3-2 ピッカピッカのツヤッツヤ

(もうっ……!)


 ガベルはぷくっと頬を膨らませ、イライラと身体を小刻みに揺らせた。


(おい、どうした相棒? ご機嫌ナナメだな?)


 パートナーであるサウンドブロックがガベルに小声で語りかける。

 緊張しているのなら、バディとして、しっかりとサポートしてやらないといけない。と、サウンドブロックは思った。


(ちょ、ちょっと! どうして、サウンドブロックはそんなに落ち着いていられるのさっ! ひどいよ! 薄情モノ! 木製品のぬくもりの欠片もないヤツだな! 見損なったよ!)

(え? えええええっ!)


 予想外のダメ出し連続にサウンドブロックもまたガタンと、大きく震え上がる。


(な、なにがだよ!)

(だって! だって! ボクの女神様が全くコールされないんだよ! ひとことも喋ってくださらないんだよ! 大事件だ! きっと、このダメダメオークションに呆れ果ててしまったんだ! なんて……お気の毒な女神様!)

(えっ……えええええっ!)


 ガベルはプリプリしながら、会場を睨みつける。

 どういうことだ! ガベルの言葉はわかるのだが、意味が全くわからない。発想が飛躍しすぎていて理解できない。


 どうして、ガベルの所有物らしい、女神様がお気の毒なのか……出自不明な美術品よりも謎すぎる。

 というか、ガベル本人は自分がナニを言っているのか、ちゃんと理解できているのだろうか……。それが心配だ。


 驚きすぎたサウンドブロックは、大きく身震いしてしまい、所定の位置から少しばかりずれてしまう。


(ガベル……水にでも濡れたのか? そうだろ? そうにちがいない! 水濡れダメージだな? 俺が知らない間に、水濡れ被害にあったんだな? ちゃんとミナライに拭いてもらえてないのか?)

(なに? サウンドブロックどうしたの? なに、寝ぼけたことを言ってるのさ! 健気に頑張っているミナライくんの仕事にダメだしするつもり? それって、ちょっと、ひどくない? 無価値な私語は慎んでよ! 変なコト口走って、女神様のオークションを台無しにしないで!)

(……おかしい! 俺のガベルがおかしいぃぃぃっ!)


 変なコトを口走っているのは自分ではなく、ガベルの方だ……と言いたいところだが、それでさらにガベルの怒りに火をつけてもいけない。

 木製品はよく燃えるのだ。取り扱いには気をつけないといけない。


 ここ最近、というか、はっきり言おう。

 先月のオークションがあった日から、どうもガベルの様子が変だ。


 収納箱の中でフンフンと鼻歌をうたって上機嫌だと思ったら、いきなり大きなため息をついたり……。ぼーっとしている日も多い。かと思えば、ニヤニヤと笑ったり。

 心配して声をかけたら、ものすごく怒られて……。だったら、希望通りそっとしておいてやろうと静かにしていたら「ボクをひとりきりにしないでよ!」とか言って、怒りながら身体をぶつけて甘えてくるのだ。


 冷たく突き放された後の、あの濃密なベタベタぶりが、もう癖になりそうで……。

 サウンドブロックは、とても充実したひと月を過ごした。

 もっと、もっと、痛いくらいに突き放してくれた方が、反動で身体にビンビン震えが走ってとても気持ちがよいのだが……今日のガベルはちょっと突き放しが強すぎる。いつもの手加減が、今日はなぜか微妙に少ない。


 なのに、なのに……。

 ガベルが可愛い……。

 可愛くて、可愛くてたまらない。

 いつもの十割増しで可愛いのだ!


 コロコロとカレイドスコープ(万華鏡)のように表情が変わるガベルは、見ていて飽きない。なににも増して尊い表情をしていた。全ての表情がキラキラと眩しく、全ての表情が永久保存版だ。


 ザルダーズが懇意にしている凄腕の絵師に依頼して、ガベルの生き生きとした姿をあますことなく克明に記録して欲しいと、サウンドブロックは思ったくらいである。


 それもそのはず、若手オークショニアが手入れを担当していたときは、オークションがあった日しかボディを磨いてくれなかったのだが、今度の担当者――見習いオークショニア――は、二、三日に一回はガベルとサウンドブロックを磨いてくれるのだ。

 しかも、蜜蝋をおしげもなく、たっぷりと使ってくれ、時間をかけて丁寧に、それはもう丁寧に、磨き上げてくれていた。


 だから、ガベルもサウンドブロックもピッカピッカのツヤッツヤだ!


 この変化、誰も気づいてくれないだろう……と思ったのだが、ベテランサンだけは、ピッカピッカのツヤッツヤなガベルとサウンドブロックを見て「おやおや。これは……またまた。オトコマエになってますねぇ」って、びっくりしていた。


 ミナライはワカテと違って、とてもイイやつだった。出品物だけでなく、ザルダーズの備品にも丁寧に接してくれる。

 すばらしく優秀な雑用担当者だ。

 ただし、ボティを拭いているときに、仕事の愚痴を話さなければ……という条件がつくが。


 ようは、年若いミナライのヒヨッコは、二、三日に一回はなにかしら仕事で失敗をし、なぜ失敗してしまったのかとか、誰それに迷惑をかけてしまっただのとか、こうすればよかっただの。次こそはがんばらないといけない……などをぐちぐち、ネチネチと、ガベルとサウンドブロックを磨きながら呟いていたのである。


 自分には冷たいガベルが、なぜかミナライには好意的で、聞こえもしないのに「それは、大変だったんだね」とか「ミナライくんなら大丈夫! 次は失敗しないよ!」とか「負けないで!」とか……自分には決して使われることがない単語を惜しげもなく、ミナライ相手に使っているのだ!


 なんとも羨ましすぎる!


 ガベルの美しいボディをピッカピッカのツヤッツヤにしてくれるミナライには大恩があるので、悪く言うつもりはなかったのに……。サウンドブロックは微妙な気持ちになる。


 まだオークション中なのに、気持ちがしおしおとしぼんでいくのが自分でもよくわかった。

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