転生して最強チートで無双するはずだった
花月 零
第1話
額から頬をつたい滴る生温かい液体。視界の端が赤黒く染まり迫りくる2度目の死の足音に男は思考が追い付かなかった。
男は刹那とも取れる時間のなか思い出した。1度目の死を迎えた直後のことを。
「……は?もう一回言ってみろよ爺さん。俺がどうなったって?」
「お主は死んだのじゃ。不幸なことにもな。」
「そんなこと急に言われてはいそうですか、なんてなるわけがないだろ!?人生まだまだこれからだって時になんでこんなことになるんだよ!」
男は死んだ。飲み会の帰り道、上機嫌で横断歩道を渡っていたところをスマホを見ながら、ながら運転をしていた乗用車にはねられて。
「じゃが、これもお主に定められた運命。仕方のないことなんじゃ。」
「仕方ない……だと?ふざけるんじゃねえ!そんな一言で片づけるな!」
激高した男は老人に掴みかかった。しかし、老人は焦ることもなく男に向かって話しかけた。
「そなたを異世界に転生させるのも運命、といったらどうじゃ?」
まさに水面に波紋が広がるように、その言葉は男の中に入り込んだ。
『異世界転生』。男が生きていた現代で今一番話題性のあるものと言っても過言ではない。現代で不慮の死を遂げたものが異世界に渡り人生の大逆転をする。本当にフィクションでしかなかったその展開が自分に起ころうとしている。男は掴みがかっていた手を放し、不敵な笑みを見せた。
「おい、爺さん。本当にそんなことが出来んのか?俺に?」
「勿論本当だとも。お主が望むのであれば2つまで能力を授けてやろう。」
男はさらに高揚した。酒の比にならない、下手をしたら生きていた時に一度も味わったことのない感覚だ。
「なら、俺に最強の力をくれ!転生先の誰にも負けない、崇拝されるほどの力を!」
「よし。それを1つ目の能力として授けよう。あともう1つはどうするのじゃ?」
老人にそう問われると男は狂ったように笑い出した。突拍子もなく笑い出した男に対し訝し気な目を向けると男は笑いながら続けた。
「もう1つだぁ?最強の力さえあれば何でもできる。ならそのもう1つの能力とやらはまた死んで転生するときにとっておく。」
それを聞いた老人は心底呆れたが、決してそれを表に出さずに至って冷静に男の言葉を聞き入れた。そして老人が何もない空間に手を伸ばすと空間が筒状に変形し杖を取り出した。
老人は短くなにかを呟くと杖の先を男に向けた。
「この杖を握ればお主の転生……世界渡りが始まる。一つ忠告しておくが、次の世界は」
老人が忠告しようとした瞬間、男は杖を握り大声で叫んだ。
「忠告なんざいらねえ!俺は新しい肉体で、新しい世界を無双してやるさ!」
不気味な高笑いと共に男は姿を消した。無事に世界渡りは遂行されたようだ。人が一人いなくなっただけでやけに静かになった無機質な空間で老人はため息をつき目に憐れみと男に対しての失望の感情をにじませていた。
「……まあ“奴”は少々痛い目を見ないと懲りないじゃろう。全く年寄りの言うことはしっかり最後まで聞けばいいものを。」
そして数刻前。男が目を覚ましたのは森の中であり、魔物と思われる鳴き声や生前一度も見たこともない得体のしれない植物。間違いなく異世界に渡ったことが見て取れる。男は自分の力が本物なのか確かめるために近場で魔物を探し始めた。
数分もしないうちに見つかったのは元の世界の中型犬ぐらいの大きさの魔物。実力を試すにはうってつけだろうと男は魔物に対し近くに落ちていた棒を投げつけた。
棒に気づいた魔物は男に気づき男に攻撃をする準備かのように姿勢を低くし、低いうなり声で威嚇をしたが男は鼻で笑って魔法の詠唱を始めた。自然と頭に入っていた(生前自分で考えていた)魔法を発動するために必要な詠唱だ。
「我が身に宿りし風の魔力よ!」
ドンッ!
詠唱を始めた刹那。男の体にとんでもない衝撃が走った。後方数メートルにあった大木に体は吹き飛ばされその衝撃により砕け散った木片によって額は切れ、凄まじい衝撃により一時的に呼吸はできなくなった。
そして今に至る。あの中型犬のような大きさの魔物が、自分からしてみれば腰の少し下あたりの大きさしかない魔物が、自分を吹き飛ばしたという事実にただただ混乱した。異世界なのだからそれぐらいのことは起こっても仕方がないだろう。しかし、男はそれ以上に不可解なことがあった。
「なんで……なんで詠唱中に襲ってくるんだ……!?詠唱中は襲われないはずだろ……!?どれだけ世界線が変わったとしてもそれだけは覆らないはず……!」
現代のファンタジーや戦隊ものでは暗黙の了解となっている『詠唱中や変身中には敵は攻撃しない。』それがこの世界でも通用すると思っていた男は詠唱中に魔物に激突され、何が起こったのか理解する間もなくこうして重傷を負った。
魔物は男の姿を眼前に捕えるとまたさっきと同じように全速力で突進してきた。男は動けず、ただ魔物が迫ってくる姿を呆然と見つめることしかできなかった。二度目の死を覚悟して目を閉じるとつんざくような悲鳴が轟き、魔物が突進してくるような音が聞こえなくなった。
男はうっすらと目を開けるとそこには新緑を閉じ込めたような髪色をした長髪の人間と美しい銀髪の人間が立っていた。
「こちらクラレス。魔物に襲われた人間を発見した。これから王都へと送還する。」
「大丈夫ですか?私達は王都第一騎士団の者です。決してあなたには危害を加えませんのでご安心ください。」
救いの手がやって来たと男は安心し、緊張の糸がほぐれたのか銀髪の人間の声を聴いてすぐに意識を手放した。
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