第3話

 クラレスと兵士達が部屋にやってきて男はいよいよかと少し身構えた。クラレスが男に近づくと一枚のマントを渡した。こちらも金色の糸で刺繍が施されており今男が纏っている衣装にも合いそうだ。

 そしてついにその時がやって来た。妙に存在感の放つ扉の前に立つと自然と背筋がスッと伸び、一瞬呼吸の仕方を忘れそうになる。ファンファーレのような音と共に扉が開くと目の前には赤い絨毯が敷かれておりそれは謁見の間の奥に鎮座する豪華な椅子の前まで伸びている。奥にある三つの椅子の前は階段状になっておりいかにも異世界の謁見の間、といった印象を受ける。

 三つの椅子があるが、十中八九王族の椅子だろう。現に真ん中に置かれている一番大きく豪華な椅子には恰幅のいい初老の男性が座っている。あの者が間違いなくこの国を統治する王なのだろう。王の左右には女性が座っておりどちらかが王妃でどちらかが王女であると推測できる。

 王座の前につくとクラレスと兵士たちが跪き、男もそれを真似した。音が鳴りやむと初老の男性が口を開いた。

「皆の者表を上げよ。さて、クラレスの後ろにいる男。そなたが世渡り人かの?」

「はっはい。一応異世界から転生してきました。」

「そうか……歓迎するぞ世渡り人よ。我が名はディノン・アスマティス。この国を治めている王だ。」

 アスマティス国。この世界の中では一番大きな大陸の中心部に位置する国であり優秀な魔法士や剣士を保有していると有名な国である。隣国もかなり離れているため戦もめったになく他国と比べて日々穏やかに暮らせることの出来る国だ。

 しかし、唯一の欠点として穏やかな日々が続いていただけに世渡り人が建国以降一度として現れていなかった。世渡り人の伝承として、国の存続が危うくなったり世界情勢が滅茶苦茶になってしまったときに平穏をもたらす者として現れるとなっている。今回の場合は恐らく後者だと推測できる。

「黒髪に長身、同色の目。記録上の世渡り人はほとんどその容姿をしているとされている。……どうやらお主もその通りの様だな。」

「あの、世渡り人って俺のほかにもいたりするんですか?」

「無くはない、がほとんど確率は低いだろうな。我が最後に世渡り人について耳にしたのは大体百五十年ほど前の話だ。」

 百五十年前ということはこの王も魔族かと男は心の中でつぶやいた。本当にこの世界ではヒト型の魔物と人間の区別がつきにくい。なんて面倒くさい世界だと表には出さずともしっかりと悪態をついた。

 その後、王は男に対して暫くの間城内に滞在する許可を出し、当面の生活を保障することが決定した。それと同時に王宮魔法士団で魔法の訓練を受けることも許可された。これで神に願った通り誰にも負けない、そして崇拝されるほどの力を手に入れることができると浮足立った男だったが現実はそう上手くはいかなかった。

 突然の国王への謁見から数日後。男は王に持たされた許可証を持って王宮魔法師団に足を運んでいた。今日から本格的にこの世界での活動が始まるのだ。

 王宮魔法士団の本部に入ると沢山の魔法士が修練に励んでいた。炎や氷、風に土など元の世界のファンタジー系の物語で山ほど見た魔法が自分の目の前で繰り出されており、男の心は震えがった。いくつになっても小学生男児のようなワクワクする気持ちはどこかで忘れることが出来ていなかったようだ。少しの間見惚れていると華奢な女性が近寄ってきて男に声をかけた。

「貴方が世渡り人様ですか?」

「え、あっはい。」

「お待ちしておりました!私は王宮魔法士団団長のリティス・アルティと申します

どうぞお気軽にリティとお呼びください」

 リティス・アルティ。若くして王宮魔法士団の団長に上り詰めた類稀なる才に恵まれた女性である。得意属性は炎・風・水の三属性。

 男がリティスに鼻の下を伸ばしていると背後に気配を感じた。その気配はどこか殺気を含んでおり男は背筋に悪寒が走り、恐る恐る後ろを振り返ると巨漢な男が立っていた。その迫力に思わず男がその場で固まるとリティスがすかさずフォローを入れてくれた。

「彼はロウディ・レウィンという者で私の右腕を担ってくれています。ロウディ、こちらは世渡り人様である……えっと、」

「風村怜音です。こっちの世界だとレオン・カザムラって名乗ったほうがいいですかね。」

「……ヨロシク」

「ロウディは元々魔族で森で暮らしていたんですけど第一騎士団の皆様が王都に連れてきてくださってそこから魔法士団に入団したんです。」

「そういえばこの国ってやたらと魔族が多いですよね?なんか昔に事件でもあったんですか?」

 男がそう聞くと周囲の空気が一変した。男を訝しげに見る者やひそひそと声を潜めて陰口を叩くもの、驚いてその場に立ち尽くす者。先程までの修練に励んでいた者たちはどこへやら。急激に変わった周りの者に男はただ恐れおののくしかなかった。

 最悪な空気の中リティスがぱんぱん、と手を鳴らし全員の視線を集めた。するとにっこりと目は笑っているが完全に怒っているような声色で

「皆さん修練に戻ってください。この方は世渡り人様ですよ?こちらの世界のことを知らなくても当然でしょう。ほら、さっさと戻る!」

 と、魔法士団員を一喝すると魔法士団員は慌てて魔法の修練に戻った。リティスは呆れたように溜息をつくと先程のような笑顔ではなく優しい顔を見せて男へと向き直った。

「世渡り人様、大変失礼いたしました。……この国について少々ご説明させていただいてもよろしいでしょうか?」

「むしろ助かります。」

「分かりました。それではこちらへどうぞ、私の執務室にご案内します。」

 男は静かにリティスの後ろについて歩き出した。

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