3-12 わんわん

 翌日、サウンドブロックはザルダーズオーナーとともに、修復師の元を訪れていた。

 サウンドブロックの傷を発見したミナライくんは、荷物持ちとしてオーナーのお供をしている。


(おい! ミナライ! 自分はニモツモチだと思ってるんだろうが、これは、木製品専門の修復師へのカオツナギだってわかってるんだろうな! しっかり、挨拶するんだぞ! コラ! オーナーの後ろに隠れてるんじゃない! 発言は無理だろうが、顔だけでも覚えてもらえ!)


 チマチマとオーナーの後ろをついて回っているミナライくんに喝をいれるのだが、もちろん、その声は届かない。

 ちょっと残念、いや、無念だ。

 己の無力をサウンドブロックは思い知る。


(オーナーも、オーナーだ! ちょっと、それっぽいヒントを言ってやれや! ベテランサンだって、ナニもいわなかったし……。あ! そっか! ミナライの教育担当のチュウケンが説明するのを忘れたんだな!)


 傷口がズキズキ痛むのにもかかわらず、サウンドブロックはプリプリ怒る。


 ミナライくんの消極的な態度にサウンドブロックが怒りを爆発させている間に、オーナーと修復師は打ち合わせを終えてしまっていた。


 サウンドブロックの欠損部分は、ほぼ原型を保ったままの木片を確保できていたので、修復作業自体は簡単だと言われた。

 二、三日もあればできる。

 だが、ほかにも小さな傷やへこみがあると診断された。


 であるならば、よい機会なので、ついでに一緒に修復してもらおう……という流れになる。


 さらに、大きな仕事が複数あり、日数が欲しいと修復師はザルダーズオーナーに願いでる。

 もちろん、ザルダーズオーナーはその条件に異を唱えることはしなかった。


 ただ「来月のオークションに間に合えばよい」とだけ言うと、サウンドブロックを修復師に預けたのである……。


 このときのサウンドブロックはまだ気づいていない。

 オーナーもミナライくんも予想していなかった。


 サウンドブロックの修復に思いの外、日数がかかったということを……。




 それから時間は過ぎて、次のオークションの前日となった。




(ううううっっ。サウンドブロック! サウンドブロック! サウンドブロックだあ――っ! 本物のサウンドブロックだ――! ボクのサウンドブロックだ!)

(おいおい、ガベル……。いい加減に泣き止んだらどうだ?)

(だって、だってぇっ……)


 ザルダーズのオークションハウスで使用されているサウンドブロックはため息をこぼすと、号泣する相棒のガベルをよしよしと慰める。


 あまりにもガベルがわんわんとうるさく泣くので、収納箱がガタガタと揺れて震えている。


(泣くなよ、ガベル……)


 泣き続けている相棒を、サウンドブロックは優しい声であやす。

 自分にすっかり依存しきっている相棒は、なんて可愛らしく、健気なのだろうか。

 こんなに自分を慕って、熱烈に迎えてくれるのならば、二十八日の間、離れ離れになっていたとしても、報われたような気持ちになる。


(ああ……。いいぞ! ガベル! もっと、もっと、オレのためにわんわん泣いてくれ……)


 サウンドブロックは満たされた気持ちにどっぷりとひたりながら、ガベルが泣き止むのを辛抱強く待ち続けた。

 子どものように泣きじゃくって、甘えてくるガベルの姿をうっとりと鑑賞する。


 ザルダーズの創始者に求められてから長い年月が流れた。

 その間、磨かれ、大事に使用され、艶と深みを増した相棒の姿は、芸術品の域に達している。

 相棒よりも美しい木槌など、この世に存在しないだろう。


「……だって、だって! 新しいサウンドブロックに取り替えるっていう話もあったんだっ! オーナーがベテランオークショニアと話しているのを、ボクは聞いたんだよ!」

「へ、へっ――ぇ……」


 ガベルの告白に、サウンドブロックは内心、ものすごく驚いていた。そんな会話がなされていたなんて……すごく傷ついた。古傷が痛んだ……ような気もする。

 まさか、自分が破棄される可能性もあったとは……。それは初耳だ。が、そんな素振りは全く見せない。


「その話を聞いたとき、ボクがどれだけ驚いたか……。もう、毎日、毎日が心配で、心配で……。次のオークションの日が迫ってきても、サウンドブロックは戻ってこないし。もう、二度と会えないかも……って思ってたんだぞ!」

「そ、そうだったんだ……」


 涙声で訴える相棒の真摯な姿を目にすると、顔が自然とにやけてしまう。

 これほど嬉しい告白はない。嬉しくて舞い上がってしまいそうになる。

 サウンドブロックは、飛び跳ねたい衝動を必死に堪える。


 かけがえのない相棒の前では、いつでも沈着冷静。

 相棒を心身ともに支え、いかなる打撃にも耐え抜くとても頼りになる唯一無二の打撃板……というイメージを崩すわけにはいかない。

 大事な相棒のいる前では、つねにクールでいかなる痛みにも屈しない、とても頼もしい唯一無二の打撃板……というイメージを貫かなくてはならない。


 わかりやすくいうと、サウンドブロックは、相棒の前では、世界で一番、カッコいい打撃板でありたいのだ。


「サウンドブロック! な、なんで、そんな他人事みたいなコトを言うんだ! 自分のことなんだぞ! もっと、自分を大事にしろよ! サウンドブロックがいなくなったら……別の奴になったら、俺はどうしたらいいんだ!」

「ちょ……っと、まずは落ち着こうか?」


 ガベルの様子が少しおかしい。

 そういえば、二十八日間もの長い間、互いが離れ離れになったのは、今回が初めてのことだった。


「落ち着く? 落ち着くことなんてできないっ! ボクの相棒はサウンドブロックしかいないのに! サウンドブロックは、ボクが別の打撃板と仕事をしてもいいの? ボクは必要ないんだね? 二十七日と十八時間二十六分もの間、サウンドブロックがいなくて、ボクがどれだけ寂しかったか……」

「えええええっっ! な、な、な、な、なぜ、そんな飛躍した発想になるんだ!」


 しかも、妙に数字が細かい……。


「ガベル! なにを言っているんだ! 俺の相棒はお前だけだよ。他の木槌なんて、全く考えられない。他の木槌に叩かれるくらいなら、暖炉の中に身を投じてやる」

「ほんとうに?」

「本当だ」

「うそじゃない?」

「お前には嘘なんかつかないよ」


 サウンドブロックの真剣な言葉に、ガベルはほっとしたような笑みを浮かべる。


(ああ……なんて、愛らしい微笑みなんだ)


 サウンドブロックは、泣き止んだガベルをうっとりと眺める。


 洗練された無駄のないフォルムは、握ればしっかりと手に馴染むだろう。

 重くもなく、かといって、軽すぎることもない、理想のウェイト

 美しい木目。滑らかな木肌。歳月の経過とともに深みを増した色と艶。泣いたことにより、さらにしっとり感が増している。


 自分を叩くときのガベルの凛々しい姿を想像すると、サウンドブロックの胸はどうしようもなく高鳴る。

 早く! 早く! ガベルに思いっきり叩かれたい。


「もう寝るぞ。明日、いや、もう今日か……。オークションの日だ。前回みたいなコトにならないよう、コンディションはしっかりと整えておかないとな」

「うん。そうだね」


 ガベルはサウンドブロックの言葉に頷くと、ゆっくり身体を動かす。

 その意図を悟ったサウンドブロックもまた、身体をもぞもぞと動かした。


 ガベルとサウンドブロックは収納箱の中でひっそりと身を寄せ合う。


 二十七日と十八時間二十六分ぶりの安らぎだ。

 うとうとと微睡みながらガベルは、明日のオークションのことを考える。


〔明日はボクの女神様はオークションに来てくださるのかな……〕

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