3-5 オシオシ

 百戦錬磨のベテランさんも珍しく手こずった本日のグダグダオークション。


 参加者の興味がすぐに別のところに移り、競売に対する熱量が冷えてしまった。

 装飾品類の人気は高かったが、入札額の伸びはすこぶる悪いのに、ハンマープライス(落札金額)が決まるまでの時間がかかりすぎる。


 ベテランさんとオーナーは途中から、入札見込みのない出品物や次回以降の出品になってもかまわない品をピックアップすると、思い切ってロットの間引きをはじめた。

 このような日に、無理して競りにかけてもよい結果はでないというオーナー判断である。


 どのような事情であれ、事前公開していた出品物を取り下げては、ザルダーズの成約率評価はさがってしまう。

 だが、参加者の購入意欲が散漫になっているときに強引に競売にかけて、下手に安い値がついたり、落札されなければ、その品の評価自体が下がってしまう。

 オーナーはザルダーズではなく、出品物と出品者を守るという選択をしたのだ。


 そうして、当初の予定よりは三割ほどロットを減らしたことで、時間の遅れを取り戻すことに成功した。


 最初から反応が鈍いだろうと予測されていた出品物がなくなった結果、オークションのテンポがよくなる。、

 ベテランさんはじわじわと会場の支配権を取り戻し、最後の出品物である『ストーンボックス』の競りとなった頃には、なんとか場の雰囲気を持ち直すことに成功していた。

 

「……ご覧の通り、見た目はリアルな箱!」


(うん! そうだよね。リアルな箱だよね! 元々は箱だもんね!)


 ガベルがクスクスと笑う。


「……しかも、見事な細工がほどこされた箱でございますが、モノは石彫でございます。よって、残念ながらフタを開けることはできません」


(石の箱だもんな! 蓋が開くはずもないよな!)


 サウンドブロックがニヤニヤ笑う。


 鑑定士たちの鑑定結果は『石彫』だ。

 まあ、この時代のニンゲンなら、それが限界だ。古代遺品の仕組みは謎につつまれており、ほとんどが解明されていないからだ。

 本当は『本物の箱が石化したもの』であるから、リアルな箱に決まっている。


 見た目は平然を装いながら、ベテランサンは『ストーンボックス』のアピールを続ける。


(さあて……開かない箱は、誰の手に落ちるのかなぁ?)


 サウンドブロックは、誰にも悟られないよう、意地の悪い笑みを口元に浮かべる。

 心をはずませながら、サウンドブロックは満席状態となっている参加者席をぐるりと見渡した。


 オークショニアの口上と、自分たちの干渉によって、振り回される無知で愚かな仮面を被った参加者たちが椅子に座っている。


 今日は大変だった。

 自分も疲れたが、酷使されたガベルはさぞかし疲れているだろう。


 だが、この落ち着きのない、スタッフも参加者も浮足立って、踊りまくっている滑稽なオークションを、サウンドブロックはとても楽しんでいた。


 ガベルに「もう! ボクの女神様が見ているんだから、もっと集中してよね!」とたまに怒られたりもしたが、ガベルが怒れば怒るほど、サウンドブロックの気持ちは昂ぶっていく。


 最初はガベルの言っている意味がわからず困惑していたサウンドブロック。

 だが、これは昔、美貌の凄腕オークショニアが活躍していた頃の御婦人方の反応と同じだ……ということに気づいてからは、ガベルのこの態度は健気で、微笑ましいものに思えてきた。


 そう!

 ガベルにとって女神様は、オシオシの『あいどる』なのだ!

 たしか当時のスタッフが御婦人たちのことを……『オシカツ』とか言っていた。

 『あいどる』は遠くから拝むものであって、決して『あいどる』のぷらいべーとに踏み込んではならないとも。


 御婦人方は『ふぁんくらぶ』なる秘密結社を結成し、一致団結して美貌のオークショニアを全身全霊をかけて応援し、彼の業務を邪魔する存在を、あらゆる方面から、あらゆる手段を講じて排除していったのである。

 異世界を震撼させ、経済界にも多大なる影響というか、ダメージを与えた『ふぁんくらぶ』は、スゴウデさんの伝説とともに、ひっそりとザルダーズで語り継がれている。


 できれば、全身全霊をかけて応援する対象は女神様でなく、自分であってほしいのだが、その『オシカツ』には厳しいオキテというものがあって『ヌケガケキンシ』と御婦人方はよく口にされていた。


 なので、ガベルにとって女神様が『あいどる』である限り、『ヌケガケキンシ』の厳しい命がけなオキテが適応される……はずだ。


 そのときの御婦人方のキラキラした瞳と、ガベルのキラキラ具合が完全に一致したのだ。


 まちがいない!

 ガベルの女神様は、ガベルのオシオシの『あいどる』なのだ!


 女神様は遠くから拝む存在。

 だが、バディである自分は、最も身近な存在なのだ!

 負けてない!

 絶対に負けてない!


 バディであるサウンドブロックがすることはただひとつ。


 ガベルの『オシカツ』を理解し、『オシカツ』が成功するようにサポートすることだ。

 自分の度量の大きさをガベルにアピールする絶好のチャンスともいえた。

 御婦人方の御主人もそのようなことをなさっていた。


 謎が解けてしまえば、どうってことはない。


 ガベルの当たりがちょっと、キツめになっているのも『オシカツ』パワー効果というものだろう。


 その事実を真正面から受け止め、全てを受け入れ、応援する。

 それが度量の大きい相棒としてのあるべき姿勢だ!


 ……と、ひとりで盛り上がっているサウンドブロックを、ガベルは「今日のサウンドブロックは変だな」といった冷えた目で眺めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る