3-3 ツンツン

(サウンドブロック、どうしちゃったのさ! 元気がないよ?)


 ガベルがサウンドブロックにぴとっとくっついてくる。


(いや! 大丈夫! たった今、元気になった! めちゃくちゃ元気だ!)

(変なサウンドブロック……)


 ガベルがじっとサウンドブロックをじっと見つめてくる。

 もう、それだけで、どんな高級蜜蝋よりも相棒が好きで好きでたまらないサウンドブロックは、ふわふわと舞い上がってしまう。


(今日のオークションは荒れているね……ベテランさん、大丈夫かな?)


 ちょっと、視線を合わせる時間が少ない! もうちょっとだけでいいから、俺のことを心配してくれ! ……と言いたいところだが、今は仕事中だ。


 ツンツンしているから誤解しやすいが、ガベルはとても真面目な木槌だ。

 彼ほど真面目で心優しい木槌はないと、サウンドブロックは知っている。

 自分の仕事に全力で挑み、出品物が大事にしてもらえる人の手に渡ることを常に願っている……とっても心配性で良い子ちゃんなのだ。


 だが、それを口にするとガベルは、アイアンハンマーも驚くくらいガッチガッチに固まってしまうので、そのことは心の中だけに留めておく。

 まあ、今日は「女神様のために!」って、今までにはない切り口で頑張っているが、キリリと木目を引き締め、はりきるガベルの姿は至宝級だ。

 こういうカッコいいガベルも素晴らしい。


(ガベルはちょっとヘンでも、やっぱりガベルだな……)

(なに? それ、どういう意味?)


 トゲのある攻撃的な言葉が返ってきたが、それでいい。いや、それがいい、と思うサウンドブロックである。


(……ベテランさん、まだ沈黙したままだね)


 いきなり自分を無視して話を切り替えるのもガベルらしい。


(会場が落ち着くまで、ベテランサンは待っているんだろうな)


 サウンドブロックはちらりと演台の天板に視線を走らせる。


 ベテランは演台に右手を置いており……右の人差し指が「トン、トン、トン」と、小さく、一定のリズムを刻んでいる。


 これは、ベテランサンが困っているときにする癖だ。久しぶりに見た。とサウンドブロックは驚く。

 ベテランサンは、ちょっとやそっとのトラブルでは動じない。

 様々な難局を優雅に乗り越えてきたベテランサンが、今の状況に困っている!

 どうしようかと思案している!


 ガベルはそれに気づき、ベテランオークショニアを心配しているのだろう。


(……会場内の私語が多くない? このままじゃあ、いつまでたっても静かにならないよ! ベテランさん、サッサとボクたちを使って、参加者をビシッと黙らせたらいいのに!)


 隣人にしか聞こえない声での会話も、この会場の支配者でもあるガベルとサウンドブロックの耳は、ひとつも漏らさずしっかりと捕らえている。

 内容がわかるので、参加者たちのヒソヒソ声はなかなか終わりそうにもないな、とガベルとサウンドブロックはため息をつく。


(今日は、俺たちの出番がとても多かったからな。もう、俺たちを使っても、あまり効果がないんじゃないか)

(そんなことないよ! ボクもサウンドブロックも、まだいい音が出せるじゃないか!)

(オークション参加者が音に慣れてしまったから仕方がないさ)


 サウンドブロックのもっともな指摘に、ガベルは沈黙する。


 今日のオークションは最初から今の、今まで静かなざわめきに支配されていた。

 みながみな浮足立って、会場は雑音に満ち、人々は心ここにあらずといった風で、いまひとつオークションに集中できないでいた。


 歴史と品格のあるザルダーズのオークションが、百戦錬磨のベテランオークショニアを困惑させるほどざわめくのも珍しいことだった。


 それもこれも、原因は……先月のオークションで『ストーンブック』を落札した『黄金に輝く麗しの女神』様が今回のオークションに参加し、逆に『黄金に輝く麗しの女神』様と落札を争った『黄金に輝く美青年』様は、会場に姿を現さなかったことによるものだった。


 『黄金に輝く麗しの女神』様は、オークション開始直前に、会場の扉が閉じようとするその瞬間に姿を現した。


 狭くなっていく扉の隙間から、『黄金に輝く麗しの女神』様は、するりとすべりこむように、オークション会場に登場した。


 その貴婦人らしからぬ登場方法に、ガベルとサウンドブロックは大いに驚いた。

 さらに、ガベルは「ボクの女神様だ! ボクの女神様がボクに会いにきてくださったんだ!」と大興奮だった。


 『黄金に輝く麗しの女神』様ご本人は、できるだけ目立たないように振る舞うつもりでいたようだ。


 だが、空いている席を見つけることができずに扉付近で狼狽えているところを、女神様は参加者とスタッフに見つかってしまったのである。


 オークション参加者たちの口から一斉に熱い吐息がこぼれ落ちる。

 彼女目当てで参加した者もいたくらいだ。


 なので、会場はほぼ満席状態。前回の感覚で参加した女神様は、空席がほぼない状態に、さぞかしとまどったことだろう。


 仮面を被って容姿はよくわからないというのに、だれもがみな、女神様の輝きを放つお姿を美しいと感じていた。

 胸を抑えて苦しそうにする青年が何人も出現する。


 ベテランオークショニアが『黄金に輝く麗しの女神』様と称したのは、誇張でも虚構でもなく、真実であると参加者は確信していた。


 壁際に控える会場スタッフの案内で、開始ギリギリの参加となった女神様は、会場の中央近くにある空き席へと案内された。


 他にも空き席はあったのだが、その中でも一番、見通しのよい目立つ場所に、会場担当の責任者は女神様を導いたのである。


 女神様が移動する間、席についていた参加者たちの心が、ひとつにまとまり、利害が奇跡的に一致する。


 一分でも一秒でも長く『黄金に輝く麗しの女神』様を鑑賞するため、貴人たちはじっと息を殺し、まばたきもせずに、オークションスタッフの案内に従って会場を移動する女神様の麗しい姿を追っていた。


 肌の露出が少ない碧色のドレスは、前回と微妙にデザインが違う。しかし、色は同じだ。この色が好きなのだろう。

 髪型と髪飾りは違っていたが、輝くような黄金色の金髪は、前回と同じくまばゆい光を放っていた。


 服が輝いているのか、髪が輝いているのか、それとも、女神様自身が輝きを放っているのかはわからない。


 会場責任者も心得たもので、わざとゆっくりとした足取りで歩き、参加者たちに『黄金に輝く麗しの女神』様をじっくり堪能する時間を提供する。


 なぜならば、参加者の『欲しい』を瞬時に汲み取り、即時に『提供』するのも老舗のザルダーズならではのサービスだからだ。

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