3-11 めっちゃくっちゃ大好き
落札した品物の受け渡しが完了すれば、落札者とのオークションは終了する。そこで縁が切れるのだ。
出品物の追跡は許されていない。
落札者自らが望んで公開しない限り、品物はどこぞの世界の何処かへと消えていく。
そういった運命をたどる出品物がほとんどだ。
(今回も『ストーンボックス』はどこかに消えてしまうんだろうな……)
ガベルがポツリと呟く。
いつもはツンツンと強がっているが、生真面目で優しいところがあるガベルは、驚愕の値段にいちいち驚き、落札された品物の行方をずっと心配している。
自分以外のモノに心を奪われるガベルにいらつくこともあるが、サウンドブロックはそんな優しさを持っているガベルを愛おしいと思っていた。
(ガベル! そんなに心配するなよ。世間の目から消えてしまうだけだ。なにも、廃棄処分されるわけじゃない。しかも、持ち主はあの『黄金に輝く麗しの女神』様だろ? 『ストーンボックス』を正しく使ってくださるんじゃないのか?)
(わかっているよ! ボクの女神様なら、正しく使えるから『ストーンボックス』も欲しかったんだろう……)
そこで一旦、口を閉じると、ガベルは大きく息を吸い込んだ。
モジモジと身体を動かす。
(その……ね)
話すべきか、話さないでおくべきか、心の中で葛藤があるようだ。ガベルはチラリと、サウンドブロックを上目遣いに見上げる。
(…………!)
ガベルの可愛さに打ちのめされ、サウンドブロックの全身にズキズキとした衝撃が駆け巡る。
もう、息をするのも苦しい。
(ボクの女神様を疑うわけじゃないけどね。疑っているわけじゃないよ、ボクは疑っていないからね!)
(はいはい。わかっているよ。ガベルは女神様が大好きだもんな)
(ちがうよ!)
(え?)
(めっちゃくっちゃ大好きなんだよ! そこのところ、サウンドブロックには、間違えないでほしいな!)
(あ? ああ? わかった。ガベルは、女神様をめっちゃくっちゃ大好きなんだよな? わかっているぞ)
色々と面倒くさいな、と思わないでもないが、サウンドブロックは激痛に耐えながらも、ガベルとの話を続ける。
(今日の出品物って、石彫の箱だよね? 石化した箱だよね?)
(そうだけど?)
女神様は、『ストーンボックス』の正体に気づいている。
『ストーンボックス』の中になにが入っているのかも予測しているようだ。
だから女神様は落札したのだ。
石化を解いたうえで、正しい使い方をしてくれる。
確証なんて全くない。
ただのカンだ。
うまく説明できないのだが、今まで多くのオークション参加者を見てきたガベルとサウンドブロックには、それがわかった。理解できたのである。
だから、女神様は『ストーンボックス』も落札したのだ。
(石化が解けて、蓋を開けることができたとしても……そんなにあの箱が高価なものなのかなぁ? 中に入っているモノも……その……ね)
ガベルが言いにくそうに口をつぐむ。
(だとしても……あの落札金額は……)
そう、過大評価だ。
読めない石の本と開かない石の箱、ふたつあわせて60000万Gだ。
(そこまで高価なものじゃないよな。ちょっと、金持ちの道楽にしても、アレは高額すぎるよな)
(だったら、なぜ、あんな額を……)
(う――ん)
ふたりして首をかしげる。
(世間知らずのお嬢様なんだろ? 金銭感覚がちょっとその……おおらかなんじゃないかな? いかにも、大事にされてますっていう雰囲気があったし……)
適当に言った言葉に、ガベルがビクンと、跳ね上がる。
(どうしよう! 大変だ! 純真無垢なボクの女神様が、腹黒オーナーに騙されて、身ぐるみ剥がされでもしちゃったら! ベテランさんの話術にコロッとその気になっちゃって、身ぐるみ剥がされちゃったらどうしよう!)
今にも泣き出しそうなガベル。
ぷるぷるとしている姿がとても愛らしくて、眺めていると傷の痛みも忘れることができそうだ。
いつまでも眺めていたいが、それではガベルが可哀想だ。
後日のお楽しみにとっておくつもりだったとっておきの情報をガベルに教えてやることにする。
(あれ? ガベルは気づいていなかったんだな)
(なにを?)
ガベルは「きょとん」とした顔でサウンドブロックを見上げる。
そうそう、そういう顔だ!
これぞ、保存版だ!
サウンドブロックはしっかりと脳裏に焼き付ける。
(受付でだな『黄金に輝く麗しの女神』様は『ストーンボックス』の受け取り手続きだけをしたんじゃないんだぜ)
(え? まさか……)
(そう、そのまさかだよ)
サウンドブロックが黒い笑みを浮かべる。
そのなんともいえない意地の悪い笑みに、ガベルはふるりと震え上がる。背筋がゾクゾクとした。
(あの『黄金に輝く麗しの女神』様は、今回の自分宛ての『贈り物』を全部、次回のオークションに出品する手続きを行ったんだぜ。ひとつも残さず、全部、売り払うんだって)
(……な、なんて…………思い切りのよい……)
贈られたものをどう使おうかは、受け取った者の自由だ。
だが、それにしても、受け取り拒否どころか、再出品とは……『黄金に輝く麗しの女神』様は、なかなかにエゲツナイことをするものだ。
ただの箱入り娘ではないようだ。
いや、箱入り娘だからこそ、そのようなことを躊躇うことなくできるのかもしれない。
(心配いらないさ。ガベルの女神様は俺たちが思っている以上に、したたかな御方かもしれないぜ)
サウンドブロックの笑みが深くなる。
下心ある男連中の嘆きを想像すると……これはそれで、胸がスカッとする。
ざまあみやがれ……と言いたくなった。
いうなれば『黄金に輝く麗しの女神』様の天罰といったところか。
(オレたちは与えられた使命を理解し、やることをきちんとやればいいだけさ)
(そのとおりだけど……さ)
(案外、その方が、『贈り物』たちも幸せになれるんじゃないか)
アクビを噛み殺しながらガベルの相棒――サウンドブロック――は、カラカラと笑い声をあげる。
長年使われ、高貴な気配を放つ人々と接し、不思議な力を宿した云われのある品々と触れ合った結果、サウンドブロックとガベルもまた意思を持つモノへと変化していた。
このまま順調に歳月を重ねれば、人の形をとることも可能となるだろう。
そのような摩訶不思議なことが、おこりうる場所が、このザルダーズのオークションハウスだ。
どこの世界ともつながり、どこの世界とも異なる不思議な場所。
それが、ザルダーズのオークションハウスだ。
「次のオークションもよろしく頼むからね。サウンドブロック以外の打撃板とはやりたくないからね!」
ガベルが「おやすみ」の挨拶を言ってきた。
「ああ。任せろ。ガベル! それは俺だって同じだ」
サウンドブロックもまた「おやすみ」の挨拶をガベルにする。
ジンジンと痛む傷口が気になるが、二週間もあれば、修繕も終わっているだろう。
時を共に過ごしてきたオークション用の木槌――ガベル――は、返事と共に相棒の打撃板――サウンドブロック――を軽くつつく。
『ストーンボックス』の行方を気にしながら、ふたりは出番となるその日まで、収納箱の中で仲良く眠り続けるのであった。
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