3rd 未来への道

EP8 決断の時

 トライユニヴァース王都へ到着した飛行船が着陸した。

 氷哉ひょうやたちは2506年のこの国へ降り立つ。氷哉の知る、約200年後の国とは違い、そこには豊かな人の暮らしが確認できる。


「隊長!」


 国軍の兵士が、アルへと報告しているのが目に入った。部下からの報告を聞き入れると、アルは血相を変えてこちらへ駆け寄って来る。


「アルさん?」

「どうやらこの国の能力者たちも、あいさんたちのように、能力の暴走現象が誘発されたようです。ジャミングによりなんとか難は逃れたようですが……。ジャミング機器が常に作動していますので、少し不便かと思いますが、申し訳ありません」


 頭を下げるアルに、氷哉は少し狼狽えて「アルさんが謝る事じゃ……」と手を横に振る。


「哀とまもるさんも大丈夫だよね?」

「哀?」


 何故か英人ひでとが反応した。


「ちょぉぉっと待てぇ氷哉ぁ! お前いつから時宮ときみやを下の名前で呼び捨てるようになったぁ!」


 英人の詰問に、氷哉と哀は顔を見合わせて、しかし互いに頬を染めて顔を背ける。

 この様子で英人は全てを理解したらしく、「不純異性交遊」だのと喚き出したので美衣名みいなが殴り倒してその辺に放り投げてくれた。起き上がった英人が「氷哉に先を越された……」などといじけているのを無視して話は進む。


「私は大丈夫だよっ。もう少し休ませてもらえれば、いつも通りに動けると思うし」と衛。

「私も大丈夫だ。それより、むしろ迷惑が掛かるのは氷哉たちだろう?」と哀。


 実際、能力を制限する必要があるのは哀と衛だけで、氷哉たち四人には力が使えなくなるだけでメリットは何もなく、割を食う形になってしまっている。

 だが、


「うん、実は大丈夫なんだ」

「ああ。オレとアニキ、ヒデ先輩と美衣名には今、ジャミングは効いてねぇんだ」


 一騎かずきの言葉に、アルが驚きの声を上げる。


「そうなんですか?」

「オレたちは多分、今、さやかの能力の庇護下にあるんだ。だからジャミングも効かなけりゃ、能力が暴走する事もねぇ」

「何故それが分かる」


 哀からの問いに、氷哉と一騎は顔を見合わせた。


「姉弟だから、じゃ駄目かよ?」

「さやかが力を使って、僕たちに干渉しているのはなんとなく分かるんだ。一騎は双子だから、尚更その感覚が強いんだと思う」

「きっとさやかは、オレたちシークレットを呼んでるんだ。しかも、この時代じゃなくて、別の時代から、な」

「成程……。では、お話は後でじっくり聞かせて頂くとして、まずはゆっくり休んで下さい。部屋も用意してありますので」


 と、アルに案内されて氷哉たちは王城内一室へ通される。


「では。また後程。こちらの準備ができたらお呼びしますので、女王陛下にお目通り下さい」

「女王……。今、この国の女王はどういう方なんですか?」

「それは……。お会いして頂いた時のお楽しみという事で」


 何故か茶目っ気たっぷりに言ってのけたアルが去って行き、氷哉たち六人は、用意された部屋に腰を降ろす。

 未来で見た、廃墟に残されたものとは違う、手入れの行き届いた豪奢な部屋だった。今、氷哉たちの集うリビングがあり、一人一部屋使っても余るだけの個室が、寝室として用意されている。


「お楽しみ、ねぇ……」


 英人の声だ。


「三年前、ここの王女様だったジナ・トライユニヴァースは、飛行機事故で亡くなっちまったらしいけどな。一度調べた事があんだよ」

「お兄ちゃん、なんでわざわざそんな事?」

「たまたま見たんだよ。新聞の一面にでっかく、謎の墜落事故ってよ。俺らのいた時代にはなかった国だったし、気になって調べてみたんだよ。ま、結局その『謎』ってのはさっぱり分かんなかったけどな」

「三年前か……」


 三年間。A.D.2503へやって来てから三年。一度はA.D.2700に行った事もあったが、氷哉と言う少年の肉体が体感してきた三年と言う時間はほぼ、この時代で過ごした。

 つまり三年前とは、氷哉たちがこの時代へやってきてすぐの頃だ。その当時、そんな事件が起こっていたとは。知っていたら、A.D.2700でさやかと再会した時、この国の印象は多少なりとも変わっていたかもしれない。


     ※     ※     ※


「初めまして、皆さん。トライユニヴァース王国女王、ジナ・トライユニヴァースです」


 準備ができたと言うアルに連れて行かれたのは地下室だった。その最奥に密やかに佇んでいた女性は、氷哉たちに向かってそう名乗ったのである。


「……お、お化けぇぇっ!?」


 混乱の極みに至ったのか、衛が目を回しそうな表情で声を上げた。


「す、済みません! なんでもないんです!」

「そ、そうです! この子ド天然なんで、お気になさらずっ!!」


 流石兄妹と言うべきか、全く同じように慌てた表情で、英人と美衣名がフォローに入る。無論、フォローになっているのかと聞かれれば疑問だが。


「ふふっ。いえ、結構ですよ。女王と言っても、私はもう表舞台には出られない身です。それこそ、お化けとそう変わりありません」

「……そのあなたが、何故ここに?」


 哀の問いに、ジナは答える。


「能力者であるあなた方には、答えるまでもない事ですよ。この国の能力者が、その力を行使してくれた結果に過ぎません」

「王女が死んだと報じたのは、沢渡瞬の手によるものです。王女が生きているのを公表すれば、再び命を狙われる事でしょう」

「ですので、私は身を隠す事にしました。国を捨てたと言われても仕方のない状況で、彼らにも大変な迷惑を掛けてしまいましたが……」


 ジナの言葉に、アルは粛々と頭を下げた。


「いえ、我々には勿体ないお言葉です、王女。そもそもこれは、クロノ・ブレイカーズ訪問のあの日、王女の身を守れなかった我々の責任であります故……」

「訪問……。つまり、その日、沢渡さわたりしゅんに会っていたと言う事ですか?」


 次に問うたのは氷哉だ。これにジナは頷く。


「ええ。我が国トライユニヴァースは、能力者と非能力者の共存を重んじる国家です。しかし、だからこそ我々は、クロノ・ブレイカーズという組織の――沢渡瞬と言う男のやり方に疑問を持っていました。その時の私は、彼と能力者という存在の在り方について議論するべく伺ったのです」

「んで、結局あいつに嵌められちまったって訳か」


 吐き捨てるように言った一騎に、ジナは苦笑いを返す。


「……それで、私たちを保護したのは、沢渡瞬と戦わせる為ですか?」


 再び、哀からの問い。


「……我々に協力して欲しいのは確かです。ですがそれ以前に、私は単にあなた方にクロスに戻って欲しくはないと思っています。沢渡瞬と言う男が何を考えているのか、私には理解できません。ですが、我々はあの男が作った未来を知っています。氷哉さんもご存じの筈です。止まない雪に覆われた、悲しい未来を」


 確かに、氷哉は実際に見て来た。全てが白く染め上げられた、滅びの未来を。

 だが、


「どうして、それを?」

「未来の能力者たちが、それを私たちに伝えてくれたのです。あなたがA.D.2700を訪れた事も。さやかさんと言う方を保護した事も。お二人が沢渡瞬に連れ去られた事も、全てです」

「そうか。だから今回、あんたらがオレたちの所に来たのは、本来ならさやかとアニキの奪還だったんだな」


 一騎の言葉に、アルが首肯する。


「はい。さやかさんは残念ながら取り戻す事はできませんでしたが……。出来得る限り、その場にいる能力者の方々を保護するのも今回の任務でしたので、皆さんをお連れしました」

「改めて申し上げれば、我々は沢渡瞬と言う男の考えを理解できません。彼が何故あのような未来を作ろうとしているのか、見当も付かないのです。彼もまた、我々の理念である共存を理解しては下さいませんでした。私は少なくとも、彼の元に能力者を集めてはいけないと考えています。……兵士長」

「はっ」


 ジナの言葉に、アルは他の兵士にモニターを用意させる。電源を付け、液晶画面に映像が映る。


 ――ご覧頂けますでしょうか。各地で突然巻き起こった光の柱と共に、能力者たちが暴徒と化し、破壊の限りを尽くしています!


 ノイズで映像も音声も乱れているが、そこには、火の海に包まれた世界各地の姿があった。能力者たちが好き放題に暴れ回る姿が映し出されているが、それを先導している制服はどう見てもクロスのエージェントだ。


「これは……!」

「酷いな、おい……!」

「嘘……!」


 この光景に、皆が絶句する。


「っきしょう!」


 そんな中で、一騎が壁に拳を叩き付ける。


「さやかの力をこんな事に使いやがって……! 瞬のヤロウ、絶対許さねぇ!」


 身を翻して出て行こうとする一騎を、氷哉が呼び止める。


「一騎! どこに行くんだ!?」

「決まってんだろアニキ! 止めさせに行くんだよ! このまま黙って見てられっか! どう見たって、未来がおかしくなっちまうのはこのせいだろ!!」

「一人で行って何になる?」

「ありったけのジャミング装置持ってって、妨害してやりゃいいだろ! 足りなけりゃ全員纏めてぶっとばしてやらぁ!!」

「落ち着け、一騎!」


 氷哉が一騎の肩を掴むと、一騎はそれを振り払う。


「落ち着いてられっかよ! さやかの力がいいように利用されてんだぞ!? アニキはそれで良いのかよ!?」

「良い訳ないだろ……! でも、今ここで一騎が出て行って、事を構えて何になるんだよ。それより、僕たちには他にやる事があるんじゃないか?」


 氷哉は全員の顔を見渡す。

 皆が氷哉に頷きを返す。最後に見た一騎も、それで落ち着きを取り戻したようだ。頷いてくれる。

 決断の時だ。


「女王様。僕たちは行きます。沢渡瞬を止めて、さやかを救い出す為に」

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