第74話 温もり
王太子は護衛四名を伴って、神殿から城へ向かっていた。
通りでは彼を見付けた市民、特に若い娘たちが歓声を上げている。途中、黒服に身を包んだ男と出くわした。
「リュクス殿…」
「む、王太子か…主に会いに来たのか?」
「…いや、副神官長に用があったんだ」
「そうか、ではな」
あの悲しげな笑顔も、もっと嬉しい時の笑顔も全て、いずれこの男の物になるのだろう。エルネストは男の顔をじっと見つめた。
「なんだ?」
「いや、明日、城で会おう。では」
いつものように綺麗に笑って、別れを告げる。
『いつか独りに戻ったとしても、何もないよりずっといいと思うんです。誰かと生きる温かさを知って欲しい…あの人だってこれから先、また大切な人に出会うかもしれないでしょう?』
「母上に何と言おうか…」
「殿下、何か仰いましたか」
「いいや、何も。さっさと戻ろう」
「は」
王太子は群がる人々に、きらきら光る笑顔を向けつつ歩いて行った。
~*~*~*~*~
マグノリアはリュクスと昼食を取ろうと治療所のホールへと降りてきた。
「主!」
リュクスはいつものことながら、すぐにマグノリアを見付けてしまう。
「リュクス!お待たせ」
「いや…先ほど王太子に会ったが」
「ああ、うん」
「やはり、主に会いに行ったのだな…何か言われたのか?」
「え?ううん…お妃にならないかってまた言われたわ」
嘘もつきたくないので正直に話した。
「そ、それで断ったのか?」
「ふふ、なあに?この前まで『王妃になった方がいい』とか言ってたくせに」
「む、あの時はあの時だ。今はだめだ」
「ふふふっ、もちろん断ったに決まってるでしょ。私はあなたと生きていくって決めたんだから」
「そうか!」
リュクスが嬉しそうに笑う。
『…あなたは強い子ねん。きっと、もう彼にもその温かさは伝わってるわ』
部屋を出るとき、イヴォーがそっと抱きしめてくれた。こんな笑顔を見るとそうかもしれないと思ってしまう。
「浮かれてる」
「ふ、そうだな。あのブルネットの娘の気持ちが今ならわかる」
まさかこの男とカノンが共感する日がこようとは。最近カノンは少し時間に余裕が出来て、デートも再開したようだ。
明日にはトーチラへの遠征の詳細が決まるだろう。早く全ての問題が片付いてこんな穏やかな日常が戻ってくるといいのに、マグノリアはそう願った。
~*~*~*~*~
「なあ、兄上の様子、ちょっと変じゃないか」
「そうですかね」
ゼルスタンはこっそりアントンに耳打ちした。アントンは王太子を盗み見てみるが、組んだ手の上に顎を乗せて考え事をする様子は、特にいつもと変わりなく見えた。
「ま、まさか、あの男に何かされたのでは…」
「リュクス殿ですか?」
弟王子は「白の塔」で見た、男の邪悪な笑みを思い出した。アントンはよくわからないようで、首を傾げている。
「失礼だな。私は何もしていないぞ」
「ギャーッ!」
「おお、リュクス殿。ヴァイスマン嬢はどうなさいました?」
リュクスが突然二人の背後に現れた。
「主は光の使い手と話していたので、先に来たのだ」
「な、ならば、なぜ兄上はあのように
「それはあの男が、主に
「なんと、殿下はフラれてしまわれたのですか…おいたわしや」
「…君たち、さっきから全部聞こえているよ」
エルネストが立ち上がった。
「あ、兄上…」
「別に落ち込んだりしていないからな。気を遣うのはよせ」
「まあ、二の王子が言うように牽制でもしておこうかと思ったが、主が直接伝えたのなら良しとしよう」
「ぐっ…、そうか…」
「その代わりといっては何だがな、主が留まる限りは、お主とお主の一族が治める国の為に尽くしてやろう」
「それは!」
王子たちもアントンも驚いてリュクスを見た。
「悪い話ではないだろう」
「ああ、願ってもいない事だ」
「精々、主の居心地が良い国にすることだな」
「肝に銘じよう」
「…兄上。俺も…いえ、私も兄上に誠心誠意お仕えすることを誓います」
「…ゼル、いきなりどうしたのだ」
頭を下げる弟王子を前に、さすがのエルネストも少々面食らっている。
「いえ、やはり王になるべきは兄上だと思ったのです。自分は王の器ではないとようやくわかりました。これからは精一杯お支えします」
「ゼル…いや、ゼルスタン。これからもよろしく頼む」
「はい!」
幾分か頼もしくなった弟王子を、アントンは目を細めて見た。ゼルスタンだけではない、マグノリアとリュクスが現れてから皆が良い方へと変わった。彼ら次世代の治世はきっと今よりもずっと良いものになる、アントンは確信していた。その一端を自分も担うのだということを誇らしく思った。
~*~*~*~*~
「白の塔」攻略の報せは隣国へも届いていた。ラフィアとマニスはエイラードを内側から侵略する任務を負っていたが、今のところ何の成果もないことを姉王女に咎められていた。
今や姉王女の権力は勢いを増すばかりだ。父の後継者はカルラで決まりだというのが、中枢貴族の総意となりつつあった。
『力が欲しい?』
「だ、誰!?」
薄暗い自室で爪を噛んで、姉への不平不満を一人漏らしていたラフィアは、ふいに聞こえた声に辺りを見回した。
『フフッ、手を貸してあげてもよくってよ』
やはり部屋には誰もいない。扉の外に控える護衛を呼ぼうとラフィアは立ち上がった。
『ねえ、力が欲しいのでしょう?』
誰かが頭の中に直接語りかけているような、奇妙な感覚だった。
「…わたくしにどうせよと言うの」
『ウフッ、ウフフフッ…!あの人のもとへと行くのよ』
眩い光が明滅して、女と調度品の影を色濃く刻む。
「殿下!いかがなさいましたか!」
護衛騎士が王女の悲鳴を聞きつけ、ドアを蹴破る勢いで入ってきた。
「…殿下?」「だ、大丈夫でございますか?」
倒れた椅子の傍らに立つ王女には見る限り異変はない。
「フフッ、何でもなくてよ」
騎士たちは、見たこともない表情で
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