第2話

 次に男が目を覚ましたのは妙に薬品臭い室内でベッドの上だった。おそらくここは病院なのだろうと察した男は痛む体に鞭をうって静かに起き上がった。  

 窓から見える空には月が二つ輝いており、病室から見える中庭では見たことのない、獣の耳を頭にはやした人間(?)が駆け回っていた。暫くその光景を眺めているとギィ、ときしんだ音と共に扉が開いた。開いた扉から入ってきた人物は男が意識を手放す直前に話しかけてきた緑髪の男だった。

「お目覚めですか?」

「ええ……あの、あなたは?」

「申し遅れました。私は王宮第一騎士団副団長のネイトと申します。どうぞネイとお呼びください。」

「ネイト。その者が目覚めたらすぐに報告しろと言っておいただろう?何をしているんだ」

「団長!すみません、ついうっかりしていました。」

「全くお前というやつは……ああ、すまない。名乗るのを忘れていたな。私は王宮第一騎士団団長のクラレスだ。差し支えなければ貴殿の名を聞かせては貰えぬだろうか。」

 あっけにとられていた男はクラレスの問いかけにハッとした。呆然と二人の会話を聞いていたため急に話しかけられて驚き、思わず背筋を伸ばした。

「えっと、俺は怜音って言います。風村怜音です」

「ではレオン殿。貴殿はなぜあの森にいたのだ?あの森は指定禁止区域になっていて一般人が許可なく立ち入ることはできない場所なのだが。」

 男が最初に立ち入っていた森。男がこの世界に転生し一番最初にいた場所なので当の本人は知らなかったのだが、あの森はこの世界の中でも危険な魔物や鍛え上げられた騎士だけではなく経験豊富な冒険者ですら命を落とす自然発生する毒沼や毒性植物。挙句の果てには突然変異し生まれた未確認の生物など一般人が立ち入ることは固く禁じられている場所だった。

 男はクラレスに対し自分の身に起こったことを包み隠さず伝えた。すると、クラレスは顔色を変え扉から慌てて出ていった。その場に残された男はなぜあんなにも慌てたのかすぐには理解するとこができなかったのだがネイトの言葉で今世最大の衝撃を受けることとなった。

「まさか『世渡り人』様……!?この国にもついにおいでになられるなんて……!」

「そんなに凄いものなんですか?」

「それはもう!世渡り人様がいらっしゃった国はほぼ例外なくめざましい文化の成長を見せております!」

 この世界にとって、異世界転生者……『世渡り人』は今までにない知識や文化をもたらす者として認識されている。そのため一国に現れただけで世界に与える影響力は計り知れない。現に、他国では世渡り人が現れただけで三日三晩どんちゃん大騒ぎ

道を歩けば人だかり。それくらいもてはやされ崇拝される者になるのだ。

 世渡り人の扱いを聞いた男は心の奥底から震えあがった。前世を終えたあの時に神に願ったことは現実になった。ずっと夢見ていた自分の姿が現実になろうとしている。男は歓喜で全身がおかしくなってしまいそうだった。

 男が幸福感に浸っていると扉の後ろが騒がしくなってきた。沢山の足音にガシャガシャという重苦しい金属の音。扉が開くと先程までこの部屋にいたクラレスと甲冑に身をつつんだ兵士たちが入ってきた。

「世渡り人様、目覚められた直後で大変申し訳ございませんが我々と共に謁見の間に移動していただき、国王陛下にお目通り願います。」

「えっ!?そんないきなり……!」

「本当に申し訳ありません。この城に常駐している術師による回復術式により貴方様の怪我はすべて治療済みでございます。身支度もありますので我々についてきてください。」

 いきなり言われたことに男は混乱したが、先程の話を聞けばこうなるのは必然だろう。男は言われた通りに兵士たちについていき、豪奢絢爛な部屋に通された。そしておそらく執事であろう男性が何人か部屋に入ってきた。

「初めまして。私はこの城で働いている執事を束ねる執事長を務めておりますウィンと申します。そして後ろに控えております世渡り人様から見て右側にいるのがルエン左側にいるのがツエンです。我々三人で世渡り人様の身支度のお手伝いをさせていただきます。さあお前たち準備を。」

 ウィンがそういうとルエンとツエンは一言何か唱えると何もなかったはずの空間から大きめなトランクを取り出した。男の前世にあった二泊三日用のキャリーケースより一回りほど大きい。男は思わず感嘆した声を出すとウィンはやさしい笑みで

「これは生活魔法の中の一つの収納術式でございます。少々コツは必要ですが世渡り人様にも使える魔法です。」

 と、男に教えた。少しするとルエンとツエンがトランクから入っていたものをすべて取り出したようでウィンに耳打ちした。すると、ウィンは男の方に歩み寄り一声かけ、さっとメジャーを取り出しウエストや肩幅を図り始めた。

 現世では聖女系の物語でよく見た採寸方法でまさか自分がやられるとは思っていなかった男は少し驚いた。

 採寸が終わるとウィンはルエンとツエンが取り出したものが並べられていた場所に近寄りその中から何かを手に取った。

「それでは世渡り人様、少々失礼いたします。」

 ウィンはそう言うと手に持っていた何かを男にかけた。質感から前世にあった素材でいう絹のような感じがしたため恐らく高級品であろうと推測することが出来た。

ウィンが手をかざすと男の体格に合わせてあっという間に服が作り上げられた。そしてルエンが金色の糸を残像が見えるほどの速さで縫い付け、ツエンは宝石などの装飾をあしらった。あまりの速さに男は呆気にとられるしかなく一寸も動くことが出来なかった。

 とてつもない速さで謁見服が完成し二、三度瞬きをしてからウィンの顔を見ると先程と同じ優しい笑顔で男に向き合い

「これは私共、この城に仕える者のみが使えることの出来る芸当でございます。魔法などではなくただの訓練の成果です。」

「いや、これが“ただの”訓練の成果はおかしいでしょう!?どれくらい訓練したんですか!?」

「そうですね我々にとっては瞬きの時でしかありませんが人間にとっては五十年から七十年といったところでしょうか。」

 人間にとっては。男がずっと人間だと思い込んでいたウィン達は人間ではなかった。この世界は悪さをしたり凶暴で手が付けられない魔物がいるが、ウィン達のように人間と何ら変わらない生活をしている魔物もいる。

 まあ、魔物というよりも魔人といった方が正しいのかもしれないがこの世界の区分的には等しく魔物だ。

 男が規格外の出来事に驚いているとまた扉が開く音がした。

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