2nd 始動

EP5 漂着の地

 雪。


「おにいちゃん! ゆきだよ、ほら!」


 さやかの呼ぶ声がして、氷哉ひょうやは窓の外を見た。。

 白い雪がいくつも宙を舞っている。


「きれい……」

「……うん」


 この日は12月29日。氷哉の八歳の誕生日だった。


「おーい、ケーキ食っちまうぞー」

「あーっ! かずきくんずるーい!」

「ちょ、一騎かずき! それ僕のケーキじゃないか」

「関係ねェ! 早いモン勝ちだァッ!」

「そんな訳があるか!」


 こうして、にぎやかなケーキ争奪戦が始まった。

 目の前のケーキは瞬く間になくなっていく。


「ははっ、はははっ!」


 氷哉はいつの間にか笑っていた。

 そして――平和な日々の終わり。地獄への誘い。繰り返される悪夢。


 ――お前はもう、人間ではない。人として生きていてはいけない。人を、すべての愚かな人間を――殺せ、倒せ、殺し続けろ。お前はそのための強さを、力を、能力を、もうすでに手にしている。


 氷哉の手の中に、刃を深紅に染めた鎌があった。

 そして、目の前には――。


     ※     ※     ※


「――――ッ!!」


 氷哉は目を覚ますと同時に、勢いよく身体を半分起こした。

 今のは、夢……?


「あ、目が覚めたんだね!」

「え……?」


 目の前に、自分と同じくらいの年の少女がいた。

 どこか、見覚えがある。


「こんな所で会えるなんて、思ってなかったよ……」


 少女はポツリと呟くように言った。


「おにいちゃん……」


     ※     ※     ※


「彼らの能力は未来を作り上げる力。愚かな人間に理解できるものではない」


 しゅんはガラス越しに空を見上げた。


「彼らは既に、人間には手の届かない高みに存在しているのだから」


     ※     ※     ※


「さや、か……?」

「! 覚えててくれたんだね、おにいちゃん……!」


 そうだ、昔と比べたらずっと女の子らしくなってはいるが、目の前の少女は間違いなく、妹のさやかだった。


「よかった……」

「さやか……。そういえば、ここは?」


 氷哉は室内を見渡す。華美な装飾の類はないが、どこか気品に溢れたレンガ造りの一室である。


「ここ? ここはね……未来、だよ」


 信じられないと思うけど、今は2703年の10月3日。私たちがいた21世紀から、700年も先の未来なんだよ。


 頭の方は落ち着いている、と思いたい。

 自分がこの能力に目覚めていなければ、今頃はパニックに陥っていた筈。それよりは大分マシな筈だ。

 さやかの言によれば、ここはトライユニヴァース王国。2200年代に建国された王政国家であるらしい。

 幼い頃、さやかはここに来てからというもの、ずっと客人として世話になっているのだそうだ。

 なるほど、それはいい。問題は、分からないのはどうしてここへ来てしまったのかだ。

 時間という概念を自在に操るというこの能力。今の不可思議な状態がこの能力によって引き起こされているものなのだとすれば。


 この力は、一体僕たちをどこに導こうとしているのだろうか。


 外は吹雪が続いていた。

 この、2700年という時代は何もかもが滅びた世界であるらしい。それは文明、自然、国家の枠組みに至るまで、世界を構成する要素の全てが死に至り、残された命もあと僅かばかりという最果ての世界だった。

 故にこのトライユニヴァースという国も、辛うじてその機能を維持してはいるものの、間もなく崩壊は免れない状況である。

 ふと、吹雪が止んだ。

 何事か、と氷哉が思った時、それを感じた。

 全ての時が、凍結しているのを。


「初めまして、だな。火渡ひわたり氷哉、火渡さやか。俺は海神みなかみ悠邪ゆうや。お前たちを迎えに来た、エージェントって奴だ」

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