2 輝きの場所

 ガベルの目の前に『黄金に輝く麗しの女神』様が立っていた。

 今の女神様は、仮面はつけていない。

 つぶらな蒼色の瞳がじっと、少年の姿になったガベルを見つめている。


(ど、どうしよう! サウンドブロック! ぼ、ボク……ボクの女神様に会っちゃったよ! 生女神様だ! どうしたらいいの! わからない! 助けて!)


 なにか返事をしなければ……とガベルは思うのだが、緊張してしまい、言葉がでてこない。心臓が破裂するのではないか、と思うほどドキドキしてくる。


「あの……あの……」


 言葉が喉の辺りで絡まって、でてこない。呼吸するのも上手くできない。

 ガベルは口をぱくぱくさせる。


 女神様は美しい……とても美しい。

 少年よりは少しだけ年上のようだが、まだまだあどけなく、口元に浮かぶ微笑はとても幼くて甘い。

 抜けるように白く艷やかな肌。小さくて可愛い鼻、ぱっちりとした零れ落ちそうなほどの大きな瞳、ほのかに赤らんでいる頬。


 オークション会場でお見かけしたときは、ドレスを着用し、うっすらと化粧もされていたので、勘違いしてしまったが、ガベルの女神様はまだ幼く、花開く前の蕾のような瑞々しい美貌の……少年のような少女だった。


(サウンドブロック! サウンドブロック! どうしよう! ボクはどうしたらいいの!)


 言葉ではなく、涙がでてしまう。

 女神様に会えてとっても嬉しい。

 だけど、その喜びを一緒に分かち合える相棒がいてこそ、嬉しさは倍増するのだ。

 嬉しいのだが、嬉しくない。

 ガベルの涙は止まらない。


「ガベルさん、そんなに泣かないでくださいな。わたくしまで悲しくなってしまいますわ」


 女神様がそっと手を伸ばし、ガベルの頬に触れる。

 朗らかだった女神様の表情がくもり、悲しみに沈んだものになる。


(やだ! ボクの女神様! そんな悲しそうなお顔をしないで! さっきみたいに笑ってください!)


 女神様の温もりに身震いすると同時に、なぜ、この手がサウンドブロックのものではないのか……ガベルは悲しくなった。


 小鳥たちが騒がしく囀り、励ますかのように、ガベルの周囲を飛び回っている。


「ガベルさんは、どうしてそんなに悲しそうな声で泣いてらっしゃるのかしら? とても悲しいことがあったのですね。可愛いお顔が涙でぐちゃぐちゃになってしまいますよ?」


 女神様の声は優しく、頬に添えられた手は慈しみに溢れている。


「さ、サウンドブロックが……」

「はい?」

「ボクのサウンドブロックが怪我をして……修繕にだされたのに……いつまでたっても……」


 それ以上は言葉が続かず、ガベルはその場に崩れるようにして座り込む。


「それは……とても、寂しいですわね……」


 ガベルの女神様は服が汚れるのもかまわず、しゃがみこみ、泣き崩れるガベルをぎゅっと抱きしめる。


(ふわぁっ! なに、コレ……すごく、いいにおいがする……)


 悲しみにギスギスしていた心が癒やされ、少しだけ気持ちが軽くなる。

 でも、サウンドブロックのいない辛さは拭えない。


 ワンワンという泣き方がシクシクに代わり、グッスン、グッスンとなる頃、女神様はガベルを抱きしめていた手をゆっくりとほどく。


「ガベルさん、大丈夫ですか?」

「はい……」


 女神様の優しい言葉に、ガベルはふるふると首を振る。

 サウンドブロックがいないのに、大丈夫なはずがない。


 ガベルの返事に女神様は少しだけ困ったような表情になる。


「こちらでゆっくりお話をしませんか?」


 泣き止んだガベルを、女神様は大樹の根元へと誘う。

 大樹の幹を背にして地面に座り、ふたりはあらためて言葉を交わす。


「ボクの女神様! どうしよう! ボクのサウンドブロックが戻ってこなかったら! この先、ボクはどうやって生きていったらいいんでしょうか!」


 ガベルの言葉に、女神様は驚いたように目をぱちくりさせるが、すぐに愛らしい微笑を浮かべる。


「大丈夫ですよ。ガベルさんのサウンロブロックさんはちゃんとガベルさんのところに戻ってきますよ」

「ホントウですか?」


 女神様の言葉を疑うわけではないのだが、今のサウンドブロックがどうなっているのかわからない以上、ガベルは不安でしかたがない。

 勝手に涙はでてくるし、夜はさらに寂しくなって、眠れなくなる。


「ええ。ホントウですよ。だって……ガベルさんと、サウンドブロックさんは、びーえるなご関係なのでしょ?」


 にっこりと微笑まれる女神様。


(え……? ビーエルナゴカンケイってなに?)


 聞き慣れない言葉に、ガベルは首を傾げる。


「あら? 違ったかしら? 侍女たちが休憩時間によく話しているのですが……」


 女神様は形のよい眉をひそめ、眉間に手をやり必死になにかを思い出そうと努力していらっしゃる。


「あっ! そうでした。失礼しました。ぶ、ぶろ? ぶろーまんすとかいうのでしたね?」


(サウンドブロック! どうしよう! ブローマンスってなんなの? ボクの女神様が使用している言葉がわからないよぅ)


 とても自信満々な顔をなさっている女神様に「ぶろーまんすとは、なんでしょう?」とは質問できない。

 ガベルはどうしてよいのかわからずに固まってしまう。


「安心してください。おふたりの間にあるぶろーまんすの絆は、そう簡単に途切れるものではありませんよ」


 女神様はガベルの手をそっと握る。


(ふわっ! サウンドブロック! どうしよう! ボク、どうしたらいいの! 女神様のお手……すごく、すごく、柔らかくてすべすべしている!)

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