3-4 グダグダ
「なんて美しい……」
「月も霞む美しさだ」
「太陽のように光り輝いているではないか……」
「まさしく、天上から舞い降りた女神だ!」
参加者はヒソヒソと女神様を褒め称える。
と同時に、『黄金に輝く美青年』様の参加がなかったことに落胆する。
ザルダーズのオークションに参加する者たちは、性別種族関係なく美しいものを愛し、愛でる傾向にある。
美しいものは美しい!
美しいは正義!
美しいものには惜しみない賞賛と、正しい評価を!
それがザルダーズのオークションに参加する者たちの暗黙のルールだ。
女神様は、最高級の銀白狼の毛皮をゆったりとまとい、そよ風が舞うような所作で、案内された椅子に座った。
両隣の参加者がこの幸運に色めき立ったのは言うまでもない。
また、一部の参加者から、女神様の両隣となった者に殺気が放たれる。
その動揺が波紋のように周囲に広がってゆき、オークションハウス内が異様な興奮とざわめきに包まれる。
それを鎮めるのがオークショニアと、ガベル、サウンドブロックの役目だ。
しかし、前半の進行を務める若いオークショニアは、参加者と一緒になって女神様の姿に心を奪われ、放心状態になっていた。
女神様は、前回と同じ鳥をモチーフとした仮面をつけていた。
オークションの受付で販売されている公式の仮面である。
実は、前回のオークション後、そして、今回のオークション前、『黄金に輝く美青年』様と『黄金に輝く麗しの女神』様が身につけていたザルダーズの仮面は、即座に売り切れてしまったのである。
自分が身につけるのではなく、鑑賞するために購入したらしい。
金持ちの考えることはよくわからないな……と、ガベルとサウンドブロックは呆れ返ったものである。
今回、女神様が新たな仮面をつけていたら、またその仮面が完売しただろうが、爆買い現象は起こりそうにもない。支配人はさぞかし残念がっただろう。
あのやり手のオーナーなら、この失敗を教訓に、次は女神様に新しいデザインの鳥仮面を贈ると予測できた。
ザルダーズのオークションは慈善事業が発端となっているので、今でも収益の一部は社会支援にあてられている。
ぼったくり金額が設定されている仮面も、参加者から寄付金を集める意味ではじめられたことだ。
なので、この現象――金を溜め込んでいるところから、金が少ないところに移動する傾向――は大いに歓迎すべきことだ。
彼女はまさに、地上に降臨したこの世を救う『女神』だった。
『黄金に輝く麗しの女神』様は、金糸と銀糸の刺繍がほどこされた絹の扇で口元を隠し、オークションを眺めるだけ。
一言も発せず、視線は舞台を見据えたまま、ぴくりとも動かない。
女神様はなにもしていない。
女神様は一切、悪くない。
なのに、女神様に心を奪われた参加者たちは集中力を失ってしまった。オークションはいつものペースを崩し、グダグダになってしまった。
悪い意味でザルダーズの歴史に残るほどに、オークションは荒れに荒れまくった。
少しでも女神様によいところをみせようと、男性陣が競い合ってしみったれた金額で入札していく。
本日最初の装飾品――碧色の宝玉を散りばめた髪飾り――を落札した若者は、落札決定直後、席から立ち上がると、
「あなたの美しさにはとうてい及びませんが、この髪飾りを『黄金に輝く麗しの女神』様に捧げます!」
とかわけのわからないことを言い出したものだから、さらに会場の男性陣は意味不明なやる気に目覚めてしまったのである。
全てにおいて経験が足りない若手オークショニアは、欲望まっしぐらな男性陣をやりすごす余裕は持ち合わせていない。
何度も、何度もガベルでサウンドブロックを叩いては、会場内を落ち着かせようとした。
だが、必要以上にガベルを叩けば、うるさいだけの無意味な騒音になってしまう。
思うように進行しないというワカテくんの焦りが参加者にも伝播してしまい、オークションはさらに混乱し迷走する。
たったひとりの参加者のせいで、会場はどうしよもなく色めき立っていた。
それをコントロールするはずのオークショニアはグダグダで、事態を収拾させるどころか、逆に参加者を煽っている。
このままではまずいと判断したオーナーは、前半のなかばあたりで、消耗しきった若手オークショニアから中堅オークショニアへと交代させた。
ワカテくんが担当するはずだった出品物のデータを再確認すると、チュウケンさんは不気味なくらい爽やかな笑みをはりつけて、オークションを引き継ぐ。
オークショニアたちは、自分の担当外の品物のデータも頭の中に叩き込んでいる。
なので、めったにはないが、突然の担当変更にも慣れている。その訓練も行っている。
また、側に控えているアンダービッターと呼ばれる補助スタッフが、必要な情報をオークショニアに囁くので、不安に震える必要はない。
突然のアクシデントにも慌てず、狼狽えず、中継ぎとして己の役割を十分に理解している中堅オークショニアは、問題なくワカテくんが担当するはずだった出品物をさばいていく。
だが、会場がこのように荒れている状態では、入札額が小刻みになり、序盤から長考が続くという、じりじりとした展開になっていた。
チュウケンさんは、焦りを巧みに隠して、オークションのペースを持ち直そうと懸命に努力する。
ワカテくんと違い、チュウケンさんは会場の雰囲気に飲まれることなく、オークショニアとしてよくがんばった。
ガベルとサウンドブロックも懸命に働き、チュウケンさんをサポートした。
ちょっと、過重労働じゃない? と思ってしまうほど、チュウケンさんはガベルを打った。
チュウケンさんにしてみれば、「生意気な新人には負けられない」という意地もあるだろうし、ゆくゆくは己がトリを務めるという意気込みもある。
自分がいかに優秀なオークショニアであるのかを証明する、絶好のチャンスが到来したともいえるだろう。
その気持にガベルが応える。
いや、『ボクの女神様』にボクが大活躍している姿を見てもらうんだ――! と、ものすごくはりきっていた。
騒ぎの元凶『黄金に輝く麗しの女神』様が会場にいつづける限り、この乱れた空気は乱れたままだろうが、チュウケンさんは辛抱強くロットをさばき続け、粘り強く奮闘した。
チュウケンさんはワカテくんの大失態を巻き返し、なんとかオークションを終盤へと導く。
そして、トリを飾るベテランオークショニアも、繰り上がっての登場となり、チュウケンさんの努力をよどみなく引き継いだ。
チュウケンさんとベテランさんの努力によって、オークションはプログラムをこなすことができた。
ただし、厳粛で厳格さがウリのザルダーズのオークションとは程遠い展開だ。
それでもベテランオークショニアが、出品物をひとつ、ひとつ、さばいていくたびに、会場のうわついた空気が、沈黙と緊迫に支配された重々しいものへと変化していく。
ベテランさんの巧みな進行が、グダグダオークションから、本来の『ザルダーズのオークション』らしいオークションに軌道修正されていく。
ガベルとサウンドブロックは、いつも以上に働いた。
ベテランさんは開始と終了時にしかガベルを手にしないのだが、今回はたびたびガベルを叩いている。
だが、それも本日最後の品『ストーンボックス』の登場によって、ようやく終わりを迎えようとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます