第5話
修練場に戻ってくると先程のような空気は一切なくなっており、男も内心かなり安心し、良かったと一息ついた。先程のような空気の中で訓練に集中できるわけがない。そして意気揚々とリティスの前に立った。
「では、本日は魔力の制御方法と実際に魔法の発動を練習していきましょう」
「魔力の制御?」
「はい。実際に魔法を発動するとき魔力を多く込めすぎると威力が増すのではなく魔暴走を引き起こしてしまって体がボロボロになってしまうのです。」
魔暴走。魔力は通常、体内を血液のように巡回しているのだが一度に大量の魔力を使ってしまうと魔力が急速に不足した分を補おうとして高速で体内を満たそうとする。すると、人体は耐えることが出来なくなり爆発四散してしまうのだ。
この世界の者ならば人間も魔族も齢五歳の頃には魔力制御について親や学校に通い教えてもらうのだ。
「世渡り人様、私の真似をしてくださいね。ゆっくり息を吸って……吐いて……」
「すぅー……はぁー……すぅー……ん?なんか体が温かいような……?」
「それです!それが魔力の流れです。流石世渡り人様、コツをつかむのがお早いですね。あとはそれを体外に放出する方法をお教えしますね。」
「え、ただ体を包み込むように出せばいいんじゃないんですか?」
「それだと敵対魔族に速攻でバレてしまう上に、世渡り人様の魔力を持ってしても二週間ほどしか持ちません。」
それを聞いて男は落胆した。せっかく最強の魔力を持ってこの世界に転生したのに最強の象徴ともいえるオーラを出すことが出来ないということになる。
けれど、無理をして自分の理想的なオーラの放出をしているとまた死ぬことになることが話を聞いていると確実なため渋々リティスのいう通りに魔力放出をすることにした。
「イメージとしては私がさっき注いでいた紅茶のイメージです。厳密にいえば、紅茶がポットから流れてるあの様子ですね。」
「てことは指先から出せばいいですか?」
「指先、というよりも掌の中心あたりですね。丁度生命線の繋ぎ目あたりに魔力を集める感じです。」
男が言われた通りに魔力を集めようとするとドンッというとんでもない音が辺りに響きわたった。驚いて音のなったほうを見ると先程男が地雷を踏みぬいてしまった魔族の一人が魔法を暴発させてしまったようだった。
「世渡り人様、いきなりで大変申し訳ないのですが実践訓練という名目で私達にお力を貸していただけませんか?恐らくあの者は先程お教えした魔暴走を起こしてしまった可能性が高いと推測できます。」
「分かりました。」
端的に答えた男はリティスと共に走って現場へと向かう。その途中で男は内心かなり舞い上がっていた。転生してすぐやらかしてしまったあの醜態を取り返すことが出来る。正直あの出来事は自分の中でトラウマというよりも消してしまいたい黒歴史に感覚が近い。
現場に到着すると恐らく芝生が植えてあっただろう場所は真っ黒になり炭と化していた。少し離れたところにとんでもないオーラを放つ人型の『何か』がいた。
「やっぱり魔暴走……今回は四肢が爆散するまではいかなかったようですね」
「魔暴走で無条件で爆発四散するんじゃないんですか!?」
「人間は例外なく爆発四散します。けれど、魔族は一概にそうとは言い切れません。」
それを聞いた瞬間、男はどす黒い感情が沸きだってきた。どうして神から直々に力を与えられた自分は損をしないといけないのにこの世界にいた奴は自分ができないことをさも当然とやってのけるのか、どうして自分はやりたいことがことごとく潰されないといけないのだろうか。そう考えるとふつふつと怒りが湧き上がってきて気づいたら魔法を発動する準備をしていた。
「我が身に宿りし炎の魔力よ……眼前に在りし敵を焼き尽くせ。獄炎乱」
男は怒りに身を任せ先程リティスに教わった魔力制御の方法を忘れ完全に自己流で自分が思い描くままに魔法を発動した。
あの魔暴走を起こした魔族を消し炭にしてしまえば少しは気分が晴れるだろうと口角を静かに上げたが、その目測は誤りであったとすぐに痛感させられる出来事が起こった。
「アクアウォール」
リティスの声がその場に響き渡ると男が発動した魔法の前に水の壁が現れ、炎の勢いが完全消え失せた。そして、それとほぼ同時にロウディも同様の魔法を発動していたようで魔暴走を引き起こしてしまった魔族も封じられていた。
男はこの出来事にただただ茫然とするほかなかった。自分の魔法が通じない。最強の力を得たはずなのに、神から直々に貰ったはずなのにとただ自分の手を見つめるしかなかった。
なんで、どうしてとうわごとのように繰り返す男の元にロウディがやってきて男の頬を訓練場に響きわたるぐらい力強くひっぱたいた。痛みで現実に引き戻された男は一瞬何が起こったのか理解することが出来なかったが、我に返ると勢いよくロウディの胸ぐらをつかみがかった。
「何しやがる!」
「リティスサマ、オマエニセイギョオシエタ。オマエ、ムシシタ。」
「はあ!?そんなことで俺のことを殴ったのかよ!」
そんなこと、と片付けるには危険が過ぎるのだ。先程リティスに忠告された通り男の思い描く最強の魔法はこの世界では適用されない。それどころか効率が悪くなる挙句、己の死を近づけるだけのものなのだ。
完全に頭に血が上った男はロウディの頬を全力で殴った。その時に無意識に拳に魔力を込めていたためロウディは後方に吹き飛んだ。
その様子を見たリティスはロウディに駆け寄り治癒術式をかけ始めた。そして横目で威圧感を出しながら男を睨みつけた。
「……世渡り人様。これは国の保護対象である貴方様であっても看過することはできません。この件は迅速に国王へと報告させていただきます。」
それだけ言うとリティスは近くにいた団員に声をかけ、王宮内へと歩き進んだ。
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