第73話 そばにいる理由
お披露目からしばらくは、マグノリアの生活は多忙であった。
アントンに頼み込まれて、結局古代語の研究の手助けをすることになった。こればかりは、古代語を理解する者が現状二人しかいないので仕方がないことだった。
どういう心境の変化か、リュクスも教師役を買ってくれるというのでアントンは大喜びだったが、マグノリアは生徒となる若者たちがなんだか気の毒な気がした。
『白の塔』でのできごとを詳しく聞かれた際に、「そういえば魔法陣に触れた時、
というのも、マグノリアが見た、「白の塔」に古代語で彫られた神話は、現代の世界で語られている物とは全く違うものだったからだ。この神話については、リュクスも詳しかったため、すぐに彼ら王宮の学者や文官たちによって、聞き取られ編纂されることとなった。
~*~*~*~*~
「はあ。やっと一段落したね」
「そうだな。主はすっかり『時の人』だからな」
攻略者となってからは、貴族や外国の要人などからのアプローチが後を絶たない。お茶会や夜会の招待状が舞い込んでくるが、忙しいから、と全て断っている。
「ちょっと、治療所に顔出して来ようかな」
翌日、さっそく職場へと向かうことにした。
「あっ、ノリア!久しぶり~」
「カノン、元気だった?」
「元気じゃないよ~、ノリアが抜けた分、こっちが働かされてんのよ。早く戻って来て」
「カノン、今やノリアは、いえ、マグノリアさんは攻略者様なんだから、そんな口聞いてはダメですよ」
リリーが厳かな口調で言う。
「もう、リリーさん、やめてくださいよ」
「はは~、攻略者様、どうかあたしの労働時間を減らしてください!デートも出来ないんですぅ」
「ぷぷっ、カノンてば残業続きだもんね」
以前と変わらない同僚たちに安心していると、リリーが思い出したように言った。
「そういえば、ノリアを訪ねてきた人がいたわよ。貴族の令嬢で…なんか長い名前だったけど…」
「え、誰だろ。どんな人でした?」
「こう、きつい感じの…あ、フリフリ多めのドレスを着てたわ」
「あー」
相手を察したマグノリアは何の用だったのだろうと考えた。
「…ギイドに聞いたんだけど、その人、エミリオ卿に付きまとってた人でしょ。結構しつこかったらしいけど、最近はお金持ちの商人とお付き合い始めたとかで、静かになったんだって」
「へぇー」
―それを報告に来たのだろうか。あんまり興味もないけれど。ともかくも、エミリオさんに平和が戻ったのなら良かった。
「それじゃ、また今日からよろしくね」
マグノリアは時々城からの召集がかかる日を除いて、再び治療士としての仕事を再開した。
ある日、昼休憩ももう直ぐという時間にカリナが呼びに来た。
「ノリア、副神官長様がお呼びよ。代わるから行って来てちょうだい」
「はーい」
イヴォー様と会うのも久しぶりだと思いながら、ドアをノックする。
「お入んなさい」
「失礼します…あ、王太子殿下…?」
「やあ」
イヴォーの代わりに執務椅子に座っていたのはエルネストであった。
「ごめんなさいね、殿下にどうしてもって頼まれちゃって…本当はこんな事してはいけないんでしょうけど…」
後ろに立つイヴォーが申し訳なさそうにマグノリアを見た。さすがのイヴォーも王太子からの頼みは断り切れなかったのだろう。
「こうでもしないと、君と二人で話が出来ないからね」
「殿下、二人だけには致しませんよ?彼女だって未婚女性なんですからね」
イヴォーがそう言ってくれたことに、マグノリアは安堵する。
「…構わないよ」
エルネストはいつもマグノリアに寄り添っている男がいなければいいのだ。
「それで、御用の向きは何でしょうか」
「うん、大体察していると思うけど、やっぱり妃になってくれないかな」
「…そのお話はお断りしたはずですけど」
「やはり気は変わらないんだね。どうだろう、形だけでもいいから」
この人は何を言っているんだろう、マグノリアは可笑しくなった。
「ふふっ、そんなの無理に決まっているじゃないですか」
「全くですよ、殿下。何を仰るかと思えば…この子がそんな器用なことが出来る子じゃないって、わからないあなたでもないでしょうに」
イヴォーが呆れて口を出した。エルネストはバツが悪そうに笑う。
「…そうなんだが…まだ望みがあるかと思って」
イヴォーはこのクールな王太子が意外にも政略的にではなく、不器用ながら誠実な気持ちを伝えようとしているのだと気付いた。
(彼女が誠意で返してくれるといいのだけど)
マグノリアの言葉を静かに待つ。彼女は両手を胸の上で重ねて、少しうつむき加減のまま立っていた。
「…人って一人では生きられないじゃないですか。頼ったり助けられたり、助けたり…。もちろんいい人ばかりじゃなくて傷ついたりもしますけど」
「うん?うん、そうだね」
「でもあの人、そんなことも知らないんですよ」
リュクスはきっと、この世に生まれ落ちてから誰かに頼るなんてことはしなかっただろう。ずっと独りで生きてきた。いや、独りで生きて来られてしまったのだ。
「だから私が、私が生きている間に教えてあげようと思って」
マグノリアは顔を上げて微笑んだ。
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