1-2 サウンドブロック
まあ、確かに、よい品物と出会ったときに『一目惚れした』と言って購入する場合もあるにはある。
だとしても……。
ガベルが……ガベルが……どうしようもなく変だ。
夢見るような乙女の顔でうっとりとしていたと思ったら、いきなり般若のごとく怒りだす。
その情緒の激変にサウンドブロックはついていけないでいた。
(どうして、こんな素晴らしくて尊い羽根を、ワカテくんに任せちゃうんだよ。サウンドブロックもそう思うよね? これは、間違いなくベテランさんの領分だよ。オークション最後の出品物のオオトリだよ! なのに、前座なんて! 信じられない! みんなどうしちゃったのさ!)
(いや、どうかしちゃってるのはガベルの方だろ! 鳥の羽根だからって、なんで、ベテランサンが担当のオオトリ扱いになるんだよ! タダの羽根だぞ!)
サウンドブロックの言葉に、ガベルから表情が抜け落ちる。
(え? な、なんで?)
ものすごく冷たい目で睨まれる。
その冷徹な眼差しに「どっくん!」とサウンドブロックの心臓が飛び跳ねる。
そこらの木屑を見るような冷たく突き放すような視線に、サウンドブロックの背筋がゾクゾクしてきた。
(なに? 洒落でも言っているつもりなの? 鳥の羽根だからオオトリって……酷いよ! ボクはこんなに真剣なのに! あきれた。サウンドブロック……って、サイテー)
サイテー、サイテー、サイテー……。
ガベルの冷淡な声がリフレインする。
(う、嘘だ。なんで!)
それは拒絶。
それは侮蔑。
それは……激しい刃のごとく、深々とサウンドブロックの心に突き刺さった。
ぐさっという効果音とともに、身体が真っ二つに割れてしまうのではないか……と思ってしまうほどの攻撃力だ。
(きょ、きょ、今日のガベルはいつも以上に冷たいぜ……)
まあ、ガベルは昔からちょっと素直じゃないところが……そこがまた可愛くてたまらないのだが……いつもツンツンしていて、冷たい。
でも、十回いや、二十回に一回くらいは、優しい言葉をかけてくれる。
それに、冷たい言葉の奥底には、ガベルの深い愛がこっそりと隠されており、冷たければ冷たいほど、サウンドブロックの心は激しく燃え上がるのだ。
そう、ガベルは間違いなく、ツンデレキャラだ。
なのに、今日のガベルは冷淡だった。
裏も表もなく、純度ヒャクパーセントのツンツンキャラだ。
目の前が真っ暗になったサウンドブロックに、容赦ないガベルの罵倒が降り注ぐ。
(あの羽根の素晴らしさがわからないなんて、信じられない! それでも、サウンドブロックはザルダーズのスタッフなの? こんなダメダメなヤツだったなんて……がっかりだよ。ああ、ボクってば、なんで、こんなヤツと組んで仕事なんかしてたんだろ! 嫌になっちゃうよ)
(え? え? ちょっと、なんで? なんで、嫌になっちゃうの? ガベル! 俺たち長年連れ添った相棒だろ! 心を許し合うパートナーだろ! なのに、なんで、あんな羽根ごときの扱いで怒るんだ?)
ガベルの厳しいダメ出しに、サウンドブロックが慌てふためく。
「……鑑定の結果、こちらの羽根には……魔力はないと判明しました。不思議な力など全くない普通の羽根。ですが……夜会に身にまとえば……」
(え――! この尊い羽根をアクセサリーの部品扱いにするかな! なんで! これは、家宝にして飾っておくべきものなのに!)
ガベルは猛然と抗議する。
(カホウ……。あの羽根を家宝にするって!)
今日ほどサウンドブロックは、ガベルを遠い存在と思ったことはない。
互いを信頼しあい、補いあい、今日の今日まで上手くやってきたのに。
なぜ、ガベルがあの羽根に固執するのか……サウンドブロックには全くわからない。
(ドウシテコンナコトニナッチャッタンダ)
(ちょっと、サウンドブロック! ぼーっとしないでよ。ボクたちの出番だよっ!)
(あ、わ、わるい!)
(もう、しっかりしてよね! 集中してよ!)
ガベルの叱咤が飛んでくる。
(ボクたちがいないと、オークションははじまらないんだよ! どっちが欠けてもだめなんだからねっ!)
(お、おう……)
サウンドブロックはびっくりしながらも、コクコクと頷く。
いつものツンとしたなかに、ちょっぴり励ましのスパイスが混じっているガベルのセリフ。
さっきまでのガベルは……そう、夢だ。夢にちがいない。自分は目を開けたまま夢を見ていたんだ、と、サウンドブロックは自分に言い聞かせる。
(『黄金に輝く麗しの女神』様に、ボクががんばっているところをしっかり見てもらわないといけないんだからね! サウンドブロック、手抜きしたら容赦しないよ!)
(…………)
やっぱりガベルが……ちょっとおかしい。
サウンドブロックは大きなため息をついた。
ちょっと様子がおかしいけど……やっぱり、ガベルは大事な相棒だ。
たまたま言動が奇妙な日もあるだろう。
それがたまたま今日だっただけだ。
こういうときこそ、自分がしっかりとガベルに寄り添わなければならない。
多少、突飛のないことを言い出しても、かなり冷たくあしらわれても、それは絆を深めるための試練だ。
(そうか! これは、俺たちの絆の強さを試す、神が与えた試練なんだ!)
手をとりあって、試練を乗り越えるのが相棒のあるべき姿。理想の相棒関係。
サウンドブロックの中に一筋の光が差し込む。
沈んでいた心が浮上し、モヤモヤが吹っ飛ぶ。
「それでは、オークションを開始いたします!」
口上を終えた若手オークショニアが木槌を手にする。
これから入札が始まるのだ。
会場スタッフたちの動きが慌ただしくなる。
ダン! ダン!
こうして、本日最初のオークション『虹色に輝く羽根』の入札が始まったのである……。
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