閑話 彷徨うモノは輝きの場所で歌をきく
1 彷徨うモノ
「サウンドブロックぅ。サウンドブロックぅ。どこ? どこにいるんだよ……」
青年と呼ぶにはまだ幼さが残る少年が、えぐえぐと泣きじゃくりながら、真っ白な空間をトボトボと歩いている。
「ねえ、サウンドブロック! どこだよ! どこにいるの? ボクをひとりにしないで!」
声変わり前の高く澄んだ少年の声が、なにもない空間に響き渡っては消えていく。
小柄で華奢な少年は、溢れでる涙を両手で拭いながら彷徨い歩く。その姿は帰る道を見失ってしまった迷子のように頼りない。
艷やかな血色のよい肌に、幼さが残る口元。ぱっちりとした大きな瞳は愛くるしいが、今は涙で潤んで宝玉のような輝きを放っている。
瞳の色と同じ明るい茶色の髪は少しくせっ毛なのか、ゆるやかなウェーブを描き、襟足部分がくるりんと跳ね返っているのが微笑ましかった。
純白の長袖シャツに、黒いリボンタイ。
膝上丈の黒のパンツを同色のサスペンダーで留めている。白いハイソックスに、ピカピカと輝きを放つ黒の革靴をはいている。
「サウンドブロックぅ……」
少年はずっと泣き続けていた。
大きな声で泣きながら、相棒を探して、右に、左にと進路を変え、フラフラと真っ白な空間を彷徨う。
頼りになる相棒はいないし、ここが何処かもわからない。そんな心細さに耐えきれず、少年はブルブルと震え上がる。
「どこ? ボクひとりじゃ、眠れないよお……サウンドブロック……」
髪と同じ色のつぶらな瞳からは、大粒の涙がぽろぽろと流れ落ちる。
もうこれ以上は歩けないと、疲れ果てた少年はその場にしゃがみ込んだ。
地面に座り、膝を抱えてシクシクと泣き始める。
どれだけの時間を泣き続けただろうか、ふと、少年の耳に美しい歌声が聞こえてきた。
「……ん?」
この世のものとは思えない、とても綺麗で優しい歌に、少年は泣くのをやめ、じっとその歌声に耳を澄ます。
「綺麗なうた……」
遠い、遠い、はるか昔に聞いたような気がする美しい歌声に、少年の心が揺さぶられる。
懐かしさに突き動かされて、少年は鼻をすすりながら真っ白な空間を進んでいった。
なにもない白い空間から、カツカツと地面を歩く靴音が聞こえはじめ、そのうち、サクサクと草を踏みしめる柔らかな音へと変化していく。
それにともなって、真っ白だった世界の色に濃淡が浮かび、景色がぼんやりと形になって見え始める。
無機質な白い世界は、いつしか濃い乳白色の霧となり、少年が歌声を頼りに進めば進むほど、世界を覆っていた霧は薄くなっていく。
「わあっ!」
少年の小さな口から感嘆の叫びがこぼれ落ちる。
いきなり空気がゆらぎ、霧がかき消え、急に視界がひらけた。
気づけば、柔らかい光に満ちた色鮮やかな世界の中に少年は立ち尽くしていた。
優しい光に満ちた青空に、薄っすらと白い雲がかかり、キラキラとした日差しが全身に降り注ぐ。
足元を見れば、色とりどりの野の花が咲き乱れ、はるか遠くの先まで絨毯のように広がっていた。
目の前には見上げるほど大きな木が枝を四方に広げ、天に向かって伸びている。
葉擦れの音に混じって、枝に留まった鳥たちの歌声が聞こえた。
木の近くには澄んだ泉があり、その濁りのない水面には空と大樹が鏡のように映り込んでいる。
「あれ? この場所……」
キョロキョロと周囲を見渡した後、少年は不思議そうに首を傾げる。
「どこかで見たことがあるような……」
記憶の奥底がチクチクと刺激されるような、だけど、どこで見たのかわからないもどかしさにとらわれる場所。
少年は少し悩んだ後、オークションに出品された高名な画家の絵に似ているのか、という結論に達した。
花が咲き乱れた草原の上空を、風がさらさらと渡って、芳醇な花の香りと鳥のさえずりを運ぶ。
泉では水鳥が優雅に浮かび、滑らかに進んでいる。風が吹く度に様々な色の小鳥が空を飛び交い、その様は花びらが舞っているようだった。
光に満ちた美しい場所。
自愛に溢れた温かい場所。
どっしりと大地に根付いている大樹を見上げながら、少年の双眸からはらはらと涙がこぼれ落ちる。
「どうして……どうして……」
この綺麗な景色を見ているのが自分だけなのか。
ひとりは嫌だ。
なぜ、隣にサウンドブロックがいないのか、少年は張り裂けそうになる胸を抑え込みながら、泣きじゃくる。
「まぁまぁまぁ! 小鳥たちが騒いでいるからなにごとかと思ったのだけど……可愛らしいお客様がいらっしゃったのね」
(え……)
一度聞いたら絶対に忘れることなどできない。サヨナキドリのような澄んだ美しい声……。
少年は驚き、顔をあげる。
(う、うそ……)
鳥たちに案内されるようにして姿を現した美しい人物を、少年はまじまじと見つめる。
肩よりも少し長めな金髪は黄金色に輝き、幅広の碧色のリボンを使って、後ろで一つに束ねられている。
たっぷりとフリルのついた純白のシャツは、襟元のデザインがとても優雅で、袖口のレースが素晴らしかった。絢爛豪華な刺繍がほどこされた長めの碧色のコートと同色の膝丈ブリーチに黒のトップブーツを組み合わせている。
襟元にはクラバットが巻かれ、碧色の宝玉がはめ込まれたピンで留められていた。
美しい貴公子。
「こういう場合は、はじめまして……でいいのかしら? ザルダーズのガベルさん?」
小鳥と戯れながら、ガベルの女神様がにっこりと微笑んだ。
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