EP4 この力、破壊の為でなく

 どこからか、声が聞こえる。

 泣き声だ。誰か、幼い少女の。


「おにいちゃん……、どこ……? おかあさんが……、かずきくんが……、ひでと、くんも、みいな、ちゃんも……」


 暗闇の中を、少女は泣きながらさまよう。


「さやか、おにいちゃんはここにいるよ。大丈夫、大丈夫だから」


 氷哉ひょうやは幼い少女を抱き締め、頭を撫でる。


「おにいちゃん……! おにいちゃん……!!」

「大丈夫、おにいちゃんはここにいるから」


 しかし、暗闇の向こう側から、誰かの声が聞こえる。


「さやか、おにいちゃんはこっちだよ」

「え……? おにいちゃん……? おにいちゃん!」

「さやか!? さやか!」


 少女は氷哉の腕をすり抜け、暗闇の中へと走り去ってしまった。

 そして次の瞬間、少女は血まみれで氷哉の前に放り出される。


 氷哉の手には、血で刃を染めた鎌があった。


     ※     ※     ※


「さやか!!」


 氷哉は目を覚まし、跳ね起きた。


「……ゆ、め?」


 自室のベッドの上だった。最悪の夢だった。内容は既に覚えていない。が、それは『きょうだい』に関係している事だろう。


「目が覚めたか」


 声がして、そちらを見やればそこにいたのは哀だった。彼女は着けていたイヤホンを外し、ポケットから古びたMDプレイヤーを出してスイッチを切った。


時宮ときみや、さん」

あいでいい。……一昨日ぶりだな」

「え? あ、ああ、そうだね」


 哀は身を乗り出して氷哉の額に自分のそれを重ねる。


「あ、哀、さん?」

「熱はないようだな。酷くうなされていたからな。とにかくすごい汗だ。身体を拭いて着替えた方がいい」


 哀は立ち上がり、着替えの用意を始める。


「どうして、哀さんが?」

「司令から君の世話を仰せつかったんだ。同調した者通し、パートナーのようなものだからな」


 着替えと濡れたタオルを持ってきた哀は、氷哉の服を脱がせようとする。


「あ、いや、そこは……!」


 哀は氷哉のズボンに手を掛けようとしたところで、彼の言わんとしている事に気が付く。


「ただの生理現象だろう。気に病むことはない。……まさか、そちらの世話も必要だという事か? いや、君が望むなら吝かではないが……」

「嬉しくないとは言わないけど、流石にそこは吝かであって欲しいかな……!」


 あまりその手の話題で動じない氷哉が、珍しく動揺した瞬間であった。


「司令から昨日、説明があった事は聞いた。答えたくなければ構わないが、さやかというのは」

「妹だよ。一騎かずきとは双子で、あいつにとっては姉になるらしくて、よくお姉さんぶっていたっけ」


 思い出せるのはそれくらいだ。

 昨日、瞬から言及を受けた時、氷哉は自分に妹がいた事を思い出した。瞬が言うには、彼女も時空間特殊能力者であるらしい。


 その彼女が何故いないのか、それはまだ思い出せない。


「そうか。済まない、辛い話をさせたな」

「ううん。大丈夫だよ。むしろ、今は……」

「ん? なんだ?」

「あ、いや、なんでもないよ」


 今は、思い出さなくてはならないとさえ思っている。


     ※     ※     ※


「記憶を取り戻したあいつは、使い物になるのか?」

「ならなければ困るさ。でなければ、彼をここに連れてきた意味がない」

「そうかい」

「おっと、そろそろ約束の時間だ。外してくれるかい、悠邪ゆうや


 悠邪の姿が消えると、秘書からの通話が入る。


「トライユニヴァース王国の、ジナ王女がお見えです」

「通してくれ」


 通話が切れ、瞬は椅子に深く座り直す。


「さて、今回はどんな未来を見せてくれる? 火渡ひわたり氷哉」


 翌日、新聞の一面にはこう記される。ジナ・トライユニヴァース王女、帰国中の飛行機事故により死亡。

 同時に消えた一人の少年の事は、当然何も書かれていなかった。

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