裂くように、間の抜けた声と共に空気を切り裂くような眩い閃光が目の前を通り過ぎた。

 見れば、大剣を振り上げる形でオーガジェネラルが一瞬で消し炭になっていた。


 い、今のはいったい!


「あ、あの大丈夫でしたか!」


 そういって軽快な足取りでこちらに近づいてくる謎の人物。

 フードを深くかぶっていて人相はわからないが、どうやらわたくし達を助けてくれたらしい。敵意を感じない。

 フードの下から見えるのはメガネ? だろうか。


 レベルアップと同時に肉体を強化できるご時世。

 メガネなのファッションでしか見ないようになっていたが――、


「そっちの女の子も大丈夫でしたか――って、攻略配信者のクリスちゃんじゃないですか⁉」


 謎の一撃でオーガジェネラルを倒した人物とは思えないような、緊張感のない声に面を食らうわたくし。

 明らかに強者の気配を漂わせているのに立ち振る舞いが初心者のそれだ。

 いったい何者? と怪しんでいたらいきなり手を掴まれた。


「ファンです! 握手してください!」

「はいぃ⁉」


 そういって眉を顰めれば、目に留まらぬ速さで、わたくしの腕を興奮気味にぶんぶん上下に振るう不審者。

 どうやらこの『少女?』は、わたくしのことを知っているらしい。

 猪武者家の次期後継者が見ず知らずの誰かに助けられたというだけでも十分屈辱的なことだが、


(この軽装備でどうやってあのオーガジェネラルを倒しましたの⁉)


 それにあの謎の光線はいったい。

 そうして十二氏族の娘として目の前の不審者の身元を問いただそうとしたところで、わたくしの横に浮いている撮影ドローンに気づいたのか。甲高く驚いたような声が上がった。


「あ! この撮影ドローン。もしかして、これ配信中でしたか?」 

「え、ええ。そうですけど、貴女も?」

「はい。ちょうど配信を終えた帰りで――ってそうだ。ごめんなさい! 獲物を横取りするつもりはなかったんです! でも、見るからに危なそうだったのでつい助けなきゃって思って――」


 まるで自分が弱いから思わず助けてしまったと言いたげな物言いに、わたくしの思考が一瞬、真っ白になった。


「……助けなきゃ、ですの? 貴女はこのわたくしが、その辺のとるに足らない平民と同じだといいたいんですの?」

「いやいやそんなことないですよ。クリスちゃんはいつ見ても頼りになる私のあこがれです! でも――」


 でも?


「配信ではすごく頼りになるクリスチャンも、モンスターに襲われて涙目になっちゃうような普通の女の子でちょっと安心しちゃいました」

「ぶ、ぶ――ぶっ殺して差し上げますわ!」


 プッチーンと羞恥心の糸が切れ、反射的に地面に突き刺した戦斧を振り上げる。

 そうこれは照れ隠しでもなんでもない。

 ただ目の前の不審者があまりにも無礼なことを言うものだから、氏族の代表として格の違いを分からせるだけだ。


(ちょーっと、斧をかすらせて粗相させてやりますわ!)


 そして感情のままに時速260キロの勢いで戦斧を振り下ろせば、


(馬鹿な⁉ 猪武者家の奥義がこうもあっさりと躱されるですって――⁉)


 もちろんただ驚かせるためだけに手加減していた、ああもあっさり対応されるなんて。


 しかも目の前の不審者はそんなことにも気づいていないのか。

 嬉しげにわたくしと出会えた喜びを語った顔のまま、遅れて空気を切り裂く音が鳴り響き――不思議そうに首を傾げる不審者。

 そして、誰かと話しているかのように謎のフード女が自分の耳元に手を当てると、


「ええっと、この女とあまり関わらない方がいい? ええでも、せっかく知り合えたしいろいろと教えてもらった方が……あーもうー、わかったってば叔父さん! いう通りにするってば」


 そういってメガネから手を離すと、謎の不審者は深々とお辞儀をし、


「それじゃああのクリスちゃん。わたしこれで失礼します。あの、配信活動頑張ってくださいね!」

「あ、ちょっとお待ちなさい! まだこちらが聞きたいこと聞けてませんわ!」


 なんだかこいつは逃がしてはならない。

 わたくしの勘がそう訴え、反射的にフード女の服を掴もうと手を伸ばす。

 しかし寸でのところで、指先が空を切り、彼女の姿が一瞬でいなくなった。

 

「消えた、ですって⁉」

 なんだったんですの! あのメガネ不審者!


 あまりの異常事態に、呆気にとられるわたくし。

 だがそれ以上に、誇り高い血族の娘である自分がどこぞとも知らぬ不審者に助けられたという屈辱感に歯を食いしばり、わたくしはふと不審者の物であろう落とし物を拾い上げる。

 そしてそこに書かれている文字をさっと追うと――


「どこの手の者か知りませんが、この恥辱、必ず倍にして返して差し上げますわ」


 『天宝寺巫女学園入学パンフレット』と書かれた見覚えのある冊子を握りつぶし、世界を守護せし十二氏族の一角。

 『猪武者家』次期当主である若き天才令嬢こと、猪武者クリスティーナは名も知らぬメガネ不審者に復讐を誓うのであった。


―――――

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!


今回の掴みはここまで。

次回は本作の主人公である『メガネ主人公』のお話です。


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