3-10 ワクワク

(驚いたことに、女神様は今回もまた現金を受付でぽーんと払って、その場で落札品を小脇に抱えて帰ったそうだぜ)

(すごいや! さすがはボクの女神様だね!)


 とはいえ、あれだけ目立つことをした話題の上客だ。

 古参のオークション参加者が注目する、話題沸騰中の新規参加者をやり手のオーナーがそのまま帰すはずがない。


 このまま「おやすみ」と言って話を終了させてもよかったのだが、すこしでもガベルに対していいところを見せたいサウンドブロックは、自分が仕入れた情報をガベルに披露する。


 50000万Gという大金を提示して、『ストーンボックス』を落札した『黄金に輝く麗しの女神』様は、オークションが終了すると同時に席をたち、受付へと足早に移動した。


 両隣のオークション参加者が声をかけようと行動する前に、ガベルの女神様は扉の前に到達しており、会場をするりと出ていったのだ。


 一番に商品引き換えの受付に到着したガベルの女神様は、今回もためらうことなく落札料金を大金貨で払ってしまうと、その場で出品物を受け取ったという。


 再度、配送も可能だと告げるオークション職員を彼女は笑顔で振り切り、ガベルの女神様は、『ストーンボックス』をまるで、本物の箱のように手に持って、立ち去った。

 立ち去ろうとした。


 受付スタッフだけでなく、『豹の老教授』様やベテランオークショニアやザルダーズオーナーまでもが受付にかけつけ、口々に声をかけてはガベルの女神様をビュッフェに誘う。


(それで! それで! ボクの女神様はどうなさったの!)


 ワクワクという効果音を背負って、ガベルがサウンドブロックに続きを迫ってくる。

 あまりにも真剣な表情に、サウンドブロックの身体の芯の部分がズキズキと傷みを訴える。


(ねえ! サウンドブロック! 早く、教えてよ!)


 ボディ全体をツヤツヤに輝かせ、キラキラしているガベルにくらりとくる。

 限界を越えた傷みのせいで、気を失いかけたのだろうか。


 サウンドブロックは気持ちを引き締め、気合を入れ直すと、ワクワク、ワクワクと胸踊らせているガベルに、伝え聞いた受付での様子を教える。


 オークション会場の重要人物たちに声をかけられたガベルの女神様は、にっこりと微笑まれたそうである。

 その微笑みに、老練な『豹の老教授』様とベテランオークショニアは、恭しくお辞儀をして道を譲る。


「お誘いありがとうございます。ですが、今日のオークションは終わるのがとても遅かったでしょ?」

「はい。みなが『黄金に輝く麗しの女神』様の美しさに酔いしれた故のことでございます」


 最後の砦――白髪のザルダーズオーナー――が柔和な笑みを浮かべながら、恭しくお辞儀をする。

 他の者が行えなかった――さり気なく、『黄金に輝く麗しの女神』様の進路上に立ちふさがり、出口への動きを阻む――という大胆なことを実行する。


「申し訳ございません。わたくしには門限がございますの。しかも、わたくしが無断外出しているのが、口うるさい家人に知られてしまったの。困ったことに、早く帰らないと、わたくし怒られてしまいますわ」

「家人に……でございますか?」

「いいえ。わたくしの後見人の『お兄さま』に怒られてしまうのよ。わたくしだって、もっと色々と遊んでみたいお年頃なのに……『お兄さま』ったら、外出したり、見知らぬ殿方とお話しただけで、目を吊り上げて怒ってしまわれますのよ」


 片手を頬に添え、『黄金に輝く麗しの女神』様は心底、困ったような声で呟く。


「わたくし、馬車がカボチャに戻ってしまうまでには、屋敷に戻っておきたいのです」

「左様でございましたか。お急ぎのところ、お引き止めいたしまして、誠に申し訳ございません」


 ザルダーズオーナーは再び、深く腰を折る。

 あのようなウルッとした目と声で懇願されれば、ザルダーズオーナーとしては引き下がるしかない。


 どうやらこの『黄金に輝く麗しの女神』様は箱入り娘のようだ。

 しかも、かなり高貴な生まれの方だと、物陰からコトの成り行きを静かに見守っていたオークション参加者たちは判断した。


 仮面を被っている間は、互いの身分、素性は詮索しない……というのがザルダーズのルールだ。

 それを破れば、二度とザルダーズオークションには参加できなくなる。


「また、次回がございましたら、今度はその『お兄さま』とご一緒に起こし下さい」

「まあ。それも、面白いかもしれないですわね。わたくしの『お兄さま』はあまりこのようなことにはご興味がないのですが……。次は『お兄さま』にも声をかけてみますわね」

「よろしくお願いいたします」


 そう答えると、ザルダーズオーナーはすっと身体を横にずらす。


「お気をつけてお帰りください」


 ザルダーズオーナーの選択に満足したかのように小さく頷くと、『黄金に輝く麗しの女神』様は「では、ごきげんよう」……と言葉を残し、出口へと向かっていく。


 ドアマンが無言で恭しく扉を開ける。

 このようにして『黄金に輝く麗しの女神』はオークションハウスを退出したのだた。


(え――! カッコいい! なんて、カッコいいんだ! ボクの女神様! とってもステキ!)


 サウンドブロックの情報に、身体を震わせ大喜びするガベル。


(すごいや! サウンドブロックは、ボクが知らない色んなコトを知っているんだね!)


 カッツン!


 と音がでるほど勢いよくぶつかってくる。

 よほど嬉しかったのか、全身でガベルがサウンドブロックにぶつかってくる。


〔いいいいいいいっ! いった――い!〕


 全身を駆け巡る今日、一番の激痛。

 もう少しで叫び声をあげそうになった。

 あぶない。あぶない。


 もう、こうなったら意地だ。

 打撃板のプライドをかけた、オトコとしての闘いである。


 絶対に、この悶えるような傷みをガベルには……ガベルだけには悟られまい、とサウンドブロックは心に誓った。

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