EP9 その運命、弧を描くが如く

「大丈夫か、美衣名みいな

「うん。私は大丈夫よ。お兄ちゃんは?」

「あん? 行けるに決まってんじゃねぇか。そうですよね、まもるさん」

「うんっ。準備はできてるよっ。あいちゃんは?」

「私も大丈夫だ。……氷哉ひょうや

「うん。行こう、皆。この世界の未来を守る為に」


     ※     ※     ※


 氷哉たちは現状を打破するべく、しゅんの元へ向かい、彼と対峙する道を選んだ。

 戦う為の準備を終えた氷哉たちは、再びジナの元へ集った。


「女王様、一つお願いがあるんですが」

「はい、なんでしょう」

「この城に、長時間時空転移を制御できる設備はありますか?」

「それを使いたいという事ですね。分かりました。ですが、どの時代へ? さやかさんはこの時代にはいないそうですが……」

「大丈夫です。どの時代にいるかは、一騎かずきにトレースしてもらいます。過去なら楽ですが……。未来でも大丈夫です。僕は世界の時の終わりを知っていますから」


 恐らくだが、さやかは未来にいるだろう。一騎ほど鮮明には追えないが、氷哉にもさやかの力を感じる事はできる。その感覚が、さやかが遠い未来にいると告げている。

 こうして、氷哉たちはトライユニヴァース王国の設備を使い、長時間時空転移を行う事になった。

 まずは一騎が座標を特定する。


「……出たぜ」

「これは……」

「……やっぱりか」


 程なくして、座標となる年代が確定した。

 A.D.2706。さやかとの再会を果たした、死の山に隔てられた世界だ。


「行こう。僕が案内役だ」

「頼むぜ、氷哉」


 英人ひでとの言葉に頷き、氷哉は装置を起動させた。


     ※     ※     ※


 転移が終わると、氷哉たちは廃墟の中にいた。古城跡といった風情のそこは、間違いなく氷哉がいたA.D.2706のトライユニヴァースである。


「さやかの力が、世界全体に広がってんな……」


 一騎がそう呟く。ポケットから取り出したのは、携帯型の簡易ジャミング装置だ。これで敵の能力者の力を制御する事ができれば、戦闘が楽になる。何より、哀と衛の為に必要だと思って借りて来たのだが、どうやら意味を為さないようだ。

 氷哉も世界に広がる妹の力を感じ取る。A.D.2506ではシークレットの四人にだけ与えられていた庇護の力が、この時代では世界全土に効力を及ぼしている。


「これなら、私と衛も力を使って戦えるが……」

「それはこっちも同じ、って事だぜェ?」

南原なんばら矜介きょうすけ……!」


 哀の言葉を奪い、続けた人物は塀の上にいた。ブレイク・エージェントのNo.2、南原矜介である。


「はっ、俺らが来るのは想定済みって事かよ!」

「瞬からの命令はお前らの足止めをしろって事ったが、俺ァ戦れりゃ充分よォ! 一人は残ってくれりゃ、残りは全員先に行ってくれて構わねェぜェ。ま、ただ……!」


 矜介は塀から飛び降り、こちらへ落下して来る。膨大な熱量が彼の周囲で膨れ上がり、火炎となって彼の武器と化す。


「ちっ!!」


 前に出たのは英人だ。矜介同様に炎熱を用いて彼の炎と相対する。


「一人で俺と戦り合うのが無理だと思ったんなら、二人だろうが三人だろうが、何なら全員残ってくれたって構わねェぜ!!」

「行け、氷哉!!」

「頼んだ、英人!」


 英人の言葉に、氷哉たちは駆け出す。


「はッ、殊勝だねェ佐藤さとう君よォ! 一人で俺に敵いますってかァッ!」

「ぐっ……!!」


 矜介の炎の勢いが増す。圧し負けるかと思った最中、自身の炎が勢いを取り戻す。


「一人じゃないよっ!」

「衛さん!」

「一緒に戦おっ、英人君っ!」

「……はいっ!!」


     ※     ※     ※


「まぁ、ラスボス前の足止めの中ボスって奴ぅ? 一応そういう役目もらってるのよねぇ、アタシ」


 雪の山が崩れ、中空に留まる。菊地きくち風香ふうか。ブレイク・エージェントのNo.3である少女は、戦いが始まればそれを雪崩に変えて襲い掛かって来るだろう。


「アニキ、先に行けよ」

「ここは私たちに任せて、氷哉君、哀さん」

「ふぅん、二人も相手してくれるのぉ? でも、分かってると思うけど、この先には悠邪が待ってるわよぉ? たった二人でアイツの相手になると思う?」


 海神みなかみ悠邪ゆうや。クロスのエージェントで間違いなく最強の使い手だ。氷哉と哀の二人掛かりでも、打倒は困難を極めるだろう。


「それでも、行くしかない」

「うん。じゃなきゃ、沢渡瞬は止められないんだ」

「そ。まぁ、私は遊んでくれる子が残ってくれるなら何でもいいんだけどぉ」


 風香は笑みを深める。


「さ、おいでなさいな。弟クンに妹チャン?」


     ※     ※     ※


 雪に覆われていた筈の古城が、一面焼け野原と化していた。


「おいおい、二人掛かりでこんなもんですかァ?」

「――んの野郎ぉ……!!」


 炎は圧倒的に矜介の方が勢いで勝っていた。

 だが。


「オラオラオラオラオラァッ!! どうしたどうしたァ! 消し炭になってからじゃあ泣いて謝る事もできねェぞコラァ!!」


 矜介の炎が英人の姿を覆い隠す。


「ヒャッハァ!! イケメンの『お兄ちゃん』もこいつで終わりだなァッ!」

「……テメェ、もう一人居るの忘れてねぇか!?」

「あん?」

「こっちだよっ!」


 矜介の炎が全てを覆っていたかに見えたが、その一部は英人の放った炎だった。その中を衛が移動していたのだ。


「調子乗り過ぎだ。暑苦しいんだよ、テメェ!」

「凍っちゃえっ!」


 衛の力で、矜介の周囲が瞬間氷結する。

 炎が消え、世界は瞬く間に白く染まっていく。


「ふぅっ……。いやぁ、済みません衛さん。大役押し付けちゃって」

「ううん、英人君こそ、大丈夫?」

「ええ。これくらい、何でもありませんよっ!」

「よかったぁ……」


 息を吐くと同時に膝も付いた英人だったが、威勢よくサムズアップして見せた事で、衛はホッと胸を撫で下ろす。


「――けんな」


 しかし、それも束の間。

 矜介を包む氷に罅が入る。割れた隙間から炎が溢れ出し、瞬時に氷が溶けてしまう。


「ざけんなァッ!!」

「ちっ、あの野郎!」

「ざけんなテメェらァッ! 正面から掛かって来いやコラァッ!!」


 矜介の身体から炸裂するかのように燃え上がる炎が、再び辺り一面を覆い尽くす。


「炎が、出ねぇ……っ!」


 英人も火炎を操ろうとしたが、矜介の力が余りにも強過ぎる為か、上手く力を操作できない。


「英人君!」


 代わりに衛が氷壁を作り、焔を阻む。合わせて英人も、氷壁の形成に力を使う。


「済みません、衛さん。つーか、あの野郎キレるとこそこかよ!」


 ぼやく余裕があるように見せてはいるが、炎は確実に氷壁を侵食していく。


「くっ……!」

「駄目、かなっ……!」


 矜介の炎の勢いはまさに無尽蔵だった。

 こちらがどれだけ力の出力を上げても氷壁の溶ける速度は増し、力負けは時間の問題だった。


「ヒィィィィィィィィィィィトォッ! エンドォッ!!」


 咆哮と共に氷壁を貫き、矜介の炎は英人と衛を襲う。


「ぐぉぉおおぉおぉぉぉっ!!」

「きゃあぁぁぁぁぁっ!!」


 二人の身を焦がす炎が止んだ時、最早全身がボロボロと化した二人の倒れた姿がそこにあった。


「こ……の……っ!」


 英人は立ち上がろうと手を付くが、崩れ落ちてしまう。

 絶体絶命、この状況で勝機を見い出せなければ――。


 死ぬ。


「死んで堪るかよぉっ!!」


 英人が吼える。炎が巻き上がり、英人の身体を包む。炎に動かされるかのように英人は立ち上がり、矜介へと駆ける。


「お望み通りの真っ向勝負だぜ!」

「ハッ、上等だ佐藤君よォ!」


 二つの炎が重なる。どちらの炎も、先程までとも比べ物にならない熱量を放つ。

 激突する炎と炎が止んだ時、そこに立っていたのは英人だった。


「英人、君……」

「衛、さん。大丈夫、ですか?」


 英人は衛の手を取る。

 二人は氷哉たちの元へ向かうべく、足を踏み出した。


     ※     ※     ※


 雷が轟き、雪崩が巻き起こり、火炎が全てを焼き尽くす。

 風香と美衣名は同調した能力者だが、力の強さ、経験、共に風香が圧倒している。

 しかし、美衣名の隣には一騎がいた。

 幼馴染みとして、兄妹のように過ごして来た二人の息は、ともすれば本来の血縁者のそれよりもピッタリと合う。

 風香の怒涛の攻撃を、二人は躱して攻撃に転じる。


「このぉっ!」

「行くよ、風香さん!」


 二人の力で炎が逆巻き、冷気が吹雪を巻き起こす。


「あらあら」


 余裕を見せる風香だが、状況は彼女に不利だ。

 彼女が何故余裕なのか、答えはすぐに出してくれた。


「私の役目、そろそろ終わりみたいねぇ」


 一騎と美衣名の攻撃が届く寸前、風香の姿が消え、近くの高台の上に現れる。


「楽しかったわぁ、お二人さん。矜介と悠邪の方もそろそろ終わってると思うしぃ、私はもう帰るわねぇ」


 手鏡を取り出し、化粧の状態を確認しながら風香は言う。


「瞬を止めるんでしょう? 頑張りなさい」


 最後に酷く真面目な表情をして、彼女は今度こそ完全に姿を消した。


「あ、おい!」

「……三年一緒にいたけど、よく分からないままだったわ、あの人」

「本当にな」

「……それより、早く行かないと」

「ああ!」


     ※     ※     ※


「海神悠邪……」

火渡ひわたり氷哉。お前は通せと言われてるが、どうする? 先に行くなら好きにすればいいし、二人で俺と戦ろうってんならそれでもいい」

「氷哉、先に行け」

「え、でも……」

「私なら大丈夫だ。これでも、私はブレイク・エージェントのNo.4だったんだぞ?」

「……うん、分かったよ」


 氷哉を先に行かせ、哀は一人で悠邪と対峙する。


「やはりお前だけが残った。……一つ言っとくが、火渡氷哉を通したのは俺の気まぐれだ。瞬からそんな命令は受けちゃいない」

「……だろうな。それは私と一対一で戦う為か?」

「……そうだな。そういう事なんだろう」

「……貴様にしては曖昧な答えだな」


 どちらがともなく動き出す。二人の姿が消えては現れ、現れた地点で激突を繰り返す。


「今、お前はどれくらいの出力で戦ってるんだ?」


 激突の最中、悠邪の声がする。


「四割程度だ」

「そうか。随分と余裕があるじゃないか」

「そういう貴様はどうなんだ?」

「……俺か?」


 瞬間、これまでトレースできていた悠邪のテレポートの軌道が全く掴めなくなる。


「これで、三割だ」

「ぐっ……!!」


 突如として眼前に現れた悠邪の拳を避けようとする事すらできず、腹部に衝撃を受けて吹き飛ぶ。


「……そうか、三割、か。それは随分と、余裕な事だな……っ!」


 哀が立ち上がると、再び悠邪の姿が消えた。

 哀も姿を消し、先程のように消えては現れ、二人は激突を繰り返す。


「六割くらいにはなったか? こっちはようやく四割いった所だ」

「ほざくな……っ!」


 哀は悠邪の転移先を読み切り、先制に成功する。

 しかしそれでも、悠邪には届かない。

 哀の拳を掴んだまま、悠邪が告げる。


「十割で来い、時宮哀。そして、星から与えられた力だけでは越えられない壁を、越えた所を見せてみろ」


     ※     ※     ※


「瞬さん……いや、沢渡さわたり瞬。さやかを返してもらいに来た」

「どうやら、悠邪は君をここに通す事を選んだようだね。……いいだろう。君と私、どちらが星の未来を、歴史を救えるか、賭けようじゃないか」

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