4-9 ナンパ会場

(ねえ、ねえ、サウンドブロック?)

(どうした、ガベル?)


 オークション会場の扉が開き、パドルを手にしたオークション参加者が、会場内に続々と入りはじめた。

 前回のオークションは参加人数が定員に達したが、今回もまた多そうだ。満員御礼。男性の参加者数が圧倒的に多い。


(あれ、なんだと思う?)

(ああ……あれ……なあ)


 ガベルの呆れた声に、サウンドブロックは同じく呆れた声で応える。


 ふたりは身を寄せ合い、入場がはじまったばかりのオークション会場を観察する。


 いつもは前列の二、三列目あたりから席が埋まっていくのだが、今回はなぜか、中心部あたりにひとつの空席があり、その前後左右を埋めていくような具合で、参加者が座っていく。


 いや、座っていない。


 一つの椅子を巡って二、三人の男性が、言い争っている。

 まるで椅子取りゲームのような壮絶な諍いがあちこちで勃発し、この席は自分のものだと口論しているのだ。

 オークションスタッフが仲裁に入るが、ヒートアップしている参加者たちの耳には入らない。


 空いている席に座ろうとする者がいようものなら「ここは『黄金に輝く麗しの女神』様のお席だからあっちに行け!」「いや、『黄金に輝く麗しの女神』様のお席はこちらだ!」と、意味不明な争いが発生する。


 遠巻きにその様子を眺めていた御婦人方が口元を扇で隠し、ヒソヒソと言葉を交わしている。御婦人たちの侮蔑を込めた眼差しが怖い。


(サウンドブロック、こ、怖いよぅ……)

(み、見るな。あれは見るんじゃない。見ちゃいけないものだ!)


 ガベルとサウンドブロックは、演台の上でぶるぶると震え上がる。


 男性陣はベストポジションをめぐって興奮している。殴り合いが始まるのも時間の問題かと思われた。


 一般の会場スタッフではこの騒ぎを鎮火させることができず、会場責任者が参加者たちをなだめにかかる。

 経験豊かな会場責任者は言い争いを仲裁していく。しかし、身体はひとつしかない。複数のいざこざを同時に処理するのは無理だ。


 ベテランオークショニアが会場に現れ、険悪な空気を撒き散らす参加者たちをなだめていく。

 中堅オークショニアやアンダービッターのリーダーも鎮火に駆りだされ、会場対応を手伝っている。


(チュウケンすげ――。あれって、接客か? 情け容赦ないなぁ)

(怖すぎるよ……。チュウケンさんに喧嘩売るバカが、バカすぎて怖すぎるよ)


 チュウケンさんが対応した参加者たちは、ひとこと、ふたこと、チュウケンさんと会話をした後、顔面蒼白で崩れ落ちるように椅子に座っていく。

 全員が全員、ガクガクと痙攣するかのように震えていた。

 泡を吹いて、白目をむいている者もいる。


(あんな状態でオークションに参加できるのかな?)

(無理だろ……。オークションどころか、社会復帰できるかどうかが心配だ)


 チュウケンさんの大活躍で、騒ぎはあっという間にあっさりと収まった。


 壁際に連れて行かれたチュウケンさんが「やりすぎです!」とベテランさんに怒られている。


「オークションをナンパ会場だと勘違いしている輩に、ちょっと正しい現実を教えてやっただけです」


 と、チュウケンさんはケロッとしている。


(ねえ、サウンドブロック……。白目むいて、泡を吹くゲンジツってどんなゲンジツなんだろうね)

(さあ……木製品の俺たちには、知り得ないキビシイゲンジツじゃないか?)


「いやいや、やりすぎですよ。チュウケンくん。もう少し自重してください」

「自重していますよ。ショック死しないように加減していますから」

「いやいや、辛うじて生きていたらいいとか、死ななかったらセーフとか、そういう問題ではないでしょう……」


(チュウケン! 珍しくやる気じゃないか! やっぱ、チュウケンはすげ――ひで――やつだ!)

(やっちゃえ! 遠慮なんかするな! 手加減ゼロで、あんな奴らやっつけちゃえ!)


 ガベルとサウンドブロックが演台の上で、カタカタと跳ね上がってチュウケンさんを応援……けしかける。


「オークションをナンパ会場と勘違いしている輩には、うんざりしていたんです。露払いです。あの黄金のお嬢ちゃんは間違いなくキムス……ゴホン……オコチャマですよ? 世間知らずのオコチャマをあんな、ハイエナが群がっている場所に案内するなんて……俺には耐えられませんね」


 チュウケンさんの主張に、ベテランさんは無言で頷いた。

 確認するまでもなく、チュウケンさんに心をポキっと折られた男性たちは『黄金に輝く麗しの女神』様目当ての参加だろう。


 パドルを手にしたほとんどの男たちがギラギラとした雄の臭いをただよわせている。問答無用の下衆だ。


 前回のオークションで、自分が落札した宝飾品類を女神様に捧げた男性たちも、ひとり残らず参加していたのには、ガベルとサウンドブロックも含む、オークションスタッフ一同全員が驚いていた。


 ザルダーズのオークションでは事前に、次回オークションの出品カタログが発行配布される。

 さらに、オークションの1週間前から前日までは、出品物の下見会……いわゆる『プレビュー』と呼ばれる作品を鑑賞できる機会も開催される。


 それらをとおして、自分たちの『貢ぎ物』が、ひとつの例外もなくオークションに出品されているのを知ったはずなのに、なかなかの根性だ。

 いや、『ひとつの例外もなく』というところで、彼らはまだ『自分たちの本気度を試されている』と勝手に都合よく解釈してしまったようだ。


 いつもは毎回、ファッション感覚で仮面を変える男性たちが、今回は前回と同じ仮面での参戦だ。女神様に覚えてもらおうと必死だ。

 それだけ女神様が美しく、男たちの心を捉えて離さないのだろう。


 女神様の両隣になった男性たちも、ちゃっかり参加している。


 また男性陣が揉め事をおこしている。

 女神様が座られる場所候補がいくつか、ではなく、無数にあって、他の参加者が座ることができないのだ。


 反対側の壁際にいた会場責任者が、身振り手振りでチュウケンさんに対応させろと言っている。

 ベテランさんが大きなため息をつく。


「まあ……前回のように、オークションを荒らされても困りますよ……ね」

「そうでしょう。そうでしょう。まったくもってそのとおりです!」


 楽しそうな顔をしないように、とベテランさんが渋い顔で注意する。


「他のお客様のご迷惑にならないよう、手加減してくださいよ」

「もちろんですよ。他のお客様のご迷惑になる輩を排除するんですからね」


 チュウケンさんは楽しそうに嗤うと、再び、参加者席の中へと入っていった。

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