3 歌をきく
「おふたりは、わたくしと『ご縁』がありますのよ。ですからこうして……木製品だったのに、意思を持って、人のカタチになり、わたくしの夢の中に来ることができるのです」
「はい……」
ガベルは頷く。
ここは、女神様の夢の中なのか……とちょっぴり驚いたが、不思議な現象がたまに発生するザルダーズのオークションハウスに住んでいるモノには、他人の夢に迷い込むなど珍しくもない現象だった。
ただ、なぜ、女神様の夢に迷い込んでしまったのか、女神様のおっしゃる『ご縁』などはよくわからない。
自分よりも先に『形』になったサウンドブロックになら、女神様がなにをおっしゃりたいのかわかるだろう。
言葉の意味はわからずとも、女神様はガベルのことを心から心配し、誠実な対応をしてくださっているということはわかる。
それだけで十分だ。
「わたくしは、わたくしの眷属と、わたくしに庇護を求めてきたモノを邪険に扱うつもりはありません」
女神様の蒼い瞳に強い光が宿る。
嘘偽りのない凛とした女神様のお言葉に、ガベルの鼓動がびくんと跳ね上がった。
「わたくしの力が及ぶ限定された範囲になりますが……。わたくしに庇護を求めてきたガベルさんが『美しき音』を今後も生み出せるよう、お手伝いいたしましょう」
「ありがとうございます! ボクの女神様!」
女神様はゆっくりと首を振る。
「ガベルさんは、願いを叶えるには対価が必要だということは知っていますか?」
「はい!」
それなら知っている!
ガベルの大きな返事に、女神様はにっこりと微笑まれる。
「今すぐガベルさんのお願いを叶えてあげたいところではありますが、願いの内容が強ければ強いほど、捧げなければならない対価が大きくなってしまいます。それは巡り巡って、己の身を滅ぼすこととなります」
「あ…………」
女神様の言葉に、ガベルは恥ずかしそうに顔を伏せる。
自分で努力もせずに、安易に他人を頼ろうとするのは自分の悪いクセだ。
「もちろん、わたくしもそのようなことにはならないよう、注意するつもりではありますが……」
女神様は両手でガベルの頬を包む。
「サウンドブロックさんは日数がかかっても必ず戻ってきますから、それまでひとりでがんばって待つことができますか? サウンドブロックさんが必ず戻って来ると信じることができますか?」
「はい! できます! ボクがんばります。すごく寂しくて、ひとりで寝るのは怖いけど、我慢します!」
「よいお返事ですね。あら? あらあら? ……まあ! なんて、プニプニした可愛らしいホッペなのかしら! お手入れをするヒトがすご腕なのですね! 羨ましいですわ。すごくプニプニしていて……ちょっとこのツヤッツヤは癖になりそうですね。もうちょっと触ってよいかしら?」
女神様はうっとりとしながら、ガベルの頬をびよびよ――んとひっぱったり、ぐにゃ――んと伸ばしたりする。
「あにょ……そにょ……にゃめ……て」
しばらくガベルは女神様にもみくちゃにされる。
「ふふふ。硬かった表情が柔らかくなりましたね。ふふふ」
ぞんぶんにガベルの柔らかホッペを堪能した後、ガベルの女神様は何度か大きく頷く。
「そういえば、カベルさんはわたくしのことを『ボクの女神様』って呼んでくださるのね」
女神様はふふふと笑う。
「え? あ! か、勝手に、女神様って……申し訳ございません! なんとお呼びしたらよろしいのでしょうか?」
あたふたするガベルを、女神様は楽しそうに眺めている。
「ガベルさん、わたくしは別に責めているわけではなくてよ。もちろん、わたくしは女神ではありませんが、授かった呼び名は大切にしたいの。なので、いままでどおりでよろしくてよ」
「ありがとうございます!」
なんて、ボクの女神様は寛大なんだろう、とガベルは感激に身震いする。
「なので……、わたくしも、これからは親しみを込めて、ガベルさんのことは『ガベルちゃん』って呼ぶようにいたしますわ!」
「え? がべるちゃん……?」
「はい。ガベルちゃん、です」
ガベルは口の中で何度も『ガベルちゃん』を繰り返す。
他のヒトから『ガベルちゃん』と呼ばれるのは子ども扱いされているようですごく嫌だが、女神様からそう呼ばれるのは不思議と心地よい響きがあった。
『ガベルちゃん』……もう、うっとりするくらいとてもよい響きだ。
「女神様! ありがとうございます!」
「違いましてよ。ガベルちゃん」
「あ……ボクの女神様! ありがとうございます!」
ガベルの言葉に、ガベルの女神様は「たいへんよくできました」と頷く。
「ぶろーまんすなガベルちゃんにとって、ウンメイノハンリョがいない間は辛く寂しい毎日でしょうが、サウンドブロックさんの執念を信じて待ち続けてくださいね」
「わかりました!」
うんめいのはんりょはよくわからないが、サウンドブロックは必ず自分の元に戻ってくる……と信じなければ! と、ガベルは自身を鼓舞する。
そうだ。サウンドブロックは、叩かれても叩かれても少しもへこまない強い打撃板だった。あれほど頼もしくて、包容力のある打撃板は他にないだろう。
ガベルのサウンドブロックなら、絶対に復活する。
「ガベルちゃん、その調子ですわ! ええと……しんじるぱわーがあいのきせきをうみだす……らしいので、がんばりましょう!」
女神様は拳をグッと握りしめて、ガベルを見つめる。
蒼い目がキラキラしていて、とってもステキだ。
「ガベルちゃんの夜が少しでも穏やかなものとなるよう……歌をうたってもよろしいかしら?」
「歌ですか?」
美しい女神様が、美しい声で歌う歌は、きっと美しいのだろう。
「はい。わたくし、お歌にはすこしばかり自信があるのです。夜にちょっとした気まぐれで歌ったわたくしの歌が、ガベルちゃんの眠る場所に届くだけですから、安心してくださいね」
そう言うと、女神様は目を閉じ、歌をうたいはじめる。
女神様のコトバは……歌のコトバは、古の言語らしく、意味はわからなかった。
だが、とても心が満たされて安らぐ音色だった。
女神様の声に、鳥たちの囀りが重なる。
心地よいメロディーに、ガベルはうとうとしはじめ、眠りの淵に沈んでいった。
こうして、ガベルは『黄金に輝く麗しの女神』様との約束を守り、二十七日と十八時間二十六分の間、サウンドブロックが戻ってくるのをひたすら待ち、寂しさに耐え続けたのであった。
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